婚約破棄からの追放とフルコースいただきましたが、隣国の皇子から溺愛され甘やかされすぎてダメになりそうです。

里海慧

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1巻

1-3

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 ハデス様が運んできた夕食をきれいに平らげた後は、ゆっくりと湯船につかってリラックスした。逃亡したら次にくつろげるのは、いつになるかわからない。
 バスタイムをしっかりと堪能してベッドの上で計画を立て始める。そこで私は気付いてしまった。
 あのドレス、サイズがピッタリだったけど、いつ私のサイズを測ったのかしら?

「そういえば、私はいつの間にかナイトウエアに着替えさせられていたわね。……まさか、あれはハデス様が? え? 嘘、もしそうだとしたら、恥ずかしすぎてハデス様のお顔を見られないわ‼」

 夫以外の異性に肌をさらすなんて、破廉恥はれんちだと教育を受けてきた。魔物と戦っていたから、手足をさらすくらいなら気にもならないが、着替えは違う。いくらなんでも、そこまで羞恥心しゅうちしんを捨てていない。

「そうだわ、明日の朝一で逃げましょう。絶対に、顔を合わせる前に逃げましょう」

 気を取り直して、現状把握から始めた。
 扉の鍵は相変わらず掛かっている。前回逃亡に失敗したせいで結界が張られてしまって、窓からの脱出は不可能だ。そこで私はクローゼットにしまわれていたマジックポーチを漁った。
 この森に入ってから、街で売ろうと薬草を見つけるたびに採取していたのだ。薬草の種類や組み合わせによっては、人を眠らせる効果を発揮する。さらに野営のために持ってきていた、薬草を粉にする魔道具を取り出した。

「これを使おうかしら。チャンスは一度……失敗は許されないわ」

 手持ちの薬草で最大限の催眠効果を発揮する粉を作る。
 石鹸の入っていた包装紙を折って小さな箱型にし、こぼれないように薬草の粉をすべて入れた。
 枕に使われていた糸を解いて、粘性のある薬草を団子状にしてのりがわりにする。扉を開けたら頭から粉が落ちてくるように箱型の包装紙を取りつけた。

「ふふふ……完璧だわ! 明日の朝が楽しみね」

 私は踊りまくる胸をなんとか抑えて、ふかふかのベッドに潜り込んだ。


 ――コンコンコンコン。

「ギルティア、起きているか?」

 翌朝、いつものようにハデス様がやってきた。

「ええ、どうぞ。準備はできておりますわ」

 ついにハデス様が来たわ。朝食を運んできてくださったのね。
 あら、でもいつもより早い気がするわね? まあ、いいわ。粉を吸い込まないように、距離を取らないと。
 私は鼻と口を覆うようにハンカチを押し当てた。
 ガチャリと鍵が開錠されて、ゆっくりと扉が開かれていく。隙間が大きくなるにつれ、糸が引っ張られ――箱型の包装紙がひっくり返った。
 サラサラとした緑色の粉が、扉から入ってきたハデス様の頭に降り注ぐ。驚くような表情は一瞬で、ハデス様はそのままバタリと倒れ込んで静かに寝息をたて始めた。

「完璧に決まったわね……!」

 達成感に包まれながら、倒れ込んだハデス様を部屋の中に引きずり込もうと床に膝をついたところで、もうひとり倒れているのに気が付いた。

「え……? どなたかしら? 若い女性ね。この服装だとメイドかしら」

 仕方ないので、ふたりとも部屋の中に入れて頭の下にクッションを置く。今回調合した薬はなかなか強力なので、おそらく四時間くらいは起きないだろう。

「本当にごめんなさい。でも、私はどうしても自由になりたいの」

 ハデス様の穏やかな寝顔にちくりと胸が痛む。
 朝一番で書いた感謝と謝罪の手紙を置いて、私はついに部屋の外へと脱出したのだった。


 久しぶりの森は本当に空気がおいしい。胸いっぱいに吸い込んで、ゆっくりと深呼吸した。
 屋敷にはほとんど人の気配がなく、誰にも会うことなく外に出られた。
 現在地がわからないのが不安だけど、太陽の向きと大体の時間でざっくりと方向を決めて歩き出す。
 目指すのは冥府の森の南側に隣接している国だ。あの国は海に面しているから、船に乗って別の大陸まで渡ればさすがに追いかけてこないだろう。

