上 下
50 / 59
ブルトカール編

50、やりたい放題・その2

しおりを挟む
「炎龍!」

 ベリアルから発せられた青い炎が、龍の形となって目の前の敵に絡みついている。レオンから聖神力を流し込まれた後から、魔力の質が変わったのか、ベリアルは青い炎を操るようになっていた。

 灼熱の炎に焼かれて、オオカミ種の獣人族は動かなくなった。炎龍は次の獲物へと、燃えさかる視線をむける。

「次はあいつ。行け」

 その言葉とともに炎龍が、ワニ種の貴族に巻きついた。
 ベリアルを止めようと、奴隷商人が横から襲いかかってくる。その足元に、指先から炎の玉を放った。慌てた奴隷商人は、そのままスライディングして床に転がる。


「私に触れていいのは、大魔王様だけ。アンタなんかが気安くさわらないで」


 ギリギリと奴隷商人を踏みつけて、睨みつける。それでもベリアルの美しさに見惚みとれた奴隷商人は、顔をだらしなく緩めて踏まれ続けていた。

 貴族を焼きつくす寸前で離れた炎龍は、次に奴隷商人に狙いをさだめる。そして、その顔が恐怖に変わるやいなや、奴隷商人を飲み込んだ。



     ***



 テオの剣技は、まるで隙がなく一撃一撃がとても重いものだった。悪魔族との戦闘で培った、勘の良さもある。
 貴族たちはテオとレイシーに近寄ることさえできなかった。そしてアルスの双剣から放たれる炎は、触れたものを焼き尽くし床へ沈めている。


「隊長、私の分には手を出さないでください」

「あぁ? そんなの早いもん勝ちに決まってんだろ」

「早い者勝ち……? そうですか、わかりました。それなら遠慮しません」

 テオと背中合わせだったレイシーは、両手両足に風魔術を展開する。聖神力を高めていくと、パタパタと隊服がはためいた。


加速ブースト


「あ、それはズルイだろっ!」

 すでに後ろにはレイシーの姿はない。
 レイシーは得意の風魔術を使って、スピードを強化して獲物を狩り始めた。


 レイシーは、昨日出来上がったばかりの、オーダーメイドの暗器に最高に浮かれていた。仕事の早いロルフによって、希望通りの武器が仕上がってきたのだ。

 中指にはめた指輪から、極細の糸につながったナイフが浮かび上がる。糸は聖神力が通っていれば、伸縮自在で軌道調整もできる、優れものだ。しかも硬度も変えられるので、縛り上げるのも切り裂くのも自由自在だ。

(ふふ……今日はこれを存分に使える……ふふふ)

 傍目にはわからないが、超絶ゴキゲンのレイシーはサクサクと、貴族たちを倒していった。



     ***



「はぁっ、はぁっ、ここまで来れば大丈夫だろっ!」
「危なかったな、出口の近くで助かった……」
「こんなところで捕まってたまるか!」

 三人のヒグマ種の貴族は、息を切らしながら出口にむかって全速力で走っていた。

「あそこだ! ここから出れば……」

 ひとりが出口のドアに手を伸ばす。ドアノブを掴もうとしたその時、目の前に紅い刃の槍がふりおろされた。
 慌てて手を引くが、わずかに触れてしまい強い痛みが走る。


「あら、どちらに行かれるんですか?」


 赤黒い刃の槍を優雅にあやつるエレナが、ヒグマ種の貴族を止めた。聖神力で具現化させたマグマの槍は、常に高温で触れるものを溶かしてしまう。触れることすら叶わない、灼熱の槍だ。

