僕は先輩の便利な後輩だ

えにけりおあ

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僕の初恋

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 先輩と初めて出会ったのは、入学してすぐのことだった。
 放課後用事があって職員室へ行った後、教室へ鞄を取りに行くために廊下を歩いていた時のことだ。
 靴箱の近くを通ったんだ。そうしたら突然、甘くていい匂いがして、なんだろうと思って見てみたら、そこに、先輩がいた。
 周囲の音が全部消えて、自分の心が先輩に惹き寄せられて、吸い込まれる感覚。初めてだった、あんな衝撃は。何も楽しくなくて無味無臭だったそれまでの人生は、あの日死んだと思っている。
 僕は、先輩に出会ったあの日から、先輩の後輩としての、新しい人生を始めたんだ。
 あまりに衝撃的な出会いに、しばらくぼんやりと先輩のその姿を見ていたら、先輩はいつのまにか歩いて行ってしまっていて、もしかしたら、もう二度と会えなくなるかもしれない……なんて思ったら、勝手に体が動いていた。
 歩いて行った先は多分靴箱で、先輩は鞄を持っていたから、きっと帰るところだったんだろう。急いで靴を履き替えて正門へ向かえば、先輩の姿はすぐに見つかった。どうやら友人と話しながら帰っているみたいで、間に割り入って話しかけることも出来ずに、様子を伺いながら後を付いて歩いた。
 何度目かの交差点で友人と別れて、一人になった先輩に、何と言って声をかけようか迷いながら歩く。一人になったから、もしかすると後ろを振り向くかもしれない、そう思うと自然と物陰に隠れながら追いかけることになる。けれど、先輩は一度も振り返ることなく、僕は一度も先輩に話しかけることができないまま、先輩は家に入ってしまった。
 結局何もできなかったな、と少し落ち込みながら、そこでようやく鞄を学校に忘れてきたことに気づいて慌てて取りに戻った。

 それから、先輩にたまたま傘を貸すという口実で話しかけることができるまで、ほぼ毎日、先輩が登校するところから、家に帰って先輩の部屋の電気が消えるまでを見守っている。
 最初は話しかけるチャンスを伺っていたけれど、途中から先輩についての情報を得るために目的が変わった。
 先輩の後ろを追いかけていると、先輩のことをよく知ることができるのだ。名前も、クラスも、部屋の窓の場所も、友達との会話の内容も、買い物の詳細も。そんな情報をたくさん集めて、その知識を使って、先輩の助けになれたら、いつか先輩に信用してもらえるかもしれない。側に居ることが、できるようになるかもしれない。
 そんな下心で、今日も僕は先輩の便利な後輩を目指して、陰に日向に努力している。


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