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私の休日

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 日曜日。今日はショッピングの気分だったから、色々なお店を巡って、欲しいものを沢山買った。
 服に雑貨に文具にお菓子……どうせならあのお店にも行こうと思って何店も回っていたら、いつのまにか両手に提げたいくつもの袋が 腕にずっしりと食い込んでいた。重たい。調子に乗ってちょっぴり買いすぎたかもしれない。
 意識すると辛さが急に鮮明になるもので、ずっと歩き通しだった足の痛みや、背中の痛みなんかまで、ずきずきと主張を始める。
 もう、今日はこの辺で帰ろう。なんだか天気もびみょーだし。
 見上げた空は灰色で、なんだか空気も湿ってる。見れば見るほど雨が降りそうで、気持ちも重たくなってきた。
 あーあ、知り合いと偶然ばったり出会って、荷物持ってくれたりしないかなぁ。大変そうだね、家まで送るよ みたいな。……そんな知り合い、ほぼいないけど。お母さんとかなら 持ってくれるだろうか、と少しだけ想像してみる。うーん、無理かな。むしろ考えて買い物しなさいよ って、お小言が始まりそうだ。
 なんて考え事をしながら体の重さを誤魔化しつつ歩いていたら、ぱたぱたと雨が降り始めた。
「うわっ」
 慌てて屋根の下に避難する。小雨くらいなら濡れながらでも帰れるんだけど、雨足はだんだんと強くなっていた。いま居るのは住宅街で、近くに傘を買えるようなお店もないし。どうしよう、待っていたら止むだろうか。このままずっと降り続けるなら、どこかのタイミングで 覚悟を決めて走り出さなければいけないだろう。
 ……こんなとき、いずるくんがいてくれたらな。
 いずるくんなら、なんとかしてくれそうな気がする。傘だってちゃんと持ってそうだし、荷物だって 私の代わりに持ってくれるかもしれない。
 そういえば いずるくんと初めて話した時も、傘を貸してくれたな なんてことを ふと思い出した。
 いまだ音を立てて降り続ける雨は、弱まる気配がさっぱりなくて。荷物の中で濡れたら困るものを他の袋の中に丸めて入れる。そうやって準備をしてから、雨の中を歩きはじめた。
 はぁ、なんで傘持ってこなかったんだろ。冷たい雨が髪や服に染みてきて、気持ち悪い。
 出かけたりなんて、しなきゃよかった。
 なんだか散々な気分で、早く帰りたいとひたすら唱えながら 土砂降りの中を進む。
「先輩!」
 いずるくんの声がして、振り返る。自分の願望が生み出した幻聴かとも思ったけど、傘を差して こちらに走ってくるいずるくんが確かに居た。
「やっと見つけた。こんなに濡れて……大変でしたね。ひとまず 屋根のあるところに行きましょう」
「え、あ、うん」
 いずるくんが私を傘の中に入れてくれて、引っ張ってくれる。
「ちょっと待っててくださいね」
 屋根の下に入ると いずるくんが傘を畳んで、カバンの中から白いタオルを取り出して 渡してくれた。
「とりあえず、これで拭いてください。ごめんなさい、着替えとかは用意がなくて……先輩の家まで我慢させちゃうんですけど」
「え、いや、十分だよ。ありがとう」
「それ、持ちますから、渡してください。持ったままじゃ拭けないでしょう」
「ありがとう……」
 腕にかけていた荷物をいずるくんが全部取ってくれる。軽くなった腕を回してから 濡れた髪を いずるくんのタオルで適当に拭く。今日の髪型、割と可愛く出来たんだけどな。濡れる前に 見て欲しかったな。
「その……遅くなってすみません」
「え?」
「来るの、遅くなっちゃって。先輩 大変だったでしょう」
「いやー、まあ、ね」
 大変だったのは本当だけど、いずるくんが謝ることじゃない。むしろ、来てくれただけでも十分助かったし。
「腕も、こんなに跡になって。もっと早く見つけられたらよかったんですけど」
「大丈夫だよ、このくらい」
 腕についた買い物袋の跡をいずるくんが痛々しそうな顔で心配してくれるけど、全部いずるくんが持ってくれたから、もう大丈夫だ。確かに持ってる間は重たくて大変だったけど、いまはむしろ 私の代わりに持ってくれているいずるくんが大丈夫なのか、心配なくらい。
「先輩、傘使ってください。二本持ってるんで」
「そう? ありがとう」
 借りたタオルと交換にいずるくんのさしていた長傘を受け取った。明日は月曜日だから お昼に会う時返せばいいかな と考えていると、いずるくんが「じゃあ、行きましょう」と言って 傘を広げてそのまま雨の中へと歩き出す。荷物を返してもらってないと言いかけて、いずるくんが私の家まで送ってくれるつもりらしいと気付いた。ありがたいので、そのまま一緒に帰ることにする。
 雨の中で それぞれ別の傘だから、ちょっと話かけ辛くて。お互いなにも話さないまま 進んでいく。
 それに、少し風が強いのと いずるくんが貸してくれた傘が大きくて重いので、取り落とさないように 持っているのにも少し集中していなければならなかった。まるで傘が生きてるみたいに動くのだ。ぎゅっと両手で掴んで力を込めても、風が吹くたびにふわっとあおられてしまう。
「あの、先輩」
「なあに?」
「もし大変なら、僕が傘持ちましょうか?」
「……えっ!?」
 いずるくんからの提案に、私の傘を持ってもらう図を想像してしまって、どきっとする。それ相合い傘じゃん……! 嫌ではないけれど、恥ずかしい。でも嫌ではないからこそ 断り辛いし。
「え、あっ! い、いや、その、忘れてください! すみません」
 いずるくんも同じことを想像したのだろうか。慌てた様子で謝っている。傘に隠れて見えないけれど、きっとほっぺたは赤くなっているんだろうな と思った。
 先程とは別種の気まずさの中、お互いに無言のまま、家まで送ってもらった。

