上 下
7 / 60

7話 王城へ連行されました②

しおりを挟む
 王城に着くとアマリリスと腕を引いてきた騎士だけになり、「こちらです」と騎士が左斜め前を歩きはじめる。

 この騎士は王太子殿下の専属だと打ち明け、手荒なことをして申し訳なかったと何度も謝罪された。そのまま黙ってついていくと、ダークブラウンの重厚な扉が開かれ、騎士は躊躇ちゅうちょなく足を進めていく。

「それでは、こちらにおかけになってお待ちいただけますか?」
「はい……」

 アマリリスがソファーにかけるとすぐに侍従がやってきて、お茶とお菓子を用意してくれた。足元にボストンバッグを置いてお菓子をつまんだら、あまりのおいしさに手が止まらなくなってしまう。

 そんなタイミングでドアがノックされ、先ほどの騎士が戻ってきた。

「お待たせいたしました。国王陛下とルシアン殿下がお越しです」

 騎士の言葉の後に続いて姿を現したのは、眉間に皺を寄せた国王と、嬉しそうな顔で微笑む王太子ルシアン殿下だった。

 ルシアン殿下は母親譲りの美しく艶のある金髪に、王族の証であるロイヤルパープルの瞳を細めていた。そのあまりにも整った容姿は見るものを陶然とさせる。

 耳の上で短く切られた髪は動きに合わせてサラサラと揺れていた。目尻が優しく下がり口元は弧を描いていて、とても機嫌がいいように見える。

 一方、国王陛下はライトブラウンのクセのある髪を後ろへ流し、眉をひそめて難しい顔をしていた。

 深く刻まれた眉間の皺は国王ゆえのものなのか、悪女であるアマリリスが原因なのか。口角が下がり明らかに不機嫌な様子だ。

 ひとまず不敬のないよう、淑女として優雅に立ち上がりカーテシーをした。

「我がフレデルトの揺るぎなき太陽。我がフレデルトの若き獅子。このように謁見させていただき恐悦至極に存じます。アマリリス・クレバリーでございます」
「ああ、堅苦しい挨拶はよい。そこへかけてくれ」
「寛大なお言葉ありがとうございます。それでは失礼いたします」

 国王陛下とルシアン殿下がソファーにかけたのを確認してから、私もゆっくりと腰を下ろす。侍従が新しく三人分のお茶とお菓子を用意すると、国王陛下が口を開いた。

「まずは先ほどのパーティーでの振る舞い、私もルシアンも目にしておった」
「それは大変お見苦しいものをお見せして、誠に申し訳ございませんでした」

 やはりパーティーを騒がした罪で処罰が下されるのだと、アマリリスは落胆した。

(それにしても対応が速すぎるわ。国外追放以外だと、生涯修道院暮らしかしら? それとも危険な鉱山での採掘のお仕事かしら?)

 そんなアマリリスをよそに国王は言葉を続ける。

「そこで其方そなたに頼みがある。王太子ルシアンの教育係になってほしい」
「……私、稀代の悪女と呼ばれていますので、なにかの間違いでは?」

 あまりにも突拍子のないことだったので、アマリリスは思わず素で返してしまった。

「いや、その悪女っぷりを見込んでの頼みだ。実はルシアンは優秀ではあるのだが、少々素直すぎるところがあるのだ。貴族同士の嫌味や言葉の裏を読み取るのが苦手でな」
「さようでございますか」

 それは確かに王族としては弱点になってしまうだろう。臣下が腹の中でなにを考えているのか、まったくわからないのではいつ足元を掬われるかわかったものではない。
 そこで今度はルシアンが口を開いた。

「そんな頼りない僕に嫌気が差したみたいで、婚約者に三年間も浮気されていたんだ。先月婚約破棄したばかりで、これからは騙されることなく貴族たちをまとめていきたい。だからアマリリス嬢のような腹黒さを学ぶ必要があると考えた」
「なるほど」

 ということは、アマリリスの悪女っぷりが思わぬ方向で認められたということか。これは喜んでいいのか、悲しんでいいのか悩むところである。

「どうか僕の教育係になってもらえないだろうか?」

 困ったように眉尻を下げるルシアン殿下は、うっかりイエスと言ってしまいそうなほど麗しく庇護欲をそそる。

「申し訳ございませんが、私ではお役に立てないかと存じます。なにせ悪女のふりをしていただけですので」

 アマリリスはすんでのところでこらえて、はっきりとお断りした。

「それは知っているよ。本当に悪女だったらお願いできないからね。アマリリス嬢は前クレバリー侯爵夫妻の第三子で、その頭脳を生かし帳簿と屋敷を管理、伯父一家から虐げられ、今回の騒動を機に隣国へ向かう途中だったと調べがついている」