「問題はどれくらいで森を抜けられるかだわ。なるべく最短距離で行きたいわね」

 眠っている間にあの屋敷に連れていかれたから、距離感がまったくわからない。幸い聖女仕様の編み上げブーツを履いているから、歩くのに支障はなかった。聖女の制服でもあった膝丈の黒いワンピースの裾を揺らしてサクサクと進んでいく。
 道なき道を進む途中、不穏な気配に囲まれていることに気付いた。木の陰から私の様子をうかがっている魔物がいる。一匹や二匹じゃない。十匹以上はいるようだ。

「さすが冥府の森ね。魔物の発生頻度が高いわ」

 つい三十分前にも倒したばかりだった。中央教会に入ってから、ほかのふたりの認定聖女たちと一緒に戦ってきた日々を思い出す。

『グルルルル』
『ガオォォォォ』
『グルル! ガウッ!』
「黒薔薇の鎮魂歌レクイエム

 私は湧き上がる魔力を放って、アンデッドモンスターと化した魂たちを天上へと導いた。七色の魂たちの最後の言葉を聞いて送り出す。

「貴方たちの想いを私は忘れないから」

 どうか安らかに、穏やかにかえっていけますように。
 そんな願いを込めると、黒薔薇の花びらが散り始める。見慣れた光景に安堵して、再び歩を進めた。

「この調子だと、下手したら追いつかれてしまうかもしれないわ。急がないと」

 それからどのくらい森の中を歩いただろう。
 途中で出会うアンデッドモンスターをすべて浄化しながらひたすら突き進んだ。

「はぁ……はぁ……さすがに、冥府の森ね。モンスター遭遇率がおかしいわ」

 もう何体浄化したのかわからない。この三時間で三桁を超えているのではないだろうか。大型のアンデッドモンスターもいたし、小型のアンデッドモンスターは数で攻めてくる。
 かといってアンデッドモンスターになって彷徨さまよう魂を放ってはおけない。魔物はたとえ倒しても魂がけがれたままだと延々とこの世に留まり続け、聖女が魂を浄化するまで何度でも復活してしまう。そんな悲しい魂を天上にかえすのが私たちだ。
 私が初めて魂を天上にかえしたのは、母が亡くなった時だ。
 ずっと病でせっていた母は眠るように息を引き取った。まだ五歳だった私は、父と兄に寄り添われながら母の亡骸にすがって泣いた。
 そんな時、母の身体が淡く光って七色の塊が身体から抜け出した。
 最初はそれがなにかわからなくて、でも母の温かい笑顔と同じものを感じた。だから悲しかったけど、寂しくはなかった。父も兄もそんな私の話を否定せずに聞いてくれていたから、これが特別なことだと気が付かなかった。
 そのうちに七色の塊は心が形になったもの、つまり魂なのだと理解した。だから最初に見た時に温かさを感じたのだ。でも二カ月ほど過ぎたところで母の魂はどんどん七色の輝きを失い、黒い塊になっていった。
 魔力を取り込んで魔物になろうとしていたのだ。次第に母の温かさを感じなくなり、それがよくないことだと私は理解した。
 だから私は切に願った。

