嫌いから始まってもいいじゃないですか

神崎零

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複雑感情

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「もう疲れた……」

誰もいない教室で1人、璃斗はぐったりと机の上で伸びていた。
学校ではテスト週間に入ると授業は午前中で終了するため、多くの生徒は授業が終わると一斉に帰宅するのだ。
さっさと家に帰ってのんびりしたいとは思うのだが、いろんな意味で疲れ切った体で炎天下の中帰るのは気が進まず今に至る。

うとうとし始めた時、ポケットに入れておいた携帯がメールを告げる音が鳴り、直ぐに着信を告げる音楽が鳴り響いた。
しぶしぶ確認するとそこには目を見張る名前が表示されていた。
無視すれば後で何を言われるかわからないのでとりあえず出た。

「あ、もしもし?とりあえずこの後俺の家に来て」

いきなり璃斗の用事などをお構いなしに言う発言に眠気など一気に吹き飛んだ。

「はい? 何いきなり言ってるんだよ、そもそも俺お前の家知らないし」
「大丈夫、この電話の前にメールで俺ん家までの地図送ったから」
「だからってな……」
「口止め料」

そう言われてしまえば返す言葉が見つからなかった。

「じゃ、待ってるから」

一方的に電話をかけ、一方的に切った彰良に対してイラつきを感じなかったと言えば嘘になるが、それでも璃斗は愚痴を零しながらも鞄を肩にかけ、送られてきた地図を見ながら彰良の家に向かった。




「……でかっ! 」

目の前に建つマンションの大きさに本心が口から溢れた。
間違えたかと思い何度も確認したがやはり間違いではない。
エントランスに入るとメールに書いてあった通りオートロック式であり扉の前のパネルに部屋番号を打ち込み呼び足しを押すと、インターフォンから「どちらさまですか」と尋ねる声もなしに、扉が開いた。

「確認無しでいいのかよ……」

エレベーターで七階まで上り一番左端の部屋の前までたどり着き、インターフォンを押そうとする手を何故か躊躇ってしまった。

初めて訪れるし、もしかしたら母親がいるのかもしれないのだったら何か手土産を買ってくるべきだったのではないか、と高校生らしくない硬い考えが頭の中を過っていた。
しかし真夏の日中、外に長時間いるのはさすがに辛く、意を決してインターフォンを鳴らした。
待ってみるが応答がない。
呼んでおいて無視かよと思いつつ試しにドアノブに手を掛けると、鍵が空いていたようであっさりと扉が開き、中から声が掛けられた。

「出れなくてごめん! ちょっと手離せなくて、そのままリビング来て」

何をしてるのやらと思いつつも靴を脱ぎ、壁際に揃えると靴が自分のもの以外に一足しか無いことに気づき、親はいないのだなと少しホッとしている自分がいた。
リビングに入るとトマトのいい香りが鼻孔をくすぐり、つられてお腹が鳴り自分が空腹であることに気づかされた。

「璃斗お昼食べてないだろ? 今お昼作ってたんだけど嫌いなものある?」
「食べてない。嫌いなものは特にない」

どうやら料理をしていたため出ることが出来なかったのだと納得がいった。
適当に座っててと言われ、鞄をソファーの脇に置かせてもらい、ひかれているラグの上に座った。
部屋を見渡すと案外シンプルであった。
目立った家具というとチェストに本やマンガが少しあり、目の前には大きなテレビ、ローテーブル、ソファーが並ぶように置かれているだけだった。

「疑問に思ったんだけど、俺が来るかどうかわからないのに、最初から二人分作ってたの? 」
「璃斗なら絶対来てくれると思ったし、俺の手作り料理を食べてもらって好感度上げようかなって」

せっかく様になってるエプロン姿とか手作り料理で好感度が上がったとしても、そういうこと言ったら逆に下がるんだけどな……などとキッチンにいる彰良の背中を半ば呆れ半分に見つめているとを出来上がった料理が運ばれてきた。

「すごっ……お前料理出来るんだな」
「まぁな」

机に置かれた皿の上にはトマトパスタが綺麗に盛られ、バジルが散らされていた。どこかのレストランなどで出されてるようなお洒落なパスタに思わず感心してしまった。恐らく母親でもこんな風には作れないと思う。



「ごちそうさまでした。美味しかった……」

素直に感想を言うのは照れ臭かったが、味はレストランなどお店で出される並みに美味しく口に運ぶ手が止められずあっという間に食べてしまった。

「それはよかった。でもなお前……」

彰良は言葉を途中で切ると、身を乗り出し右手をスッと伸ばし璃斗の頬に触れた。いきなりのことに璃斗は肩を震わせ竦んでしまった。

「な、なにすんだよ! 離れろ!」
「いいから、動くな。璃斗……」

低い声で短く命令口調で言われ、その言葉は毒となって体中に回ったように麻痺し、逃げることが出来なくなった。
親指が口元の方へ動くのを感じギュッと目をつぶると、口元の端をグイッと拭われただけで手は離れていった。

一瞬の出来事に目を開け呆気にとられていると、呆れた顔の彰良が視界に入り璃斗の口元を拭った親指は先ほど食べたトマトソースで汚れていた。
ようやく自分は口元にトマトソースを付けたまま気づかずにいたということがわかり、体中の熱が一気に頬に集まるのを感じた。

「璃斗、お前何歳だよ。口元にトマトソース付けっぱなしとか」
「……十七歳。すまん、今ティッシュで拭くから」

汚れた親指を拭こうとティッシュに手を伸ばすと、彰良は親指を自分の口元へ近づけペロリと舐めとった。

「お前! 何してんだよ!」
「何って、こっちの方が早いし、ごちそうさま」

ニヤリと楽しそうに笑う彰良に、さらに璃斗の頬だけでなく耳の方まで真っ赤に染まった。

「ご、ごちそうさまって!」


人の反応を見て笑っている姿にせっかく料理で好感度が上がった束の間、好感度はがた落ちだ。

「洗い物するから先に部屋言ってて、廊下出て直ぐ右の部屋だから」
「拒否権は?」
「口止め料、それに俺の手料理食べれただろ?」

やはり口止め料と言われれば言い返す言葉が見つからなかったが、後者は勝手に作っていたじゃないかという言葉を呑み込み大人しく部屋へと向かった。

 躊躇いもせず中に入ると、思ったよりも広くリビング同様シンプルな部屋だった。
そんな中璃斗は、本棚の前の床に積まれてある"物"に目がいった。
璃斗:
「これって、まさか」
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