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ヴェルメリオ編

13、あなたの笑顔

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「レオン様! すごく心配……したんだから!」

「よかったぁぁ! レオンさまは負けないと思ってたけど、よかったぁぁぁぁ!!」


(なんなの、これは……?)

 アスモデウスは非常に驚いていた。
 あの他種族嫌いのベリアルが、瞳に涙をためながらレオンに抱きついている。グレシルだってベリアル以外には興味もなかったのに、子供みたいに泣きながら、レオンの足にしがみついていた。

 確かに今回この城に訪れたのは、あのベリアルとグレシルが人族と契約したと聞いたからだ。てっきり脅されたか、無理強いされたかのどちらかだと思っていた。
 そんなに強い人族なんて見たことなかったから、興味がわいたのだ。

「ごめんな、心配かけた。アスモデウスも仮契約したから、問題ないよ」

「……仮契約? アスモデウス様と? 仮契約ぅぅぅ!?」

「ベリアルさま……ど、ど、ど、どうしましょう!!」

「え? なに、ダメだった?」


 この男……確かにさっきまで化け物みたいな聖神力を操っていなかった? 私、見間違いではないはずよね? ずいぶん頼りなく見えるけれど、気のせいよね……?


「か、解除して! 契約解除!!」

「そうです! レオンさま、実験の対象にされる前に早く早く早く!!」

「あら、それは無理ねぇ。今回の仮契約、最低七日間は解除できないって項目いれたもの」

 ベリアルとグレシルは青ざめたまま、絶望感満載の表情を浮かべている。ちょっと失礼よね。主人は殺さないって契約書に書いてあるのに。
 しかもこの男、注意書きの『※実験の結果、死に至った場合は除く』まで削除させたのよ。ほんと腹立たしい。
 どうせ毒は効かないから、思いっきり実験させてもらうけれど。

「あぁ、それも心配ないから。俺、毒とか効かないし」

「「へ……?」」

「そういうのオート回復で全然平気なんだよ。だから大丈夫……って言ってなかったっけ?」

「「そんなの、聞いてない!!」」

「まさかそこまで常識から外れてるなんて……」とか、「あれ、レオンさまって人族でしたよね?」とか、なにやらブツブツ言っていたけれど、ようやく落ち着いたみたいね。

「あー……ごめんな。まぁ、そういう訳なので、アスモデウスもよろしくな」

 レオンに穏やかで爽やかな笑顔を向けられた。たったそれだけの事が、アスモデウスの心をほんの少し温かくした。

 にも微笑わらいかけてくれた……。



     ***



 私は物心ついた時には、両親からも捨てられて一人だった。
 珍しいことに自分の魔力が毒属性で、両親も持て余してしまったのだと理解している。感情が高ぶれば毒霧を放ってしまうのだ、命がいくつあっても足りないだろう。

 そのうち、毒属性を持つ仲間ができた。みんな家族からも見放されていたので、寄り添う存在がいるのは大きかった。お互い毒には免疫があったので、対等な関係だった。

 私は毒属性の扱い方を極めるために、研究にのめり込んだ。毒を正しく扱えるようになって、仲間にも教えれば他の悪魔族と同じようになれると思ったからだ。

 そのうち誰よりも毒の扱いが上手くなった。やがて誰よりも強力な毒を扱えるようになったが、対等な仲間だった彼らは私を避けるようになった。
 私の毒霧が仲間にも効いてしまったからだ。また一人になってしまった。

 それからは契約した主人でさえも実験の対象にして、さらに研究に没頭した。もう、私にはしかなかったから。
 いつのまにか悪魔族の中ではトップに近い魔力を身につけていた。実験のこともあり、悪魔族の中では『狂気の女王』として有名になってしまった。

 誰もが顔を背けて近寄らない。私が行けば蜘蛛の子を散らしたみたいに、誰もいなくなる。

 そんな私にレオンは笑顔を向けてくれたのだ。



「アスモデウス、今日は何してるんだ?」

「……後味のいい毒の研究」

「げっ! マジでやってんのか……なるべく、本当に出来るだけ美味しくお願いします」

 仮契約を結んでから、レオンは毎日やってきてどうでもいい話をしていく。この男は一体何をしにきてるんだろう?
 研究用に部屋を用意してくれたのはありがたいし、基本的には好きにさせてくれるから、今までの主人の中では一番待遇がいいけれど。