『お母さま、私はもう大丈夫だよ。ずっとそばにいてくれたから寂しくなかったよ。ずっとずっと忘れないから。お母さま、大好き。ずっと大好き』

 どうか七色の光を取り戻して――黒薔薇の鎮魂歌レクイエム
 母の魂は七色の輝きを取り戻し、最後の言葉を私に残した。

『……忘れないで。天上にかえっても、ずっと貴方たちを見守っているわ。ギルティア、大好きよ』

 そう言ってふわりと空へ昇っていく。天にかえる母の魂は美しかった。
 その時、私はやっと母の死を受け入れることができた。
 聖女は血統により受け継がれていく。太古の昔に世界を救った女神カエルムの血が流れる乙女が、純粋で強い想いを抱いた時に能力が開花するのだ。力が発現する時に浮かんだ言葉が、その聖女だけの特別な魔法になる。
 私はただ母に悪いものになってほしくなかった。もとの優しくて温かい光に戻ってほしかった。それだけだった。
 やがてその力は父と兄の知るところとなり、中央教会に所属することになった。そこから私の自由のない生活が始まった。
 いつも心にあるのは、ただ安らかに魂が七色の光を取り戻せますように。それだけだ。
 そして母の最後の言葉を聞いて救われた私のように、誰かの心の救いになることを願って死者の言葉を届ける。
 何百、何千の魂を浄化しても、それを伝えるまで最後の言葉を忘れることはない。
 それすらも聖女の力の一部なのだと理解している。

「どんなに時間が経っても、必ず届けるわ」

 だから安らかに天へおかえり。
 貴方の想いは私が叶えるから。そして大切な人をそっと見守っていて。
 七色に輝く魂こそが、貴方の本当の姿。

『解放してくれてありがとう……このまま、まっすぐ進みなさい。アナタのしあわせが待っている』

 何体目の浄化だったかわからないけど、その魂は私に向けて最後の言葉をくれた。ごくまれにこんなことがある。なにより嬉しかったのは、最後の言葉は常に真実だということだ。

「やっと……やっと自由になれるのね!」

 この先に私のしあわせが待っている、そう思うとワクワクしてたまらず駆け出した。さっきまで重かった身体が嘘みたいに軽い。
 だっていつも真実しか言わない魂の言葉が示してくれたのだもの!
 のんびり進んでなんていられないわ、もう囚われるのはごめんなのよ‼
 私は自由に向かって、森の中を駆け抜けた。


     * * *


「レクシアス様っ! レクシアス様‼」

 耳もとでよく知る側近の声が聞こえる。なにやら焦っている様子だ。浮上してきた意識は、だんだんと現実をとらえ始めた。
 どうした? なにがあった? この焦り方は尋常じゃない……
 いや待て。確か俺はギルティアの部屋の扉を開けたところで強烈な眠気に襲われたんだ。上からなにか粉のようなものが降ってきて、意識を保っていられなかった。
 まさか、ギルティアになにかあったのか――⁉
 バチッと目を開き起き上がると、俺の右腕であるエイデンがホッとした顔で立ち上がった。

「ギルティアになにかあったのか⁉」
「……ギルティア様は逃亡されました」
「は……? 逃げ、た? なんで?」

 エイデンは長く深いため息をついて、一気にまくしたてた。

「当然じゃないですか! 俺は言いましたよね? こんな風に監禁していたら逃げ出したくなるって! いくら毎日ギルティア様好みのプレゼントを渡したって、二週間もレクシアス様以外は接触を禁止されたうえに部屋に閉じ込められていたんですよ⁉」
「うぐっ……しかし、誤解は解いたはずなんだが……」
「行動が伴ってないんですよ‼」

 そんな馬鹿な。
 あれだけ大切にして愛情も示したのに伝わっていないのか……⁉
 俺だけが世話していたのは、あんなに愛らしく美しいギルティアを他の男の目に触れさせたくなかったからなんだが……監禁だと?

