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16話 男爵令嬢の誤算②

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 マリアン王女が味方になってくれるなら、こんなに心強いことはない。

「そう、よかった。実は私陰ながら貴女を応援していたのよ。もしうまくいったら悪いようにしないから、その時は私に任せてもらえる?」
「は、はい! ああ、ずっとライオネル様をお慕いし続けてきてよかったです! こんな風に報われるなんて思ってもみませんでした!」

 急に開けた未来に心が躍る。
 ずっと無理だとあきらめていた恋が叶うかもしれない。

「それでは、まずはこの魔法誓約書にサインしてもらえる? 特別な魔道具を貸してあげるから、他言無用にしたいのよ」
「はい、承知しました!」

 わたしは誰かに話すつもりもなかったから、喜んで魔法がかかった誓約書にサインした。そしてマリアン王女から受け取った魔道具は、憎い相手を呪う魔道具だった。

「いい? 思いっきり憎い相手を思い浮かべて魔力を流すのよ。そうしたらこの古代の魔道具が貴女の望みを叶えてくれるわ」
「それでは、思い浮かべる相手は、ハーミリアですね!」

 マリアン様は優雅な微笑みを浮かべたままだ。間違いない、この魔道具でハーミリアに呪いをかけて、婚約者の座から引きずり落とせばいいのだ。そうすれば、その後はわたしがライオネル様の婚約者になれるようマリアン様が整えてくれるのだ。

「今日はタイミングが悪いから、明日の朝にしてほしいの」
「はい、承知しました!」
「そうね、明日の朝に生徒会室の鍵を開けておくから、そこで試すといいわ」
「はい、任せてください! 必ず成功させてみせます!」

 マリアン王女は生徒会の副会長でもあるから、その方が都合がいいのかもしれない。家で試して家族に見つかっても、話すことができないから面倒なことになる。



 翌朝、わたしはマリアン王女に言われた通り、かなり早く登校して生徒会室にこっそりと忍び込んだ。

 マリアン王女から渡された魔道具は手鏡の形をしている。見た目は黄金で装飾されて、赤い宝石が淵にはめ込まれていた。持ち手の部分は黒い布で巻かれている。

 わたしは朝日が差し込む生徒会室で椅子に座り、ゆっくりと魔道具に魔力を流した。
 想像以上に魔力を吸われていく、でもこれでライオネル様がわたしのものになるならどうってことない。

 わたしは憎むべき相手であるハーミリアを頭に思い浮かべた。

 あの女がいなければ、わたしがライオネル様の婚約者になれるのよ!
 あの女なんていなくなればいい! ハーミリア・マルグレンなど、この世から消えてしまえ——

 ありったけの憎しみを込めて魔力を流し切った。

「……あれ? ちゃんとできたのかしら?」

 不安に思ってもう一度魔力を流し込んだその時だ、息もできないほどの強烈な痛みに襲われた。

「——っ!!」

 椅子に座っていられなくて、大きな音を立てて転げ落ちる。でも早朝の生徒会室の近くには誰もいなくて、わたしの惨状に誰も気がついてくれない。

 痛い! 痛い! 痛いぃぃぃぃっ!!
 どうして!? これは、もしかして失敗したの!?

 激痛は容赦なくわたしの精神を削り取っていく。なんとか床を這って扉に手をかけた時だ。
 ガチャリと扉が開かれた。そこに立っていたのは、マリアン王女の取り巻きである、ローザ様とテオフィル様だ。

「……やはり魔道具を使ってしまったのね」
「学院の保健室じゃ手に負えないだろう。街の治療院に伝手があるから、手配してくる」
「ええ、お願い。治療費はこちらで持つわ」

 テオフィル様は駆け足であっという間に姿を消した。ローザ様は、膝をついてわたしの様子を見ている。

「あw瀬drftgyふ……!」
「ああ、顔が腫れてとんでもないことになっているから、無理に話さない方がいいわ。今治療院に連れていくから待っていて」

 ええ!? か、顔が腫れているってなによ!?
 なんでこんなに痛いの!? 今どうなっているのよ!?

「亜w瀬drftgyふじこっ! あwせdrf……っ!!」
「ほら、無理してはダメよ」

 あまりの痛さと腫れ上がった顔のせいで、言葉にならない。
 痛みで涙を垂れ流し、動くこともできずにその場でうずくまっていた。

 やがて担架を持ってきたテオフィル様と手伝いの男子生徒に運ばれて、治療院に向かうが運ばれる際の振動で激痛が走る。目の前で花火が散るような痛みに、声にならない声を上げる。

「おい、大丈夫か?」
「クァwせdrftgyふいじこ!!」
「え? なんだって?」
「あqwせdrftgyふじこ!!!!」

 ふと見れば、あの憎い女がわたしを嘲笑うように見下ろしていた。
 あの女のせいで、わたしはこんな目にあったのだ。憎しみを込めて睨んでも、眉ひとつ動かさない女に、さらに苛立つも痛みで思考がまとまらない。

 やがて興味を無くしたように視線を逸らすあの女に、なんとしても仕返ししてやると心に誓ったのだった。


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