嫌いから始まってもいいじゃないですか

神崎零

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複雑感情2

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本棚の前の床には雑誌が積み重なっていた。 思春期の男子たる者、1冊はあるんじゃないかと思い1冊ずつ確認したが全て男性向けのファッション誌であった。
璃斗はあまり読んだことは無いが興味が湧き、一番上に積まれていた雑誌を手に取ってページをパラパラと捲っていた。  

「あいつもこういうの読むんだな、顔は確かにカッコイイし、着たら様になるんだろうな……自分だったら着れないな……」

などと考えながら捲っていると、あるページで手が止まった。
そのページは人気急上昇と大きな見出しで特集が組まれているページであった。どうやら女性からも人気のある『AKI』というモデルの特集でインタビューなども掲載されていた。
まじまじと見つめると何かが自分の中で引っ掛かった。今月の表紙も務めたと書いてあり、改めて表紙を見返すと『AKI』の顔に見覚えがあった。

「この顔どこかで……」
「今、洗い物終わったわ……って何見てんだよ!?」
後片付けを終え、腕まくりを下しながら入ってくる彰良の姿があった。
彰良の姿を見た璃斗の中で確信に変わった。
急に近づいてくる璃斗に尻込みする彰良の顎を捕らえ、持ってる雑誌と彰良の顔を最終確認するように見比べた。

「お前、まさかこの『AKI』?」
「え~、今頃気づいたの? こんなに素顔を晒してたし、そこそこ巷で有名になってきたと思ったのに」

璃斗の雑誌を横目に確認しながら呆れるように言った。  
目の前にいる男は本当にモデルの『AKI』なのかを確認するようにまじまじと目を覗き込むように見つめた。

「何? そんなに見つめちゃって、キスしたくなっちゃう距離だね」
「なっ……!」

彰良の声に我に返るとお互いの距離は鼻の先が触れ合い、呼吸までもがはっきりとわかるほど近かった。
同時に脳裏ではあの時のキスがフラッシュバックし、手を離し直ぐに距離を取った。

「照れてんの? 自分から仕掛けといて、顔真っ赤ですけど」
「うるさい」

ニヤニヤと笑う彰良の言うことを受け入れたくはないが、事実、頬には熱が集まっているのを感じているので顔は赤く染まっているのだろうと認めるしかなかった。

「お昼も食べ終わったことだし、じゃあ早速やろうか?」
「やるって、な、何を!?」

妖しく笑う秋良にとっさに身構えた。
先ほどの発言からして何をされるか想像もしたくないが今までの経験からとっさに体が反応してしまった。
璃斗の言葉に対して返さずどこかな~と言いながら何かを探しているようだった。
あった!という言葉と共に振り返り彰良は告げた。 

「何って、勉強だよ勉強。テストも近いし璃斗、頭良いじゃん。勉強教えて」
「へ?」

机の上に置かれた数学の教科書やノートを見て、とっさに口から洩れた。

「何間抜けな声出してんだよ」
「うるさい!」

自分だけがとんでもないことを考えていたということに対して呆れと苛立ちが込みあがってきたが、大きなため息をついて抑え込んだ。


机に向かい勉強すること約1時間後。

「お前……なんでこんなに出来ないんだよ!」
「いや~、数学だけはどうも出来なくてね」
わざとらしく頬を掻く彰良の姿に本日二度目の大きなため息が口から零れ落ちた。
テスト勉強だったので一通りの教科の課題を一緒にやったが、ほとんどの教科が九割ほど解けているのに彰良の言う通り数学だけが酷い。

いや、壊滅的に酷すぎる。

応用問題は問題によっては難易度に差があるため人によっては出来たり出来なかったりすることもあるが、彰良の場合、基礎問題から解けないのである。
公式すらも曖昧な点が多すぎる。

「今までテストどうしてたの……? 絶対赤点だよね」

璃斗は冷ややかな視線を送った。

「……」
「目逸らすな! で、今回も赤点取る気でいんのかな?」

気まずそうに逸らしていた目をチラッと璃斗へ向け呟いた。

「今回ぐらいは赤点脱出したいかな……なんてね」
「じゃあ、まず公式から覚えなおそうか? ね?」
悪戯が好きな悪ガキに優しく説き伏せるように伝え、笑みを浮かべた。

「璃斗さん!? 怖いよ、目が笑ってないから!」





「ああ! 疲れた!」
「もう……頭の中がパンクしそう……」

大きく伸びをする璃斗と机に突っ伏しているという彰良の対照的な姿がそこにはあった。
今回のテスト範囲を含め、復習……むしろ一から勉強し直したといっても過言ではないほど、数学をやり続けていた。

