上 下
13 / 60

13話 アマリリスの本気②

しおりを挟む
 バツが悪くなったバックマン公爵夫人は、アマリリスとルシアンを庭園へと先導する。会場に入るとルシアンは貴族たちに囲まれ、擦り寄る言葉を浴びせられた。一方アマリリスには、侮蔑の視線を送ってくるのだから器用なものだ。

「それにしても、どうして稀代の悪女が婚約者候補になどなっているのかしら?」
「そうよね、ルシアン殿下のパートナーなど悪女にこなせるわけがないでしょう」
「クレバリー侯爵からはなにも聞いておらんぞ。どうやってルシアン殿下をたぶらかしたのだ?」

 遠慮のない悪意がアマリリスに向けられる。ルシアンがアマリリスに騙されていると決めつけ、果敢に攻めてくる勇気は認めたいが、ルシアンの前でパートナーを貶めるのは悪手だ。今回は勉強も兼ねているので大歓迎ではあるが。

 アマリリスは困ったように眉を八の字に下げて、優雅に儚く微笑みを浮かべる。

「実は、従妹であるロベリアとダーレン様は密かに心を通わせていたのですが、私の存在があったため結ばれることができなかったのです。そこで一計を案じ、悪女のふりをして身を引いたのです」
「そんなでたらめを……!」
「信じられないわ」

 アマリリスの発言を信じがたい貴族たちに、わずかな動揺が広がる。実際に今日のアマリリスの立ち居振る舞いは完璧で、悪女の素振りは微塵も感じられないからだ。

「それは本当だよ。しっかりと調査した結果、間違いない事実だ。僕も婚約破棄したばかりだったけど、アマリリス嬢の献身に心を打たれて婚約者候補にと打診したんだ」

 ルシアンがベストタイミングで援護射撃を打ってくれる。王族の調査で間違いないと言われれば、認めざるを得ないし事実で違いない。アマリリスだって、なにひとつ嘘はついていない。

「……それが事実なの?」

 ポツリと聞こえた声は、バックマン公爵夫人のものだ。
 頬が隆起して口角が下がり、眉を寄せている。読み取れる感情は強い後悔。ずっとかわいがってきた息子の婚約者を信じきれなかった自分に対する怒り。アマリリスの状況を理解してやれなかった悔しさ。

 高潔なバックマン公爵夫人だからこそ、ここで罪悪感を煽れば完全に味方になるとアマリリスは読む。

「はい。バックマン公爵夫人を騙すようでずっと心苦しかったのですが……やっと本当のことを言えました。たとえどんなに蔑まれようと、お慕いしたダーレン様とロベリアには幸せになってもらいたかったのです。どうかあのふたりをお認めください」
「ああ、アマリリス……! 貴女はなんて健気なの……!」

 アマリリスの完全勝利が確定した瞬間だった。


 それでも嫌味を言ってくる貴族がすぐにいなくなるわけではない。

 しかしアマリリスの悪女が演技であったことが広まれば、真実を見抜いた王太子としてルシアンの評判は上がるだろう。伯父の立ち回り次第ではクレバリー侯爵家の評判も下がるし、ダーレンとロベリアについては不貞の噂がついてまわる。

 その後も嫌味を言ってくる貴族たちをあしらい、ルシアンに嫌みと切り返し方を実践で見せていく。素直すぎるが飲み込みの早いルシアンなら、今日のお茶会からもなにか学び取っているだろう。

(ふふ……これでいいわ)

 アマリリスには才能があった。

 もともと三兄弟の中でも桁違いに頭脳明晰で口が達者な上、抜群の行動力があり、目的のためには手段を選ばない冷酷さも持っている。そんな悪女としての才能があった。

 誰をも魅了する美しい容姿もあいまって、儚げに微笑みを浮かべれば妖精だと、傲慢に振る舞えば稀代の悪女として名を馳せる。

 最初からアマリリスへの態度が変わらないのはルシアンだけだったが、彼も非凡な才能の持ち主だ。貴族の事細かな情報をすべて把握し、瞬時に必要な計算ができる。国中の貴族令嬢を魅了する美貌で、いつも朗らかに微笑んでいた。
 
 きっとルシアンが腹黒教育を終えれば、誰よりも国を豊かに導く王になることだろう。

(さっさと教育係のお役目を果たして、使用人たちの受け皿と兄様たちを探しましょう)

 アマリリスはその決意を胸に、ルシアンと帰路に就いた。そして翌日からマンツーマンで教育をする計画を立てたのだった。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?

新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。 ※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!