「監禁などしてないだろう。森で保護した時だって、転移魔法で有無を言わさず連れてくるのを我慢したんだぞ」
「いや、レクシアス様は結界を張って、部屋から出られないようにしていましたよね? ていうか、転移魔法で無理やり連れてきたら拉致ですから! それに眠らせて連れてきたのだってほぼ真っ黒なグレーですからね⁉」

 結界なら心当たりがある。窓からの脱出を防ぐために結界を張ったのだ。もし脱出の途中で落ちたら大怪我するじゃないか。
 それに万が一この部屋に不埒ふらちな奴が近づいても、結界があれば安心だろう。まあ、そんな奴がいたら俺が切り刻んでやるが。

「だが、俺の贈ったドレスも喜んで着ていたんだぞ?」
「そのドレスならここに置いていかれました。だいたいレクシアス様の髪と瞳の色で作られた執着心丸出しのドレスですよ。持っていくのが恐ろしかったんじゃないですか? サイズがドンピシャなのも気持ち悪いですよね」

 最後の一言に、かなり心をえぐられた。
 そうだ、俺の黒髪と琥珀の瞳の色で作らせたドレスだ。だが実によく似合っていたし、本当に嬉しそうだったんだ。

「サイズがピッタリなのは、その、あれだ。前に目隠しをしてナイトウエアに着替えさせた時の感覚でわかったからだ。……それが気持ち悪いのか?」
「他のことは完璧すぎるほどこなせるのに、どうしてギルティア様に対してはその有能っぷりが斜め上にいくんですか⁉」

 ダメだ……ギルティアが絡むと、なにが正しいのかわからない……‼

「うっ……はっ、あれ⁉」

 ここで今日ギルティアに紹介しようとしていたもうひとりの部下、アリアが目を覚ました。なにが起こったのかわからない様子で、勢いよく起き上がる。

「え⁉ なんで私、寝ているんですか⁉ ギルティア様は⁉」
「……逃げた」
「はあ⁉ 逃げたって……本当ですか?」

 俺がいたたまれなくなってふいっと視線を逸らすと、アリアは盛大に笑い転げた。

「ブハッ! に、逃げられたんですか⁉ あれだけ大事にして甲斐甲斐しくお世話していたのに⁉ ユークリッド帝国、最強の騎士で皇帝陛下すら返り討ちにするレクシアス様が‼ アハハハハ‼」
「くそっ! 今すぐ追いかける! エイデンは屋敷の半径二キロ以内の魔物を討伐、アリアはこの部屋を整えろ。……三十分で戻る」

 堅苦しいのが嫌でフランクに接しすぎたせいか、部下たちは俺にも遠慮なく怒ったり笑ったりする。みんな実力は申し分なく、ちゃんと俺の命令も聞くしおおやけの場では立場をわきまえているから問題はなかった。
 めかけの子だとさげすまれている俺を、偏見なく受け入れてくれる部下たちが必要だったし、大切にしてきた。
 だが、さすがに笑いすぎじゃないか?

「御意」

 ふたりが返事をする。
 ギルティアがどこにいるのかは、魔物の気配を探るとすぐにわかった。
 冥府の森の魔物たちが、ある一定の方向だけ綺麗さっぱり浄化されている。こっちに進みましたと言わんばかりのありさまに、笑みがこぼれた。

「そうか南の国に抜けるつもりか。俺と一緒ならいつでも連れていってやるんだが、今日はおあずけだ」

 パチンと指を鳴らして転移魔法を発動する。一瞬で周りの景色が変わった。
 結界の手前に立って、ギルティアがやってくるのを待つ。
 空を見上げると、魂が七色に輝いて天上へと昇っていくところだった。だんだんと近づいてくる神秘的な光景に、俺は期待をふくらませる。
 今度はどんな顔で俺を見つめてくれるのか。
 俺のことで心をかき乱されるギルティアが、愛しくてたまらない。もっと心を揺さぶって、俺のことしか考えられないようにしたい。
 ギルティア、俺はここにいる。早く見つけて。
 そうしてやってきた俺の愛しい人は、息を弾ませ希望に満ちた表情をしていた。ここから逃げられると信じて疑わない紫の瞳と視線が絡まり、俺は嬉しさを隠しきれず口角を上げる。

