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先輩の初詣

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 年が明けて二日目の今日。学校が休みに入ってから毎日通っている先輩の家の前で、待ち合わせをしている。携帯に「寝坊したから遅れる。ごめんね」の連絡が入ってから、そろそろ1時間が経とうとしていた。
 一戸建ての2階にある先輩の部屋の様子を 部屋の窓から見るかぎり、どうやら約束の時間に起きたらしく、先輩の支度が終わるのを 僕は家の前で待っていた。ポケットの中でカイロは温まっているが、これは手水舎で手を冷やした先輩に渡すために用意した物なので、僕の寒さを紛らわすために冷やしていい物じゃない。
 吐いた白い息も凍えそうな寒い朝。先輩のためじゃなければ、こんな所で3時間も待っているなんて、ごめんだった。
 だけど、玄関の扉を押し開けて「ごめんねー、おまたせー」とはにかむ先輩の顔を見たら、待っていてよかったと思ってしまう。
「先輩、あけましておめでとうございます」
「うん。今年もよろしくね、いずるくん」
 今日は、昨日家族での初詣に 1人だけ行き損ねた先輩に誘われて、一緒に初詣に行くことになった。誘われなくても神社でたまたま出会うつもりだったけれど、先輩からお誘いをもらったのは、正直嬉しい。
「さむいねー」
「そうですね、朝は冷えますね」
 昨晩降った雪がまだ残っており、街はうっすらと白く染まっている。
「ふふふ、でもね 手は寒くないよー。いずるくんありがとうね」
 手袋をはめた両手を僕に見せびらかしてくれる先輩。僕がクリスマスに先輩に贈ったものだ。先輩が通っている雑貨屋で 先輩が一番よく見ていたものを選んだけど、こうしてちゃんと使ってくれて、よかった。
「似合ってます」
「嬉しい。それじゃあ、いこっか」
 神社に向けて歩きだす先輩。今日は、レースやリボンが可愛らしいピンク色のコートを着ている。初めて見るコートだけど、先輩が最近買ったものではないから、誰かに貰ったものだろうか。
 そう考えて、胸のあたりがもやっと重たくなる。浅ましく、もっと 先輩の全部、僕との繋がりで埋めて固めてしまえたらと、思う。
 次はコートを贈ろうか、そうしたら 僕が贈ったものを選んで身につけてくれるだろうか。それとも学校で使ってもらえそうな物がいいだろうか。どんな口実をつけて渡せば、先輩は使ってくれるだろうか。
「先輩は、お正月どう過ごすんですか?」
「んー、四日までは家でのんびり過ごすの。時々親戚の所に行ったりもするから、下手に予定も入れられないしー」
「そうなんですね」
「あとはー、見たい映画やってるから、また今度行きたいな」
「いいですね、映画」
「うん。でも いつも気付いたら上映終わっちゃってるんだよねー」
 話しながら歩けば、すぐに先輩の家から一番近い神社に着いた。そこそこ大きな神社で、出店もあるし人も多い。
 先日下見に来た限りでは、食べ物の屋台が多いようだった。先輩はどんな屋台が気になるだろうか。
 まずはお参りかな、と 屋台の間を抜けて 鳥居を目指す。
「いずるくん、あっちから入ったら早いよ」
 先輩が指差すのは、神社の横にある入り口だった。たしかに、正面の一番大きな入り口は人が詰まっていて、だいぶ待たなければいけないだろう。
「え、でも手水舎」
「人多いから並ぶし、水冷たいからやめとこうよ。ほら、こっち」
 先輩の手袋をした手に捕まって、逆らうわけにもいかず 付いて行く。頬が熱くて、水で冷やしたいくらいだ。
 外から見えた人波は、先輩の言う通り手水舎の列だったようで、その先の賽銭箱への列はもっと短かった。
「あそこの手水舎、毎年混むの。狭いし柄杓の数が少ないんだよ」
「そうなんですか」
 流石に僕よりも毎年来ている先輩の方が神社には詳しくて。神社の建物や屋台の位置などは下見をして把握していたけれど、人の流れまではよくわからない。
 先輩に手を引かれて並んだ 5列で進む参拝の列は、少し待っていればすぐに順番が回って来そうだった。
「先輩、願い事は口に出して言った方が叶うそうですよ」
「ふーん。でも、そんなに叶えたいことないしなぁ」
「そうなんですか?」
「うん」
 先輩の願いを聞く事ができたら、叶えてあげられるかな、と思ってそう言ってみたけれど、先輩の反応はあまり芳しくなかった。映画も、パスタ専門店も、小さくておしゃれな鞄も気になっているのに、それはお願い しないのだろうか。
 お賽銭を入れて、張り紙の通りに 二礼 二拍手 一礼。
 すると隣の先輩が、小さな声で願い事を唱える声が聞こえた。
「いずるくんが今年も元気で、仲良くしてくれますように」
 ……先輩が、沢山 僕を頼ってくれますように。
「先輩、なにをお願いしたんですか?」
「えー、内緒だよ」
「内緒かあ」
「それに私、あんまり 神様とか信じてないし」
 ちょっぴり拗ねたように先輩が言う。なんだろう、なにか嫌な思い出でもあるのかもしれない。
「先輩、気になる屋台とか ありますか?」
「ううん、大丈夫。いずるくん何か買う?」
「いや、僕は別に……」
 そのままの流れで神社を出て、先輩を家の前まで送って。今日はこれでお別れだ。
「先輩、そういえば 映画気になってるって言ってましたよね」
「うーん。見たいんだけどー、いつも気づいたら終わっちゃってるんだよね」
「僕、五日は終日暇なんですけど、先輩はどうですか」
「五日なら私も暇だよ?」
「じゃあ、その日に映画行きましょう」
「え。いいの? ありがとう!」
 学校で誰かと約束した素振りはなかったので、家族と過ごすらしい四日よりも後なら大丈夫かと思い 誘ってみたけれど、了承してもらえて、よかった。
「いずるくん、今日はありがとね」
「あ、はい」
 先輩が帰ろうとしているのがその一言で伝わってくる。引き留めたいけれど、そんな口実も特になくて。学校が休みで、先輩が嬉しそうなのは いい事だ。でも、明日先輩が何をするのか分からない日々は、僕には辛い。
「そうだ!」
 弾かれたように声をあげたかと思えば、先輩が両手から手袋を外して、コートのポケットに押し込む。
「みてみて、じゃじゃーん」
 どうしたのかと見ていれば、先輩はそう言って 両手を揃えて見せびらかした。爪には、橙のマニキュアが塗られている。
「綺麗に塗れてますね。上手です」
「そうでしょー、頑張ったの。いずるくんありがとね、好きな色だよ!」
 上機嫌に笑う先輩。それだけで、他の煩い事全てがどうでも良くなるから。
  先輩は、本当に。
「じゃあね、またね!」
 手を振って家に入る先輩を見送って、僕も 今日は帰ることにした。ずっと家の前に居れば いつか先輩に見つかるかもしれないし、それを分かっていながら どうせ明日も恋しくなって、朝から来て先輩の部屋の窓を見上げる事になるんだ。
「あったかいな」
 ポケットの中から、先輩に握ってもらえなかったカイロを取り出す。ずっと温まり続けていて、ポケットの中は熱いくらいだった。保管用のジッパー袋もしっかり用意していたのだけれど、使わなかったな。
 それでも、先輩の家の前から一歩も動かなかったクリスマスよりは、善戦できたと思うから。
 先輩が握ったカイロの収集は、またの機会に持ち越す事にした。
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