「お前を妻だと思ったことはない」と言ってくる旦那様と離婚した私は、幼馴染の侯爵から溺愛されています。

木山楽斗
恋愛
第二王女のエリームは、かつて王家と敵対していたオルバディオン公爵家に嫁がされた。 因縁を解消するための結婚であったが、現当主であるジグールは彼女のことを冷遇した。長きに渡る因縁は、簡単に解消できるものではなかったのである。 そんな暮らしは、エリームにとって息苦しいものだった。それを重く見た彼女の兄アルベルドと幼馴染カルディアスは、二人の結婚を解消させることを決意する。 彼らの働きかけによって、エリームは苦しい生活から解放されるのだった。 晴れて自由の身になったエリームに、一人の男性が婚約を申し込んできた。 それは、彼女の幼馴染であるカルディアスである。彼は以前からエリームに好意を寄せていたようなのだ。 幼い頃から彼の人となりを知っているエリームは、喜んでその婚約を受け入れた。二人は、晴れて夫婦となったのである。 二度目の結婚を果たしたエリームは、以前とは異なる生活を送っていた。 カルディアスは以前の夫とは違い、彼女のことを愛して尊重してくれたのである。 こうして、エリームは幸せな生活を送るのだった。

転生おばさんは有能な侍女

吉田ルネ
恋愛
五十四才の人生あきらめモードのおばさんが転生した先は、可憐なお嬢さまの侍女でした え? 婚約者が浮気? え? 国家転覆の陰謀? 転生おばさんは忙しい そして、新しい恋の予感…… てへ 豊富な(?)人生経験をもとに、お嬢さまをおたすけするぞ!

命を狙われたお飾り妃の最後の願い

幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・ざまぁ系・ハピエン】 重要な式典の真っ最中、いきなりシャンデリアが落ちた――。狙われたのは王妃イベリナ。 イベリナ妃の命を狙ったのは、国王の愛人ジャスミンだった。 短め連載・完結まで予約済みです。設定ゆるいです。 『ベビ待ち』の女性の心情がでてきます。『逆マタハラ』などの表現もあります。苦手な方はお控えください、すみません。

【完結】見ず知らずの騎士様と結婚したけど、多分人違い。愛する令嬢とやっと結婚できたのに信じてもらえなくて距離感微妙

buchi
恋愛
男性恐怖症をこじらせ、社交界とも無縁のシャーロットは、そろそろ行き遅れのお年頃。そこへ、あの時の天使と結婚したいと現れた騎士様。あの時って、いつ? お心当たりがないまま、娘を片付けたい家族の大賛成で、無理矢理、めでたく結婚成立。毎晩口説かれ心の底から恐怖する日々。旦那様の騎士様は、それとなくドレスを贈り、観劇に誘い、ふんわりシャーロットをとろかそうと努力中。なのに旦那様が親戚から伯爵位を相続することになった途端に、自称旦那様の元恋人やら自称シャーロットの愛人やらが出現。頑張れシャーロット! 全体的に、ふんわりのほほん主義。

【完結】要らないと言っていたのに今更好きだったなんて言うんですか?

星野真弓
恋愛
 十五歳で第一王子のフロイデンと婚約した公爵令嬢のイルメラは、彼のためなら何でもするつもりで生活して来た。  だが三年が経った今では冷たい態度ばかり取るフロイデンに対する恋心はほとんど冷めてしまっていた。  そんなある日、フロイデンが「イルメラなんて要らない」と男友達と話しているところを目撃してしまい、彼女の中に残っていた恋心は消え失せ、とっとと別れることに決める。  しかし、どういうわけかフロイデンは慌てた様子で引き留め始めて――

【完結】両親が亡くなったら、婚約破棄されて追放されました。他国に亡命します。

西東友一
恋愛
両親が亡くなった途端、私の家の資産を奪った挙句、婚約破棄をしたエドワード王子。 路頭に迷う中、以前から懇意にしていた隣国のリチャード王子に拾われた私。 実はリチャード王子は私のことが好きだったらしく――― ※※ 皆様に助けられ、応援され、読んでいただき、令和3年7月17日に完結することができました。 本当にありがとうございました。

宮廷外交官の天才令嬢、王子に愛想をつかれて婚約破棄されたあげく、実家まで追放されてケダモノ男爵に読み書きを教えることになりました

悠木真帆
恋愛
子爵令嬢のシャルティナ・ルーリックは宮廷外交官として日々忙しくはたらく毎日。 クールな見た目と頭の回転の速さからついたあだ名は氷の令嬢。 婚約者である王子カイル・ドルトラードを長らくほったらかしてしまうほど仕事に没頭していた。 そんなある日の夜会でシャルティナは王子から婚約破棄を宣言されてしまう。 そしてそのとなりには見知らぬ令嬢が⋯⋯ 王子の婚約者ではなくなった途端、シャルティナは宮廷外交官の立場まで失い、見かねた父の強引な勧めで冒険者あがりの男爵のところへ行くことになる。 シャルティナは宮廷外交官の実績を活かして辣腕を振るおうと張り切るが、男爵から命じられた任務は男爵に文字の読み書きを教えることだった⋯⋯

処理中です...