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16話 破滅の始まり①
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アマリリスがダーレンから婚約破棄され三週間が経った。
あのパーティーの日、ロベリアがダーレンの新たな婚約者となり、クレバリー侯爵家ではお祝いムード一色だった。婚約祝いにフランシルとロベリアはドレスと装飾品を新調して、エミリオは趣味で集める魔道具を買い求めている。
だが、その後アマリリスが王命によりルシアン殿下の教育係になったと知らせが来た。この件は極秘事項で当面は婚約者候補として扱うと、国王陛下からの親書が届いたのである。
国王陛下の王命では従わないわけにはいかない。どこまでいってもエイドリックの邪魔になる存在だが、今後王家と繋がりを持てるなら悪くないと考え直した。
(バックマン公爵家との繋がりもそのままだし、王家とも繋がりを持てるならクレバリー侯爵家はまだまだ繁栄していくぞ……! ああ、だが帳簿管理は面倒だ。人を雇うか……いや、ケヴィンにやらせてもいいな)
エイドリックは、なにかにつけて苦言を呈する家令ケヴィンの存在も鬱陶しかった。四十年に渡りクレバリー家に仕えているためか、エイドリックに対しても遠慮をしない。
ケヴィンをクビにしたいが、屋敷の管理を任せられる人材などそうそう手に入らない。通常は月日をかけて次代の家令を育成するのだが、皆使えない奴らだったのでエイドリックがすでにクビにしていて該当者がいなかった。
そこでこの口うるさいケヴィンを黙らせるため、過剰ともいえる業務を割り当てることにした。
ところが、エイドリックが面倒だと思っていた帳簿管理をケヴィンに任せると、今までよりも小言が増えたのだ。
「旦那様、こちらとこちら、それから次のページにも数字の写し間違いがございます」
「そんなもの、お前で直しておけばいいだろう!」
「いえ、それではミスがなくなりませんので、今後の効率化を図るためにも早急に対処が必要でございます」
「ぐぬっ……直せばいいんだろう! わかったからお前は下がれ!」
「では失礼いたします」
自分の価値を正しく理解しているケヴィンは、エイドリックに容赦なく間違いを指摘した。アマリリスが去った後、少しずつ使用人を減らしている。
帳簿の管理を手伝うようになり、クレバリー侯爵家にはどれくらいの時間が残されているのかも理解していた。
(アマリリス様はルシアン殿下の婚約者候補になられたと聞いたが……あのお方ならうまくやれるだろう。できればアマリリス様のおそばでお仕えしたかったけれど、私もそろそろ身を引くタイミングなのかもしれない)
ケヴィンはこの時、砂上の楼閣であるクレバリー侯爵家と共に沈む覚悟を決めたのだった。
* * *
その頃、バックマン公爵家ではダーレンとロベリアが公爵夫妻の前に呼び出されていた。
「父上、ロベリアも同席しての話し合いとは、もしかして結婚式のことでしょうか?」
「まあ、そうなのですか? ずっと想ってきたダーレン様の妻になれるなんて、嬉しいですわ!」
嬉しそうに能天気な笑顔を浮かべるダーレンとロベリアに反して、バックマン公爵夫妻は眉間に皺を寄せ、口角は引き下がっていた。公爵夫妻のこの表情を見ても、頭の中で花が咲いている息子とその婚約者にため息が出るのをこらえている。
「お前たちは、アマリリス嬢が婚約者だった時から愛し合っていたのか?」
「ええ、そうなんです! クレバリー侯爵家へ行っても接待してくれるのはずっとロベリアでした。アマリリスは姿を見せることもせず、私が送ったドレスもすべてロベリアに処分するように命じていたのです!」
「ダーレン様のおっしゃる通りですわ。わたくしはずっとアマリリスに虐げられておりましたの。身の回りの世話をさせられ、持ち物はすべて奪われました」
バックマン公爵の問いかけに、愚かなふたりはここぞとばかりにアマリリスを貶める。
それが事実だと信じて疑わないダーレンの姿に、バックマン公爵夫人はどこで教育を間違えたのかと心が沈んだ。
しかし公爵夫人として生半可な覚悟で嫁いできたわけではない。愚かな息子に公爵家の未来は託せないのだ。
「ダーレン。貴方がアマリリス嬢と面会したのは年に何度なの?」
「はい、確か……年に一度会うかどうかです。私がどれだけクレバリー侯爵家を訪れても、姿を現すことはありませんでしたので」