「まさか、外に逃げるつもりでしたの?」

 穏やかな微笑みを浮かべているが、その右手にはマグマの槍が握られている。エレナが軽く振り回すだけで、熱波に襲われた。

「ひっ!」
「うわぁぁ!!」
「熱っ!!」

「うふふ、よろしければ、私と遊んでくださらない?」

 そう言ってエレナは左手を前につきだして、土魔術の魔術陣を展開する。


堅牢の檻 ハルト・ケージ


 魔術陣が淡く光ると、貴族たちの背後を塞ぐように、岩壁が通路をおおった。これで逃げられない。

「たまには私も、思いっきり力を解放したいのです。お付き合いくださいね?」

 そう言っておもむろにマグマの槍を振りあげた。
 ヒグマ種の貴族たちが床に這いつくばるまで、悲鳴は止まなかった。



     ***



「こんなにヒマで、いいんでしょうか?」

 屋上で結界に聖神力を注いでいるノエルとアリシアは、やることがない。不安になったアリシアはノエルに尋ねた。

「いいんだよ。僕もアリシアも、準備の方が忙しかったから後は任せよう」

「でも……なんだか申し訳なくて……」

「むしろ暴れる場所ができて、張り切ってるんじゃない? それとも……」

 ノエルはアリシアの耳元で、囁くように問いかける。


「僕とふたりきりじゃ、イヤ?」


 アリシアの耳元で囁かれた言葉と、耳にかかった吐息に心臓がドッックンと盛大に跳ねあがった。

(はうぅぅ!! 耳にっ! ノエル様のい、息がっっ!! ヤバい、これだけで軽く意識飛ぶっっ!!)

「アリシア」

 今度は甘く優しい声音で、名前を呼ばれる。ゾワゾワとした何かが、耳から背中をかけ降りていった。

(うあああぁ! もう無理! もう本気で心臓止まるっっ!!)

「ノエル様……」

 紅潮した頬に、潤んだ瞳でノエルをまっすぐに見つめるアリシアに、ノエルはピタリと動きを止めた。


(あ、ヤバい。僕が我慢できなくなる)


 ギリギリでなんとか理性を保って、穏やかな微笑みを浮かべたノエルは、空気を変えるために立ち上がった。

 「それじゃぁ、アリシア、僕ちょっと結界の様子みてくるから、ここ頼める?」

 返事を聞く前に羽ばたいて、屋上から離れた。アリシアから見えなくなったところで、ふわりと降り立ちガクッと膝をつく。


(あっっぶなかった——! 押し倒すとこだった! 婚約者にするまでは、我慢だ……!! くっそ、アリシアが貴族令嬢じゃなければ、もっと好きにできるのに!!)

 貞淑さが求められる貴族社会では、婚約者でもない男と関係をもった令嬢は、だらしないと冷遇されてしまう。
 たとえそれがキスひとつでも。

 そのため、ノエルはいろいろと我慢せざるを得なかった。アリシアの父が、なかなか首を縦にふらなくて話が進まないのだ。これだけはノエルの思い通りにならない。

 ノエルは深呼吸を繰り返して、落ち着かせてから屋上に舞いもどった。



     ***



(コイツは、何者なんだ!?)

 ドルイトス伯爵は大きく見開いた目で、目の前の出来事を眺めていた。
 黒い六枚の翼をはためかせ紫雷を放ち、笑みさえ浮かべている男がいる。

 赤子の手をひねるように、貴族たちが倒されていった。この貴族たちが弱いわけではない。獣人族は強いものでないと、爵位はもらえないし、血統だって関係してくる。少なくとも、国民の上位二割の強者たちだ。


(この男が、強すぎるんだ————)


 ギリギリと奥歯を噛みしめながら、この場から逃げ出す算段を立てる。
 最悪、奥の手を使えば逃げられるかもしれない。ここで捕まっては、いままで築き上げてきたものを失ってしまう。

 ドルイトス伯爵は他の獣人族たちを盾にしながら、ジワジワと出口にむかう。あと二メートルでコンサートホールから出られるという所で、一気に駆けだした。

(よし、ここまで来れば……!)

