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32話 僕は絶対零度の微笑みを浮かべる②
しおりを挟むローズ嬢とテオフィルは沈黙したままで、動く気配なはい。マリアン様は腕を組んで、僕の返答を余裕たっぷりで待っている。
僕の愛しいリア。彼女の家族や領地は僕にとっても大切な存在だ。なによりも無辜の民が、こんな理由で犠牲になるなんてあってはならない。
遠くで授業開始の鐘がなっている。
リアをひとりで教室に行かせてしまった。寂しい思いをしていないだろうか? どうすればこの状況を打破できる?
どうすれば、リアのそばにいることができる?
「ああ、そうだわ。ひとつお伝えしていなかったわね。ハーミリアさんは今日から元のクラスに戻られているから、なにも心配はございませんわ」
「なっ……!」
「うふふ、お父様にお願いしたの。ライオネル様の学業に支障が出ているようだってお話ししたら、学院長に命令してくださったのよ。今後はハーミリアさんとの接触も禁止していただかないといけませんから」
ギリッと奥歯を噛みしめた。
なんの話もしていないのに、突然元のクラスに戻されたらリアの柔らかい心は傷ついてしまう。
この女……許さない。今までは王女だと思ってきたから多少のことは見逃してきたが、もう絶対に許さない。
「今後、もしライオネル様がハーミリアさんに接触されたら、彼女の領地に魔物が大量に発生することになりますわ。ふふっ、メモ紙ひとつも見逃しませんので、お気をつけくださいませ」
マリアン様はますます醜く顔を歪めて、僕の胸元に手を添えた。決定的な言葉を吐いたと気付かない愚かな王女は、機嫌よさそうに笑っている。
リアの領地をたてに脅迫をしてくるなど……なめられたものだ。
相手が誰であろうと、僕のリアの敵ならば容赦しない——
燃え上がった怒りの炎は瞬時に霧散し、冷酷無常な思考が心を凍てつかせる。
猛スピードで敵を排除するための策略を組み立て、ひとつのプランができあがった。
リアに決して向けることのない絶対零度の微笑みを浮かべて、王女に視線を向けた。
「わかりました。では、こちらにも準備がありますのでお時間をいただきたい。しばらく学院には来れなくなりますので、殿下にも挨拶をしてまいります」
「ええ、もちろんですわ! 学院でのことは私にお任せください」
僕の浮かべた笑みの意味に気づかず、王女は嬉しそうに頷いた。ローザ嬢とテオフィルは青ざめた顔をしていたから、少しは空気が読めるらしい。胸元に添えられた手を振り払うように背を向けて、出口へと足早に進む。
絶対零度の怒りを抑えることなく生徒会室を後にして、殿下の教室へと向かった。
殿下が在籍している二学年上のクラスの扉を、なんのためらいもなく勢いよく開いた。
先生も生徒たちも驚きポカンとしている。普段なら絶対にこんなことはしないが、今回は緊急事態だから遠慮はしない。僕は殿下に視線を向けて氷のような微笑みを浮かべた。
「授業の邪魔をして申し訳ございません。殿下、至急お話ししたいことがあります」
それだけで僕の怒りが尋常でないことに気付いた殿下は、慌てて教室から飛び出した。廊下を歩きながら、焦った様子で殿下が声をかけてくる。
「ライオネル、どうした? いったいなにがあった?」
「ここではお話しできません。殿下たちについている影も一時的に離れていただきたい」
「……余程のことだな。わかった」
完全に人払いしてくれた殿下に万が一のことがあってはいけないので、王族だけが使える貴賓室に遮音と最上クラスの防御結界を張る。殿下の向かいのソファーに腰掛けて、まずは今朝のことを簡潔に話した。
「マリアンが……ライオネル、本当にすまない。この通りだ」
「ああ、申し訳ないですが謝罪は必要ありません。受けるつもりもありませんので」
殿下は顔色悪く項垂れている。仕えるべき主人に対して無礼な態度は重々承知だが、今はそれよりも重要なことがある。返答次第では殿下も敵に認定しなければならない。
「ひとつ確認したいことがあります」
「なんだ?」
「王女はこの国に必要ですか?」
「——っ!」
殿下は聡いお方だ。この質問で僕がなにをしようとしているのか、察しがついたのだろう。殿下が悩んだのはほんのわずかな時間だった。次の瞬間には為政者の瞳で僕を見据える。
「民を大切にできぬ者に王族を語る資格はない。上には私が話を通す。好きにやってかまわない」
「ありがとうございます。我が主人に終生の忠誠を誓います」
そうして僕は侯爵邸に戻りさまざまな準備をしてから、次の目的地へ向かった。
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