「レオン、これを味見してもらえる?」

「……………………わ、わかった」

 たっぷり間を置いてから小瓶に入った毒を飲み干す。多分、だいぶ味は良くなっているはずなんだけれど。

「…………ウソだろ」

「どう? 苦味とエグ味を徹底的に排除したのよ」

「ビリビリするけど飲める……! すごい! アスモデウス、お前すごいな!!」

 屈託のない満面の笑顔だ。その笑顔を見ると、心がポカポカと温かくなる。私に笑顔を向けてくれる、この瞬間が心地よかった。



 ————それなのに。
 ここ三日ほどレオンはやって来なかった。たしかに忙しい時は来れないと最初に言われたけれど、三日も来ないなんてあんまりじゃないかしら? 自分から希望したことだけれど、食事もひとりだから会う機会がないのよね。
 気になって仕方なくて、まったく研究が進まない。

「何故……私がこんなに振り回されているのかしらねぇ……」

 どうにも研究が進まないので、毒を振り撒かないように細心の注意を払いながら、城内のレオンを探し始めた。

(……いた!)


「あれ? お前ら、星の輪熊の時のちびっ子たちじゃないか? 元気だったか!? どうしたんだよ、そんなボロボロで……」

 城門から少し入った所にうずくまっていた下級悪魔に、手を差し伸べるレオンを見つけた。城の中に住まいを与えて、食事を食べさせようと手配している。さらに仕事を与えて、ベリアルに教育係を頼んでいた。
 ベリアルはレオンに頼られているのねぇ……。

 後で子供たちの中で最年長の下級悪魔、ルディに話を聞くと、レオンが進めた緑化計画によって荒野は草原になり、花が咲くようになったそうだ。動物や魔物がやってきて、とても豊かになっていると話していた。

 それでも弱い悪魔族はまだまだ厳しい生活を強いられていて、レオンを頼ってきたそうだ。契約も交わして、城で働くことにしたらしい。

 次の日も先日の下級悪魔の紹介で他の悪魔達がやってきていて、レオンは忙しそうにしている。私のところに来る時間はないようだった。



 本当にイライラする————最初の七日間もとっくに過ぎて、いつでも私からだって契約解除できるというのに。ベリアルには頼ることがあっても、私に頼ることは何もないのかしら?
 空には月が高くのぼり、一日が終わろうとしている。今日もあの笑顔は見れなかったわ……。


 それにしても、何故こんなにイライラしているのかしらねぇ?


「アスモデウス! 元気にしてたか? しばらく来れなくてごめんな!」

 突然、部屋のバルコニーにふわりとレオンが降り立った。月に照らされた美しい黒い翼は、すぐに消えてしまう。少し残念だった。
 そしていつものように、穏やかで爽やかな笑顔を私に向けてくる。


 あぁ、やっとこの笑顔が見れた————


 ————そう、レオンの笑顔が見たかった。
 なんだ、そうだったのね。私は笑顔を向けられる瞬間というより、レオンの笑顔が好きだったんだわ。


「随分と忙しいのねぇ。はい、これ試作品。飲んでみて」

「うーん、なんか最近ここで働きたいって悪魔族が多くてさ。その処理で時間取られるんだよな」

 そう言いながら、レオンは小瓶を受け取る。最近は味も良くなってきたのか、抵抗なく飲むようになった。今日もグイッと勢いよく流し込んでいる。

「おぉ! 今日のやつ美味うまい! 何だこれ、甘くて飲みやすい!」

「ふふ、そう? それはよかった。研究した甲斐があったわ。それにね、味を改変した事で毒性も低くなって、むしろ薬のような効果があるみたいなの」

「あ、やっぱり!? 最近アスモデウスからもらったヤツ飲むと疲れが取れるんだよなぁ。本当にすごい才能だな!」



 このひとは……わかって言ってるのかしらねぇ? そんな風に言ってもらえる事が、私にとって何よりも嬉しい事だって。
 忌み嫌われてきた私の能力を、そんな風に認めてくれるのはレオン、あなただけなのよ?

 多分、もうとっくに決めていたのね。最初の七日間が過ぎても、もとの場所に帰るなんて、考えもしなかったのだから。


「ねぇ、レオン。私、あなたの下僕になりたいのだけれど、契約してもらえる?」

「は……? アスモデウスも俺の下僕に……?」

「えぇ、もちろんあなたの願いは叶えるし、この元気になる飲み物の研究と、必要な分だけ提供もするわ」

「本当に!? いいのか!? いやー、実はこの飲み物すごく気に入ったんだよなぁ、アスモデウス、ありがとう!」


 それはそれは、嬉しそうな笑顔だった。レオンがいてくれれば、私に笑顔を向けてくれれば、それでいいの。それだけで、私の心が満たされていく。

 私の対価は、レオン様、あなたの笑顔です。
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