 バチンッと紫雷が足元に落ちる。

「なっ……!」

 振り向けば、先ほど落札したはずの男がふわりと降り立った。薄く笑う顔に、ゾクリと寒気を感じる。


「俺から逃げられると思ってんの?」


 ドルイトス伯爵は、この男と戦わなければ逃げられないと悟った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【改稿版】休憩スキルで異世界無双!チートを得た俺は異世界で無双し、王女と魔女を嫁にする。

ゆう
ファンタジー
剣と魔法の異世界に転生したクリス・レガード。 剣聖を輩出したことのあるレガード家において剣術スキルは必要不可欠だが12歳の儀式で手に入れたスキルは【休憩】だった。 しかしこのスキル、想像していた以上にチートだ。 休憩を使いスキルを強化、更に新しいスキルを獲得できてしまう… そして強敵と相対する中、クリスは伝説のスキルである覇王を取得する。 ルミナス初代国王が有したスキルである覇王。 その覇王発現は王国の長い歴史の中で悲願だった。 それ以降、クリスを取り巻く環境は目まぐるしく変化していく…… ※アルファポリスに投稿した作品の改稿版です。 ホットランキング最高位2位でした。 カクヨムにも別シナリオで掲載。

異世界転移「スキル無!」~授かったユニークスキルは「なし」ではなく触れたモノを「無」に帰す最強スキルだったようです~

夢・風魔
ファンタジー
林間学校の最中に召喚(誘拐?)された鈴村翔は「スキルが無い役立たずはいらない」と金髪縦ロール女に言われ、その場に取り残された。 しかしそのスキル鑑定は間違っていた。スキルが無いのではなく、転移特典で授かったのは『無』というスキルだったのだ。 とにかく生き残るために行動を起こした翔は、モンスターに襲われていた双子のエルフ姉妹を助ける。 エルフの里へと案内された翔は、林間学校で用意したキャンプ用品一式を使って彼らの食生活を改革することに。 スキル『無』で時々無双。双子の美少女エルフや木に宿る幼女精霊に囲まれ、翔の異世界生活冒険譚は始まった。 *小説家になろう・カクヨムでも投稿しております(完結済み

『殺す』スキルを授かったけど使えなかったので追放されました。お願いなので静かに暮らさせてください。

晴行
ファンタジー
 ぼっち高校生、冷泉刹華(れいぜい=せつか)は突然クラスごと異世界への召喚に巻き込まれる。スキル付与の儀式で物騒な名前のスキルを授かるも、試したところ大した能力ではないと判明。いじめをするようなクラスメイトに「ビビらせんな」と邪険にされ、そして聖女に「スキル使えないならいらないからどっか行け」と拷問されわずかな金やアイテムすら与えられずに放り出され、着の身着のままで異世界をさまよう羽目になる。しかし路頭に迷う彼はまだ気がついていなかった。自らのスキルのあまりのチートさゆえ、世界のすべてを『殺す』権利を手に入れてしまったことを。不思議なことに自然と集まってくる可愛い女の子たちを襲う、残酷な運命を『殺し』、理不尽に偉ぶった奴らや強大な敵、クラスメイト達を蚊を払うようにあしらう。おかしいな、俺は独りで静かに暮らしたいだけなんだがと思いながら――。

ギフト【ズッコケ】の軽剣士は「もうウンザリだ」と追放されるが、実はズッコケる度に幸運が舞い込むギフトだった。一方、敵意を向けた者達は秒で

竹井ゴールド
ファンタジー
 軽剣士のギフトは【ズッコケ】だった。  その為、本当にズッコケる。  何もないところや魔物を発見して奇襲する時も。  遂には仲間達からも見放され・・・ 【2023/1/19、出版申請、2/3、慰めメール】 【2023/1/28、24hポイント2万5900pt突破】 【2023/2/3、お気に入り数620突破】 【2023/2/10、出版申請(2回目)、3/9、慰めメール】 【2023/3/4、出版申請(3回目)】 【未完】