「ここですよね、先輩の家」
「うん、そうだよ。ありがとう」
 いずるくんに傘を返して 持ってもらっていた荷物を受け取る。
 家に着く頃にはだいぶ雨も弱まっていた。これならいずるくんが帰るのも 少しは楽だろうし、よかった。
 なにより、いずるくんのおかげで あまり濡れなかったし、荷物も持ってもらえて すごく助かった。何かお礼ができたらな……と考えて、そういえば と思い出したことがひとつ。
「あ、いずるくん、ちょっと待ってて!」
 いずるくんを家の前に残したまま、部屋に上がる。今日買った荷物は ひとまず部屋の床に置いておいて、引き出しの中に納めてあったキーホルダーを取り出した。この前貰った膝掛けのお礼にと、昨日作ったものだ。
 手芸屋さんで買った金具に 糸とビーズで作った飾りを取り付けた 手作りのキーホルダーだ。
 いずるくんは男の子だし あんまり派手じゃ無い方がいいと思って、落ち着いた磨りガラスのような色のビーズを使った。糸の色は、白と黄色。いずるくんに似合う色を考えたら この色がいいかなって思ったのだけど、出来上がりを見るとなんだか 卵焼きを思い出す。いずるくんの卵焼きは美味しいから 別に間違ってはいないと思うけど。……食べたいなぁ、いずるくんの卵焼き。はやく月曜日にならないかな。
「おまたせー」
 キーホルダーを握りしめて、いずるくんの所に戻る。
「はい、これあげる。前に膝掛けくれたでしょ? そのお礼にと思って、用意してたの」
「え、僕に、ですか?」
 いずるくんの手にキーホルダーを渡す。ラッピングでもすればよかったかな、いずるくんはいつも、綺麗にラッピングしてくれているから。
「すごい。手作りですか?」
「うん、まあ。ちょちょっとね」
 すごいと言われて、どうにも照れてしまう。そっか、すごいか。……嬉しいな。
「ありがとうございます。大切にしますね」
「うん」

 そのまま「じゃあね」っていずるくんに手を振って家に入る。
 いずるくん、喜んでくれた。……やった! 嬉しいっ!
「えへへ」
 なんだか、自分で作ってキーホルダーなのに、いずるくんに褒めてもらえただけで 急にとびきり良いものに思えてきて。なんだか今更になって惜しく思えてくる。いずるくんに渡す前に 写真でも撮っておけばよかったかもしれない。
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