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9話 王太子の教育係になりました②
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「アマリリス先生につきっきりで指導してもらうには、どうしても理由が必要になるのは理解してくれる?」
「そうですね。ルシアン殿下のお立場でしたならなおのこと、不用意に女性をそばに置いておけませんわ」
ルシアンは素直すぎるとはいえ政治的手腕もあり、魔法の扱いに長け、剣の腕も近衛騎士に匹敵するのは誰もが知る事実だ。そんな王太子がフリーになったとしたら、貴族たちは自分の娘を嫁がせようと必死になるに違いない。
(私が邪魔な存在になるのはわかりきったことだわ。面倒なことにしかならないのに、王命だから断れないなんて……本当に理不尽な世の中ね)
かといって王太子であるルシアンが、悪女と名高いアマリリスから腹黒教育を受けているなど、口が裂けても言えないことだ。そんなことが知られたら、王太子としての素質を疑われてしまう。
「そこで、アマリリス先生には僕の婚約者候補として、そばにいてもらいたい」
「まあ、それが妥当ですわね。ではこちらの部屋を用意してくださったのも——」
「そうだよ。ここは王族に準じた者が使う部屋だ。僕の婚約者候補として、大切な人だとアピールできる」
アマリリスは短くため息をついた。
婚約破棄を宣言されてからここまで、およそ四時間ほどだ。いくら王家でも、こんな短時間ですべてを準備したとは考えにくい。どう考えても、随分前から調査して入念に準備を整えてきたとしかアマリリスは思えなかった。
「いつから私に目をつけていたのですか?」
「さすがアマリリス先生だね。これだけでわかるの?」
「ごまかさないでください。いつから計画していらっしゃったのですか?」
アマリリスはルシアンのアメジストのような瞳をジッと見つめる。隣に座っているから思いの外距離が近い。ルシアンの端正な顔立ちから、ふっと柔和な笑顔が消えて、獲物を狩るような視線がアマリリスに突き刺さる。
「……ずっと前から君がほしかったと言ったら、信じる?」
「——はい?」
思いもよらないルシアンの言葉に、アマリリスは思わず聞き返してしまった。
それでも外されることのない視線は絡み合ったまま。息苦しいくらい真剣な眼差しが、アマリリスの心を掴んで離さない。
だが次の瞬間、唐突にルシアンが項垂れた。
「……っあー、ダメだ。やっぱりアマリリス先生みたいに上手くできないな」
「え……?」
「アマリリス先生の真似して、悪い男になろうと思ったんだけど、難しいね」
「そ……そうでしたか。きちんと教えますので、ご安心ください」
緊張が緩んだ瞬間にアマリリスの頬が熱を持ち始め、ルシアンから顔を背ける。こんな風に男性から言われたことがなかったので、反応が遅くなってしまったのだ。教育係としてダメな反応だったと、悔しさが込み上げる。
(ルシアン殿下はただ、腹黒教育を真面目に受けようとしているだけよ……! 落ち着け、私……!)
咳払いして姿勢を整え、改めてルシアンに視線を向けた。
「それでは明日、早速ルシアン殿下の実力を見せていただけますか?」
「わかった、政務の間もずっとアマリリス先生がそばにいられるように手配する。明日の朝また迎えにくるけどいいかな?」
「はい、よろしくお願いいたします」
こうしてアマリリスは王太子の腹黒教育係として、新たな生活を始めることになった。
後に、この日がアマリリスの人生で一番理不尽な日だったと知るが、それはまだ先のことだ。
「そうですね。ルシアン殿下のお立場でしたならなおのこと、不用意に女性をそばに置いておけませんわ」
ルシアンは素直すぎるとはいえ政治的手腕もあり、魔法の扱いに長け、剣の腕も近衛騎士に匹敵するのは誰もが知る事実だ。そんな王太子がフリーになったとしたら、貴族たちは自分の娘を嫁がせようと必死になるに違いない。
(私が邪魔な存在になるのはわかりきったことだわ。面倒なことにしかならないのに、王命だから断れないなんて……本当に理不尽な世の中ね)
かといって王太子であるルシアンが、悪女と名高いアマリリスから腹黒教育を受けているなど、口が裂けても言えないことだ。そんなことが知られたら、王太子としての素質を疑われてしまう。
「そこで、アマリリス先生には僕の婚約者候補として、そばにいてもらいたい」
「まあ、それが妥当ですわね。ではこちらの部屋を用意してくださったのも——」
「そうだよ。ここは王族に準じた者が使う部屋だ。僕の婚約者候補として、大切な人だとアピールできる」
アマリリスは短くため息をついた。
婚約破棄を宣言されてからここまで、およそ四時間ほどだ。いくら王家でも、こんな短時間ですべてを準備したとは考えにくい。どう考えても、随分前から調査して入念に準備を整えてきたとしかアマリリスは思えなかった。
「いつから私に目をつけていたのですか?」
「さすがアマリリス先生だね。これだけでわかるの?」
「ごまかさないでください。いつから計画していらっしゃったのですか?」
アマリリスはルシアンのアメジストのような瞳をジッと見つめる。隣に座っているから思いの外距離が近い。ルシアンの端正な顔立ちから、ふっと柔和な笑顔が消えて、獲物を狩るような視線がアマリリスに突き刺さる。
「……ずっと前から君がほしかったと言ったら、信じる?」
「——はい?」
思いもよらないルシアンの言葉に、アマリリスは思わず聞き返してしまった。
それでも外されることのない視線は絡み合ったまま。息苦しいくらい真剣な眼差しが、アマリリスの心を掴んで離さない。
だが次の瞬間、唐突にルシアンが項垂れた。
「……っあー、ダメだ。やっぱりアマリリス先生みたいに上手くできないな」
「え……?」
「アマリリス先生の真似して、悪い男になろうと思ったんだけど、難しいね」
「そ……そうでしたか。きちんと教えますので、ご安心ください」
緊張が緩んだ瞬間にアマリリスの頬が熱を持ち始め、ルシアンから顔を背ける。こんな風に男性から言われたことがなかったので、反応が遅くなってしまったのだ。教育係としてダメな反応だったと、悔しさが込み上げる。
(ルシアン殿下はただ、腹黒教育を真面目に受けようとしているだけよ……! 落ち着け、私……!)
咳払いして姿勢を整え、改めてルシアンに視線を向けた。
「それでは明日、早速ルシアン殿下の実力を見せていただけますか?」
「わかった、政務の間もずっとアマリリス先生がそばにいられるように手配する。明日の朝また迎えにくるけどいいかな?」
「はい、よろしくお願いいたします」
こうしてアマリリスは王太子の腹黒教育係として、新たな生活を始めることになった。
後に、この日がアマリリスの人生で一番理不尽な日だったと知るが、それはまだ先のことだ。
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