 あっさりと裏事情を看破され、にっこりと微笑んだルシアン殿下に心が揺さぶられた。

 いったい、いつの間にそこまで調べたのか、さすが王族だとアマリリスは感心する。しかし王太子の教育係など、それで頷くほど簡単な話ではない。

「これだけの調査力がおありでしたら、私など不要でございましょう?」
「いや、そんなことはないよ。貴族全員を細かく調査しているわけではないし、他国の使者や王侯貴族となれば容易に調査も進まないだろう。そんな時に相手の腹の中を読み取り的確に急所をつき、不要となれば容赦なく切り捨てるアマリリス嬢の判断能力が役に立つと思うんだ」

 褒められてるのか貶されてるのかわからないが、ルシアンがニコニコしているので、アマリリスは好意的に受け止めることにした。

「アマリリス嬢。そういうわけで教育係を頼んだ。これは王命である」

 どちらにしろ、国王の鶴のひと声でアマリリスの命運は決まったのだった。


しおりを挟む
感想 22

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

断罪される前に市井で暮らそうとした悪役令嬢は幸せに酔いしれる

葉柚
恋愛
侯爵令嬢であるアマリアは、男爵家の養女であるアンナライラに婚約者のユースフェリア王子を盗られそうになる。 アンナライラに呪いをかけたのはアマリアだと言いアマリアを追い詰める。 アマリアは断罪される前に市井に溶け込み侯爵令嬢ではなく一市民として生きようとする。 市井ではどこかの王子が呪いにより猫になってしまったという噂がまことしやかに流れており……。

うたた寝している間に運命が変わりました。

gacchi
恋愛
優柔不断な第三王子フレディ様の婚約者として、幼いころから色々と苦労してきたけど、最近はもう呆れてしまって放置気味。そんな中、お義姉様がフレディ様の子を身ごもった?私との婚約は解消?私は学園を卒業したら修道院へ入れられることに。…だったはずなのに、カフェテリアでうたた寝していたら、私の運命は変わってしまったようです。

【完結】引きこもりが異世界でお飾りの妻になったら「愛する事はない」と言った夫が溺愛してきて鬱陶しい。

千紫万紅
恋愛
男爵令嬢アイリスは15歳の若さで冷徹公爵と噂される男のお飾りの妻になり公爵家の領地に軟禁同然の生活を強いられる事になった。 だがその3年後、冷徹公爵ラファエルに突然王都に呼び出されたアイリスは「女性として愛するつもりは無いと」言っていた冷徹公爵に、「君とはこれから愛し合う夫婦になりたいと」宣言されて。 いやでも、貴方……美人な平民の恋人いませんでしたっけ……? と、お飾りの妻生活を謳歌していた 引きこもり はとても嫌そうな顔をした。

婚約者が不倫しても平気です~公爵令嬢は案外冷静~

岡暁舟
恋愛
公爵令嬢アンナの婚約者:スティーブンが不倫をして…でも、アンナは平気だった。そこに真実の愛がないことなんて、最初から分かっていたから。

【完結】いいえ。チートなのは旦那様です

仲村 嘉高
恋愛
伯爵家の嫡男の婚約者だったが、相手の不貞により婚約破棄になった伯爵令嬢のタイテーニア。 自分家は貧乏伯爵家で、婚約者の伯爵家に助けられていた……と、思ったら実は騙されていたらしい! ひょんな事から出会った公爵家の嫡男と、あれよあれよと言う間に結婚し、今までの搾取された物を取り返す!! という事が、本人の知らない所で色々進んでいくお話(笑) ※HOT最高◎位!ありがとうございます!(何位だったか曖昧でw)

【完結】婚約破棄される前に私は毒を呷って死にます!当然でしょう?私は王太子妃になるはずだったんですから。どの道、只ではすみません。

つくも茄子
恋愛
フリッツ王太子の婚約者が毒を呷った。 彼女は筆頭公爵家のアレクサンドラ・ウジェーヌ・ヘッセン。 なぜ、彼女は毒を自ら飲み干したのか? それは婚約者のフリッツ王太子からの婚約破棄が原因であった。 恋人の男爵令嬢を正妃にするためにアレクサンドラを罠に嵌めようとしたのだ。 その中の一人は、アレクサンドラの実弟もいた。 更に宰相の息子と近衛騎士団長の嫡男も、王太子と男爵令嬢の味方であった。 婚約者として王家の全てを知るアレクサンドラは、このまま婚約破棄が成立されればどうなるのかを知っていた。そして自分がどういう立場なのかも痛いほど理解していたのだ。 生死の境から生還したアレクサンドラが目を覚ました時には、全てが様変わりしていた。国の将来のため、必要な処置であった。 婚約破棄を宣言した王太子達のその後は、彼らが思い描いていたバラ色の人生ではなかった。 後悔、悲しみ、憎悪、果てしない負の連鎖の果てに、彼らが手にしたものとは。 「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルバ」にも投稿しています。

処理中です...