「って、もうこんな時間かよ! 明日が休みでよかったわ」

時計に目をやると、とっくに19時を越しており、外は夏の為、日は長いが暗くなる寸前だった。
今更ながらに気付いたが、彰良の親がまだ帰ってきてはいなかった。
あまり長居をしては悪いと思い、帰り支度をしようと 机の上に置いてあったペンケースやノートを片づけようとすると、彰良が遮るように璃斗の腕を掴んだ。

「何帰ろうとしてんだよ? 明日休みなんだから泊まっていけばいいじゃん」
「急に泊まっていったら親御さんに迷惑かかるだろ? まだ帰ってきてないみたいだけどさ」
「ああ……俺一人暮らしなんだよね。親は同じ都内には住んでるけど、いろいろあって俺だけここで暮らしてんの」
「でもな……」
「まあいいじゃん! 数学あれだけ俺に教えて疲れてるだろ?」
「……」

それについては否定することが出来ない。本当に疲れた。 

「……今日は泊まらせてもらう、着替えとか貸してくれ」

璃斗が観念したように言うと、彰良はやったと嬉しそうにガッツポーズをしていた。

「その前に夕飯にしよ。俺作ってくるから、机の上片づけてリビング来てね~」
「わかった」


誰かの家に泊まることなど初めてな璃斗は、動揺しながらもとりあえず親に連絡しておこうと携帯を取り出すと、母親からメールが届いていた。

「お父さんと少し出かけてくるね♪
ヨーロッパに急に行きたくなったので、ちょっと行ってきます♪
お土産も買ってくるから安心してね。
期間は気分次第で変わるかも(笑)
Au revoir Bon courage.(さようなら、頑張って)」


「あんのくそ両親!仕事を部下に任せてまた旅行かよ!しかも今度はまたフランス……何が「頑張って」だわ!」

怒りと呆れが交互に湧き上がり、力なく机に突っ伏した。
璃斗の両親は会社を営んでいる。大企業とまではいかないが、祖父母の代で会社を起ち上げ、そこそこ大きな会社で主に海外との取引を中心とした営業をしている。

幼いころから両親ともにウザい程にラブラブで、仕事に関係ない時ですらも海外へ旅行に行っている。

さすがに小学校の低学年のころは、祖父母の家や会社の秘書の家にお世話になっていることがあったが、中学に上がるころには半一人暮らしの方が楽であると気づき、両親がいないときでも自宅で暮らすようになった。
海外旅行に行く両親が羨ましく、一度だけ「俺も連れて行けよ!」と抗議した際には、両親は目を光らせ、いつの間にか作られていたパスポートを用意され、ものの数日で準備を済まし、学校など気にもせずフランスへ連れて行かれたことがある。
それ以来、両親とは何があっても旅行はしないと心に決めている。

「璃斗―! 何かあった? お皿とか並べるの手伝って」
「今行く!」

リビングから彰良の呼ぶ声が聞こえ、スマホを置きリビングへと向かった。

「お前のその料理の腕はどう学んだんだよ……」

夕飯として机の上に並んだのは、和食だった。
それも和食と言えば誰もが思い浮かぶような定番中の定番、鮭の塩焼きにお浸し、卵焼き、お味噌汁、炊き立てのご飯。

「料理本読んだ程度だよ。このぐらい璃斗でも出来るよ」
「お前、俺の卵焼き見た後でも同じ発言が出来るかな……」

卵焼きを作ったはずが、完成したものをみるとスクランブルエッグになっているのだ。

『味は悪くはないのだが、見た目が悲惨な状態になっているものが多い』
というのが璃斗の料理の腕である。

「じゃあ、明日作ってよ!」
「考えておく」
作る気は全くなかった。
ここで嫌だとか言えば「どうして」やら「作ってよ」と言うのが目に見えていたので、さらっと躱しておいた。

先にハイスペックな料理を出されては、自分の料理の腕のなさが際立ってしまうではないかと心の中で呟いておく。

「璃斗の料理だったらどんなのが出てもおいしく食べれる自身があるよ」

璃斗の気持ちを見透かしたようにニヤニヤと頬杖をついて璃斗を見つめている。

「……ご飯中に頬杖つくのは行儀悪いぞ、早く食べたら」

むずかゆい気持ちに視線を逸らしつつ、箸を進めた。
もちろんだが美味しく完食した。




「とりあえず、風呂準備できたから先に入っていいよ。着替えとタオル置いといたから。脱いだ服は洗濯機に入れといて」
「わかった……あ、ありがとう  」

至れり尽くせりで璃斗は 素直にお礼を言うのが恥ずかしく、颯爽と風呂場へと向かった。

「なんか、璃斗からお礼言われるのって新鮮かも!風呂広いから一緒に入ろうよ!」
「絶対やだ!来んな!」

背後からの身の危険を感じる恐ろしい発言に、璃斗は音を立てて脱衣所のドアを閉めた。
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みんなの感想(1件)

花雨
2021.08.11 花雨

作品登録しときますね(^^)

神崎零
2021.08.11 神崎零

作品登録ありがとうございます!

解除

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