「そう。私は年に三度か四度、アマリリスとお茶の時間をとっていたわ。私の呼び出しには応じるのに、クレバリー侯爵家で会えない理由がわからないの。ロベリアはなにか知っているの?」
あのパーティーの日、ロベリアがダーレンの新たな婚約者となり、クレバリー侯爵家ではお祝いムード一色だった。婚約祝いにフランシルとロベリアはドレスと装飾品を新調して、エミリオは趣味で集める魔道具を買い求めている。
だが、その後アマリリスが王命によりルシアン殿下の教育係になったと知らせが来た。この件は極秘事項で当面は婚約者候補として扱うと、国王陛下からの親書が届いたのである。
国王陛下の王命では従わないわけにはいかない。どこまでいってもエイドリックの邪魔になる存在だが、今後王家と繋がりを持てるなら悪くないと考え直した。
(バックマン公爵家との繋がりもそのままだし、王家とも繋がりを持てるならクレバリー侯爵家はまだまだ繁栄していくぞ……! ああ、だが帳簿管理は面倒だ。人を雇うか……いや、ケヴィンにやらせてもいいな)
エイドリックは、なにかにつけて苦言を呈する家令ケヴィンの存在も鬱陶しかった。四十年に渡りクレバリー家に仕えているためか、エイドリックに対しても遠慮をしない。
ケヴィンをクビにしたいが、屋敷の管理を任せられる人材などそうそう手に入らない。通常は月日をかけて次代の家令を育成するのだが、皆使えない奴らだったのでエイドリックがすでにクビにしていて該当者がいなかった。
そこでこの口うるさいケヴィンを黙らせるため、過剰ともいえる業務を割り当てることにした。
ところが、エイドリックが面倒だと思っていた帳簿管理をケヴィンに任せると、今までよりも小言が増えたのだ。
「旦那様、こちらとこちら、それから次のページにも数字の写し間違いがございます」
「そんなもの、お前で直しておけばいいだろう!」
「いえ、それではミスがなくなりませんので、今後の効率化を図るためにも早急に対処が必要でございます」
「ぐぬっ……直せばいいんだろう! わかったからお前は下がれ!」
「では失礼いたします」
自分の価値を正しく理解しているケヴィンは、エイドリックに容赦なく間違いを指摘した。アマリリスが去った後、少しずつ使用人を減らしている。
帳簿の管理を手伝うようになり、クレバリー侯爵家にはどれくらいの時間が残されているのかも理解していた。
(アマリリス様はルシアン殿下の婚約者候補になられたと聞いたが……あのお方ならうまくやれるだろう。できればアマリリス様のおそばでお仕えしたかったけれど、私もそろそろ身を引くタイミングなのかもしれない)
ケヴィンはこの時、砂上の楼閣であるクレバリー侯爵家と共に沈む覚悟を決めたのだった。
* * *
その頃、バックマン公爵家ではダーレンとロベリアが公爵夫妻の前に呼び出されていた。
「父上、ロベリアも同席しての話し合いとは、もしかして結婚式のことでしょうか?」
「まあ、そうなのですか? ずっと想ってきたダーレン様の妻になれるなんて、嬉しいですわ!」
嬉しそうに能天気な笑顔を浮かべるダーレンとロベリアに反して、バックマン公爵夫妻は眉間に皺を寄せ、口角は引き下がっていた。公爵夫妻のこの表情を見ても、頭の中で花が咲いている息子とその婚約者にため息が出るのをこらえている。
「お前たちは、アマリリス嬢が婚約者だった時から愛し合っていたのか?」
「ええ、そうなんです! クレバリー侯爵家へ行っても接待してくれるのはずっとロベリアでした。アマリリスは姿を見せることもせず、私が送ったドレスもすべてロベリアに処分するように命じていたのです!」
「ダーレン様のおっしゃる通りですわ。わたくしはずっとアマリリスに虐げられておりましたの。身の回りの世話をさせられ、持ち物はすべて奪われました」
バックマン公爵の問いかけに、愚かなふたりはここぞとばかりにアマリリスを貶める。
それが事実だと信じて疑わないダーレンの姿に、バックマン公爵夫人はどこで教育を間違えたのかと心が沈んだ。
しかし公爵夫人として生半可な覚悟で嫁いできたわけではない。愚かな息子に公爵家の未来は託せないのだ。
「ダーレン。貴方がアマリリス嬢と面会したのは年に何度なの?」
「はい、確か……年に一度会うかどうかです。私がどれだけクレバリー侯爵家を訪れても、姿を現すことはありませんでしたので」
「そう。私は年に三度か四度、アマリリスとお茶の時間をとっていたわ。私の呼び出しには応じるのに、クレバリー侯爵家で会えない理由がわからないの。ロベリアはなにか知っているの?」
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