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11話 不器用すぎる僕①
しおりを挟むハーミリアが口をきけなくなった翌日、僕は心配のあまり彼女の寝室にノックもせずに侵入してしまい、冷めた目を向けられた。
かつてないほどの失態に、激しく自己嫌悪したが時既に遅しだった。
僕はタックス侯爵家の三階にある私室に戻ってから、今度こそ愛しいハーミリアに捨てられるのかと激しく落ち込んでいた。
「はあ、ライオネル様。いい加減シャキッとなさってください」
「もう、ダメだ。僕は、ついに愛想を尽かされたのだ……!!」
「ハーミリア様がやっと不良物件を掴んだと理解されたのですね。よかったです」
「ジーク、なんてこと言うんだ! まだ婚約破棄されていないぞ!」
前日からいつもと違うハーミリアの態度に不安を感じて、侍従であるジークに話し相談に乗ってもらっていた。彼は僕の乳母の子として共に侯爵家で育ってきた兄のような存在で、本当に頼りになる。
「昨日はあんなに深刻な顔でどうしたのかと思いましたけど、ついにご自分で決着をつけられたのですね」
「だから! まだハーミリアは僕の婚約者だ!」
「わかってますよ。昨日も泣きそうな顔でハーミリア様に嫌われたかもしれないって言い出したから、励まそうと思ったんです」
「いや、むしろ傷口が広がってるんだが?」
……少々乱暴なところはあるが、本当にジークは頼りになるのだ。
それに比べて不器用な僕は、人の二倍も三倍も時間をかけて勉強も魔法も身につけてきた。剣術だけは絶望的なセンスでどうにもならなかったけれど。
それでもハーミリアの婚約者として不動の地位を築くために、なんでも必死にこなしてきたのだ。
だけど僕がこんなに情けないから、ついに見切りをつけられたのかもしれない。
僕はひと目見た瞬間に天使のように愛らしく、女神の如く心の美しいハーミリアに心を奪われた。
父上と母上に彼女以外とは結婚しないと主張して、半ば脅しをかけて婚約を結んでもらった。もちろんハーミリアの生家が潤うように、できる限り融通している。
ハーミリアの素晴らしいところは、見た目の美しさだけではなかった。
努力しないと人並みにこなせない僕を笑うことなく、立派だと褒めてくれたのだ。
僕が努力の天才だと言って、ずっと支え続けてくれた。
それが本当に嬉しくて、いつだって僕はハーミリアに優しく背中を押されてきたのだ。
幸い友人たちとのコミュニケーションはさほど苦労してこなかった。
ただの友人や、貴族の令嬢子息なら穏やかに微笑んでいれば、大抵相手から歩み寄ってくれた。もちろん僕の実家の影響もあるだろう。
でも本来自分は不器用だと理解していたから、穏やかで正しい人間であるように心がけてきたし、誇り高くあるべきだと矜持を持ってやってきた。それですべてが上手くいっていた。
だけどハーミリアの前に出るとダメだった。
僕はハーミリアが好きすぎて彼女を前にすると思考停止してしまい、他の人間と同じように対応できなかったのだ。それでも今までは、嬉しそうに楽しそうに話しかけてくれるハーミリアを、五感のすべてを使って受け止めてきた。
本当は彼女を前にすると、心臓が壊れるほど激しく鼓動して、息をするのも忘れてしまいそうになる。
彼女の声は僕の耳に心地よく、ずっと聴いていたくなるから、いつも返事がひと言で終わってしまった。
彼女の笑顔を見れば顔が緩んでだらしなくなるから、いつもより表情筋に力を込めていた。
視線なんて合わせたら目を逸らせなくなるから、いつもこっそりと盗み見ていた。
もし彼女と同じクラスだったなら、成績を維持するのも難しかっただろう。だってハーミリアに見つめられただけで、頭の中が花畑になってしまうのだから。
それなのに、昨日からひと言も言葉を発してくれなくなった。
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