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19話 サイコパス王太子の教育係②
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『貴女たち、こんなところで言い争いなんてはしたないわよ。ルシアン殿下がお困りでしょう』
『でも、この子がわたしのことを馬鹿にしたのよ!』
『なによ、あんただってわたしを邪魔者だって言ったでしょ!』
赤髪の少女は凛とした佇まいで、鈴を転がすような声で毒を吐く。
『……私からしたら、おふたりとも面倒なご令嬢としか思えませんわ。この場にふさわしくない行動をして恥ずかしくないの?』
大輪の花のように可憐な見た目なのに、同年代の子供とは思えない毒舌。そのギャップが鮮烈で、苛烈で、ルシアンの心の奥深くまで入り込んでいく。
その言葉で言い争っていたご令嬢たちはハッと我に返り、急におとなしくなった。少女が集まっていた令嬢たちに視線を向けると、みんなバラバラと離れていく。やっと静かになって、ルシアンは残った少女に声をかけた。
『ありがとう。どうしていいかわからなくて、助かったよ』
『いえ、突然割り込んで申し訳ありません。その、今後のことを考えて私が悪者になった方がいいと思い口を挟みました』
『今後のこと?』
『はい、ルシアン殿下はこれから婚約者をお決めになるのですから、ご令嬢と揉めない方がいいと考えたのです』
ルシアンは驚いた。自分より少し幼く見える少女が、この国の王太子の婚約者について考慮した上で喧嘩の仲裁に入ったというのだ。
(——欲しい。僕はこの子が、欲しい)
ルシアンは目の前の少女が欲しいと思った。
生まれて初めて渇望した。
炎のような真紅の髪も、すべてを見透かすような琥珀色の瞳も。花よりも艶やかな美貌も。すべて自分のものにしたいと、ルシアンは思った。
『君の名前は?』
『申し遅れました、私はアマリリス・クレバリーと申します』
そう言ってカーテシーをするアマリリスは、実に優雅で繊細な所作でルシアンの視線を独占する。そこへこのお茶会の主役でもある従弟のダーレンがやってきた。
『アマリリス! こんなところにいたのか……あ、ルシアン殿下もおいででしたか! ちょうどよかった』
ダーレンは屈託のない笑顔で、アマリリスの手を取り言葉を続ける。アマリリスはほんのりと頬を染めて恥ずかしそうに笑みを浮かべた。
『クレバリー侯爵家の第三子アマリリス。この子が私の婚約者です』
ルシアンの初恋と呼ぶには重すぎる気持ちは、一瞬で悲恋に変わり果てる。
いっそのことダーレンから婚約者を奪うことも考えたが、アマリリスの恥ずかしそうな嬉しそうな笑顔が脳裏から離れなくて、強引なことはできなかった。そうこうしているうちに国王に言われ、ルシアンも婚約を結ぶことになったのだ。
(アマリリスが相手でないなら、誰でも変わらないし……どうでもいい)
それでもアマリリスがどんな様子なのか気になって仕方なく、こっそりと調べていたのだ。その情報が十年後に役に立つとは、当時のルシアンは思っていなかった。
* * *
「元婚約者のご令嬢になにか思うところはなかったのですか?」
「うーん、相手には悪いなとは思ったけれど、王太子だから婚約者は絶対必要だし。でも、どうしてもリリス以外を好きになれなくて。だから浮気してても目をつぶっていたんだよ」
「ではそのまま目をつぶっていてもよかったのでは?」
「リリスが婚約破棄されると情報を掴んだから、もう無視できなくなったんだよね」
アマリリスの罪悪感を煽るように、ルシアンは言葉を選んで紡いでいく。
「リリスは僕に対して責任を取る必要があると思うんだ。だからずっと僕のそばにいてくれるよね?」
「いえ、まったくもって責任はないと思います」
「うーん、手強いな。まあ、そんなところも魅力的だけれど」
ルシアンはアマリリスを手放す気などない。一度あきらめた宝をなにがなんでも手に入れたい。本当はもっと後で気持ちを伝えるつもりだったけれど、こらえきれなくて打ち明けてしまった。それほどアマリリスを深く想っている。
(もう十年も待っているから、あと二、三年くらいどうってことない。僕なしではいられないほど心を掴んだら、きっと閉じ込めても泣かないよね……?)