「どこに行くつもりだ? ギルティア」

 俺を見つけたギルティアはその形のいい眉を歪ませて、「終わった」みたいな顔をしている。
 そんな彼女を優しく抱きしめて、俺は転移魔法で屋敷に戻った。


 屋敷に戻ると、俺の腕の中にいるギルティアがふるふると震えていた。浮かれすぎてギルティアの不調に気が付かなかったのかと慌てていたら、透き通ったアメジストの瞳が俺をきつくにらんできた。

「自由が! 自由がないわ‼ 私の自由が――‼ こんなに自由がないなら死んだも同然です‼」

 うっすらと涙を浮かべて、訴えかけてくる。そんな表情もかわいらしくて仕方ない。ああ、こんなに激しく感情をぶつけてくるギルティアが見られて、なんて幸せなのか。
 そんなギルティアをつれて部屋に戻ると、側近であるエイデンが冷ややかな視線を投げかけてきた。猛抗議しているギルティアに同情しているのだろう。
 隣に控えていたアリアは、平然と構えているように見えて口の端が不自然に震えている。笑いたくて仕方ないらしい。

「わかった、もう少し自由を認めよう。だが条件がある」

 かわいいギルティアを堪能したので、そろそろ本題に入ろう。嫌われてしまっては本末転倒だ。……たぶん、まだ嫌われていないはずだ。

「なんですの?」
「俺を……な、名前で呼んでくれないか」

 勇気を振り絞って頼んだ。後ろからアリアが「ブハッ」と噴き出したのが聞こえたが、今は無視しておく。

「まあ、そんなことでよろしいの? レクシアス様」

 ギルティアは俺の緊張をあっさりと飛びこえて、サラッと名前を呼んでくれた。
 たった一度名乗っただけなのに覚えていてくれたのか! ヤバい……う、嬉しすぎる‼ 子供の時だって『ハデス様』としか呼ばれなかったのに‼
 高望みしすぎかもしれないが……愛称で呼んではくれないだろうか?

「レクス……レクスと呼んでほしい」

 おそるおそる頼んでみた。エイデンとアリアはそれを聞いて固まっている。ユークリッド帝国でファーストネームの愛称呼びは特別な意味を持つからだ。
 そう、これは生涯の伴侶にのみ許された呼び方だ。
 顔から火が出るんじゃないかと思うぐらい熱い。耳まで熱を持っているのがわかる。でもギルティアの可憐な声で、俺の愛称を呼んでほしい。

「かしこまりましたわ、レクス様!」

 花が咲くように笑って俺の愛称を呼ぶギルティアに、見事に撃沈した。
 わかっている、ギルティアはカメロン王国の人間だ。きっと俺がそう頼んだ意味も理解していない。
 それでもめちゃくちゃ嬉しい。
 抱きしめたくなるのを必死に堪え、余裕があるふりをして口を開いた。

「よし、それでは本日よりこの屋敷の敷地内なら自由にしていい。ここなら安全だからな。屋敷の中も好きにしていい。どの部屋も出入り自由だ。先ぶれもいらない」
「本当ですの⁉ 敷地内なら外に出てもよろしいのですか⁉」

 本当なら冥府の森も自由にさせたいが、まだ準備が整っていない。
 こちらも急ごう。こんな風に喜ぶギルティアがもっと見たい。

「ああ、その、名前を呼んでくれたからな。早速だが庭園でも見てみるか?」
「庭園もありますの? ぜひ拝見したいですわ!」
「では、四阿あずまやで軽く食事をとろう。腹が減っているんじゃないか?」

 ギルティアは桜色に頬を染めて、消え入りそうな声で「はい」と答えた。
 これが失策だったと気付いたのは、すべての準備が整ってからだった。
 美味しそうに食事を頬張るギルティアが愛くるしくて、俺の欲望が大暴走してしまいそうになった。
 かわいい。愛しい。どれだけ見ていても飽きない。撫でまわしたい。膝の上に乗せてデロデロに甘やかしたい。その唇を俺だけのものにしたい。そんな言葉が俺の頭の中を駆け巡っている。
 小動物みたいに食事をするギルティアを眺めながら、俺はあさましい衝動を抑えるため、血がにじむほど拳を強く握った。