無能テイマーと追放されたが、無生物をテイムしたら擬人化した世界最強のヒロインたちに愛されてるので幸せです

青空あかな
ファンタジー
テイマーのアイトは、ある日突然パーティーを追放されてしまう。 その理由は、スライム一匹テイムできないから。 しかしリーダーたちはアイトをボコボコにした後、雇った本当の理由を告げた。 それは、単なるストレス解消のため。 置き去りにされたアイトは襲いくるモンスターを倒そうと、拾った石に渾身の魔力を込めた。 そのとき、アイトの真の力が明らかとなる。 アイトのテイム対象は、【無生物】だった。 さらに、アイトがテイムした物は女の子になることも判明する。 小石は石でできた美少女。 Sランクダンジョンはヤンデレ黒髪美少女。 伝説の聖剣はクーデレ銀髪長身美人。 アイトの周りには最強の美女たちが集まり、愛され幸せ生活が始まってしまう。 やがてアイトは、ギルドの危機を救ったり、捕らわれの冒険者たちを助けたりと、救世主や英雄と呼ばれるまでになる。 これは無能テイマーだったアイトが真の力に目覚め、最強の冒険者へと成り上がる物語である。 ※HOTランキング6位

「お前のような役立たずは不要だ」と追放された三男の前世は世界最強の賢者でした~今世ではダラダラ生きたいのでスローライフを送ります~

平山和人
ファンタジー
主人公のアベルは転生者だ。一度目の人生は剣聖、二度目は賢者として活躍していた。 三度目の人生はのんびり過ごしたいため、アベルは今までの人生で得たスキルを封印し、貴族として生きることにした。 そして、15歳の誕生日でスキル鑑定によって何のスキルも持ってないためアベルは追放されることになった。 アベルは追放された土地でスローライフを楽しもうとするが、そこは凶悪な魔物が跋扈する魔境であった。 襲い掛かってくる魔物を討伐したことでアベルの実力が明らかになると、領民たちはアベルを救世主と崇め、貴族たちはアベルを取り戻そうと追いかけてくる。 果たしてアベルは夢であるスローライフを送ることが出来るのだろうか。

ハズレスキル【収納】のせいで実家を追放されたが、全てを収納できるチートスキルでした。今更土下座してももう遅い

平山和人
ファンタジー
侯爵家の三男であるカイトが成人の儀で授けられたスキルは【収納】であった。アイテムボックスの下位互換だと、家族からも見放され、カイトは家を追放されることになった。 ダンジョンをさまよい、魔物に襲われ死ぬと思われた時、カイトは【収納】の真の力に気づく。【収納】は魔物や魔法を吸収し、さらには異世界の飲食物を取り寄せることができるチートスキルであったのだ。 かくして自由になったカイトは世界中を自由気ままに旅することになった。一方、カイトの家族は彼の活躍を耳にしてカイトに戻ってくるように土下座してくるがもう遅い。

チートスキル【レベル投げ】でレアアイテム大量獲得&スローライフ!?

桜井正宗
ファンタジー
「アウルム・キルクルスお前は勇者ではない、追放だ!!」  その後、第二勇者・セクンドスが召喚され、彼が魔王を倒した。俺はその日に聖女フルクと出会い、レベル0ながらも【レベル投げ】を習得した。レベル0だから投げても魔力(MP)が減らないし、無限なのだ。  影響するステータスは『運』。  聖女フルクさえいれば運が向上され、俺は幸運に恵まれ、スキルの威力も倍増した。  第二勇者が魔王を倒すとエンディングと共に『EXダンジョン』が出現する。その隙を狙い、フルクと共にダンジョンの所有権をゲット、独占する。ダンジョンのレアアイテムを入手しまくり売却、やがて莫大な富を手に入れ、最強にもなる。  すると、第二勇者がEXダンジョンを返せとやって来る。しかし、先に侵入した者が所有権を持つため譲渡は不可能。第二勇者を拒絶する。  より強くなった俺は元ギルドメンバーや世界の国中から戻ってこいとせがまれるが、もう遅い!!  真の仲間と共にダンジョン攻略スローライフを送る。 【簡単な流れ】 勇者がボコボコにされます→元勇者として活動→聖女と出会います→レベル投げを習得→EXダンジョンゲット→レア装備ゲットしまくり→元パーティざまぁ 【原題】 『お前は勇者ではないとギルドを追放され、第二勇者が魔王を倒しエンディングの最中レベル0の俺は出現したEXダンジョンを独占~【レベル投げ】でレアアイテム大量獲得~戻って来いと言われても、もう遅いんだが』

処理中です...