アマリリスを独り占めしたいがゆえ、誰にも会わせないよう閉じ込めておきたい。さすがにそんな狂愛を披露するにはまだ早いとわかっているので、ルシアンはそっと胸の内でこいねがった。
(ああ、早く僕に堕ちてこないかな……僕しか見えないくらい甘やかして、アマリリスが溶けるほど愛したいな……)
ルシアンがそんな危険な妄想をしているとは知らないアマリリスは、腹黒教育を早々に終わらせるため、次の段階へ進むことにした。
『でも、この子がわたしのことを馬鹿にしたのよ!』
『なによ、あんただってわたしを邪魔者だって言ったでしょ!』
赤髪の少女は凛とした佇まいで、鈴を転がすような声で毒を吐く。
『……私からしたら、おふたりとも面倒なご令嬢としか思えませんわ。この場にふさわしくない行動をして恥ずかしくないの?』
大輪の花のように可憐な見た目なのに、同年代の子供とは思えない毒舌。そのギャップが鮮烈で、苛烈で、ルシアンの心の奥深くまで入り込んでいく。
その言葉で言い争っていたご令嬢たちはハッと我に返り、急におとなしくなった。少女が集まっていた令嬢たちに視線を向けると、みんなバラバラと離れていく。やっと静かになって、ルシアンは残った少女に声をかけた。
『ありがとう。どうしていいかわからなくて、助かったよ』
『いえ、突然割り込んで申し訳ありません。その、今後のことを考えて私が悪者になった方がいいと思い口を挟みました』
『今後のこと?』
『はい、ルシアン殿下はこれから婚約者をお決めになるのですから、ご令嬢と揉めない方がいいと考えたのです』
ルシアンは驚いた。自分より少し幼く見える少女が、この国の王太子の婚約者について考慮した上で喧嘩の仲裁に入ったというのだ。
(——欲しい。僕はこの子が、欲しい)
ルシアンは目の前の少女が欲しいと思った。
生まれて初めて渇望した。
炎のような真紅の髪も、すべてを見透かすような琥珀色の瞳も。花よりも艶やかな美貌も。すべて自分のものにしたいと、ルシアンは思った。
『君の名前は?』
『申し遅れました、私はアマリリス・クレバリーと申します』
そう言ってカーテシーをするアマリリスは、実に優雅で繊細な所作でルシアンの視線を独占する。そこへこのお茶会の主役でもある従弟のダーレンがやってきた。
『アマリリス! こんなところにいたのか……あ、ルシアン殿下もおいででしたか! ちょうどよかった』
ダーレンは屈託のない笑顔で、アマリリスの手を取り言葉を続ける。アマリリスはほんのりと頬を染めて恥ずかしそうに笑みを浮かべた。
『クレバリー侯爵家の第三子アマリリス。この子が私の婚約者です』
ルシアンの初恋と呼ぶには重すぎる気持ちは、一瞬で悲恋に変わり果てる。
いっそのことダーレンから婚約者を奪うことも考えたが、アマリリスの恥ずかしそうな嬉しそうな笑顔が脳裏から離れなくて、強引なことはできなかった。そうこうしているうちに国王に言われ、ルシアンも婚約を結ぶことになったのだ。
(アマリリスが相手でないなら、誰でも変わらないし……どうでもいい)
それでもアマリリスがどんな様子なのか気になって仕方なく、こっそりと調べていたのだ。その情報が十年後に役に立つとは、当時のルシアンは思っていなかった。
* * *
「元婚約者のご令嬢になにか思うところはなかったのですか?」
「うーん、相手には悪いなとは思ったけれど、王太子だから婚約者は絶対必要だし。でも、どうしてもリリス以外を好きになれなくて。だから浮気してても目をつぶっていたんだよ」
「ではそのまま目をつぶっていてもよかったのでは?」
「リリスが婚約破棄されると情報を掴んだから、もう無視できなくなったんだよね」
アマリリスの罪悪感を煽るように、ルシアンは言葉を選んで紡いでいく。
「リリスは僕に対して責任を取る必要があると思うんだ。だからずっと僕のそばにいてくれるよね?」
「いえ、まったくもって責任はないと思います」
「うーん、手強いな。まあ、そんなところも魅力的だけれど」
ルシアンはアマリリスを手放す気などない。一度あきらめた宝をなにがなんでも手に入れたい。本当はもっと後で気持ちを伝えるつもりだったけれど、こらえきれなくて打ち明けてしまった。それほどアマリリスを深く想っている。
(もう十年も待っているから、あと二、三年くらいどうってことない。僕なしではいられないほど心を掴んだら、きっと閉じ込めても泣かないよね……?)
アマリリスを独り占めしたいがゆえ、誰にも会わせないよう閉じ込めておきたい。さすがにそんな狂愛を披露するにはまだ早いとわかっているので、ルシアンはそっと胸の内でこいねがった。
(ああ、早く僕に堕ちてこないかな……僕しか見えないくらい甘やかして、アマリリスが溶けるほど愛したいな……)
ルシアンがそんな危険な妄想をしているとは知らないアマリリスは、腹黒教育を早々に終わらせるため、次の段階へ進むことにした。
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