     * * *


 死神聖女と呼ばれていた婚約者を排除して、やっと第三王子である私――ブランド・アルス・カメロンにふさわしい公爵令嬢のミッシェルを迎え入れることができた。
 そんな喜ばしい夜になるはずが、父上の怒声で一転した。

「なにをやったか、わかっておるのか⁉ ブランド‼」

 ビリビリと空気を震わせるほどの大声と、国王の本気の覇気はきに私は息さえできなかった。
 第二王子である兄上の誕生祝賀会で、計画どおりにギルティアを追放できたのは、ミッシェルの父であるゼノビス公爵のアドバイスのおかげだった。
 祝賀会にギルティアが参加していないのも、ゼノビス公爵がうまい理由をつけて事前に父上たちに伝えてくれていた。だから国王への挨拶の際にミッシェルを連れていてもなにも言われなかった。
 父上たちは場の空気に違和感を覚えた様子だったがその場ではなにも言わず、ひととおりの義務を果たし王族の控え室に戻った。
 そして私がミッシェルを連れて控え室に入り今回のことを報告した途端、厳しい追及がはじまったのだ。
 ギルティアの悪事もすべて話したのに、なぜか父上は怒り狂っている。

「なにをと言われましても、私は自分の正義に従ってギルティアを断罪したのです!」

 いつも私をかわいがり怒ることなどなかった父上が、こんなに声を荒らげているのに驚いた。なにかあったらすぐに庇ってくれる母上も、顔を青くして震えているだけだ。

「お前はっ……! お前の正義などどうでもよいのだ‼ ギルティアがおらずに、どうやって魔物を浄化するつもりなのだ‼」
「それならミッシェルがいます! ギルティアの悪意に負けず、懸命に浄化の聖女としてやってきたのです! 彼女なら問題ありません‼」
「はああ……そこの女がギルティアの代わりになるわけないであろう! あれは歴代でも随一の大聖女だぞ‼」

 なにを言っているのだ? それこそおかしな話ではないか。あんな辛気臭い女が、百年にひとり現れるかどうかの大聖女なわけがない。父上は現実が見えてないのか?
 ミッシェルは父上の覇気はきに当てられて、血の気の失せた顔色をしている。

「そんなわけありません。あんな辛気臭くて、ニコリともしない死神聖女が大聖女だなんて……ミッシェルにだって十分聖女の力はあります!」

 そこで口を挟んできたのはふたりの兄上たちだ。第一王子で王太子のランベルトと第二王子のテオフィルはそろって私に苦言を呈する。

「ブランド……お前、本当にわかってないのか?」
「そうだ。ギルティア嬢が浄化の聖女になってから、魔物の被害も格段に減っていたではないか」
「それは義姉上あねうえたちの、破魔はまと守護の聖女のおかげでしょう!」

 なぜ理解してもらえないのだ。
 私がどんなに反論しても、兄上や父上はまったく聞く耳を持ってくれなかった。むしろあわれんだ目で私を見てくる。

「ゼノビスも今回の件に手を貸したのか……」
「いえ、ゼノビス公爵には私が命じたのです。娘を助けたいと思う親心につけ込んで、兄上の祝賀会が無事に終わるよう協力しろと迫ったのは私です!」

 このままでは私を助けてくれたゼノビス公爵にまでるいが及んでしまう。なんとか公爵には非がないと父上に理解してもらいたかった。

「もうよい! ブランドは黙っておれ! まずはギルティアの捜索じゃ! 今すぐ連れ戻すのだ‼」

 父上の命令でギルティアを捜し出すため、連れ出した騎士たちの聞き取りから始めることになった。


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