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12話 不器用すぎる僕②

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 あの高く澄んだ声が聞けない。貴族らしい笑顔を貼り付け、心から笑っていなかった。

「どうすればハーミリアを引き止められるのだろうか……ジーク、なにかいい案はないか?」
「いや、策はいくらでもありますけど、ライオネル様はハーミリア様の前ではポンコツですからね。どうにもなりませんて」
「うぐっ、確かにそうだが……それでも、なにかあるだろう!? 頼む、僕はハーミリアを失いたくないのだ!!」

 駄々をこねる子供みたいだとわかってる。
 しかも自分の侍従に頭まで下げて、策を授けてくれと縋るのは本当にみっともない。それでも、どうやっても、ハーミリアの気持ちを繋ぎ止めていたいのだ。

「うーん、わかりました。それでは少しだけズルをしましょう」
「……それでハーミリアが僕のそばにいてくれるなら、どんなことでもしよう」

 失いそうになってようやく、自分はもう彼女なしでは生きていけないと理解した。
 彼女のそばにいるためなら、僕のちっぽけな矜持など捨ててもかまわないと決心したのだ。


 僕は翌日からイヤーカフ型の通信機をつけて、ハーミリアのお見舞いに向かった。
 この魔道具は馬車で待つジークにつながっていて、魔力を通すことで映像や音声を相手に届けることができる。これですぐに真っ白になって固まってしまう僕の言動をアシストしてくれるものだ。

 ハーミリアの部屋に入ると彼女と同じ匂いが鼻をかすめて、それだけで天にも昇る心地になった。しかしそんなことを悟られて嫌われたら終わりなので、なんとか平静を装う。

 ジークの指示のおかげで、今までよりも格段にハーミリアと会話ができるようになった。

 ハーミリアがなにも話さなくても、コクリと頷く仕草が愛らしくてたまらない。にやけそうになる顔を引き締めるのに苦労した。華奢なのによく食べるハーミリアを見ているだけで癒される。

 マルグレン伯爵家の家令から歯が痛くて話ができないのだと聞いたので、少しでもハーミリアが喜ぶようにと手土産も毎日用意した。
 状況に応じて耳につけた通信機からジークの指示が飛ぶ。

《ライオネル様、持ってきた手土産は美味しかったか聞いてください》
《今日はハーミリア様の顔色がよさそうなので、調子がいいか聞いてください》
《次は花を持ってくるとお伝えください。あ、食べ物だけでは飽きるだろうと心配されてたことも併せてお伝えくださいね》
《ライオネル様がまとめた授業のノートをさりげなく渡してください》

 ジークの的確な言葉にふたりきりでも落ち着いて過ごすことができた。
 加えて僕の方でもハーミリアの症状について調べていたが、有効な治療法が見つけられず対処療法しかできなかった。
 それでもハーミリアと過ごす時間は幸せだった。僕だけが彼女を独り占めして、彼女の瞳に映るのも僕だけだ。

 だけど、そんな幸せな時間は長続きしなかった。
 僕がズルをしたからなのか、やはり情けないままでどうしようもないからなのか、ハーミリアから拒絶の言葉を受け取ってしまう。

《ライオネル様、落ち着いてどういうことかお尋ねください。……ライオネル様、聞こえてますか? ライオネル様?》

 通信機からジークの声が聞こえてくるが、頭の中にまったく入ってこない。
 ただただ、目の前の【もう手土産は不要ですわ】という文字がぐるぐると駆け巡っている。もう見舞いにも来てほしくないのだろうか?

 それもそうか、いくらハーミリアが好きすぎるからといって酷い態度しか取ってこなかったのだ。

 そんな男の顔など見たくないに違いない。
 でも僕は、ハーミリアをあきらめたくない。

 お願いだから、僕のそばからいなくならないで。
 情けない僕が嫌いなら、変わるから。どんなことでもするから。

「お願いだ、ハーミリア! 僕を捨てないでくれ! どんなことでもするから嫌いにならないでくれ!!」

 気付けば床に膝をつき、みっともなくハーミリアに縋りついていた。


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