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先輩のクリスマス
しおりを挟む12月25日。今日は、クリスマスだ。前々から今日のために「先輩がクリスマスの買い物をしている時にたまたま会う予定」を計画していたけれど、先日 先輩にクリスマスパーティーの約束を了承してもらったので、必要なくなった。先輩が毎年ケーキを買うお店の情報は、次の機会に活用する事にしよう。
先輩の家に到着し、家の2階にある先輩の部屋の窓が、一番よく見える位置に立って、待つ。カーテンは秋に 先輩が帰り道によく寄る雑貨屋で買っていたもので、それが まだ閉まっている。電気も付いていないようだから、まだ寝ているのだろう。
先輩の家は帰り道に先輩を送ったり、先輩の後ろをついて行ったり、休みの日によく来たりするけれど、待ち合わせのために来るのは、初めてだった。
先輩の休日について知ることができる機会は少ない。先輩は休みの日は大抵家に居て、ほとんど外出しないからだ。買い物は学校帰りに済ますようだし、誰かと約束して出掛けることもしない。先輩が家で何をしているのか、窓の外からはわからなくて。それでも家にいる事を確認したくて、休みの日に朝から先輩の家まで来ては、人目につきにくいポジションを選んで部屋の窓を見上げるのが、最近の僕の 休みの日の過ごし方だ。
携帯で時間を確認すれば、まだ約束の1時間半前だった。もうしばらく先輩は起きないだろう。じっと先輩の部屋を いつものようにカーテン越しに見つめているのもいいけれど、今日はこれからの予定を考えてはそわそわしてたまらないので、先輩とやり取りしたメッセージを読み返して待つことにする。
本当は、クリスマス当日の今日ではなく、一昨日の終業式の後にクリスマスパーティーと称したプレゼント交換をする予定だったのだけれど、先輩の「やっぱりクリスマスの日にしよう?」というお願いにより 本日まで持ち越しとなったのだ。そして休みの日に待ち合わせをするということで、冬休みが始まる前に連絡先を交換してもらったのだった。
送られてきた文章のひとつをとっても 先輩が僕の事を考えて打ってくれたのだと思うと、その全部が 僕にとっては宝物だ。先輩以外と文章でやりとりするなんてめんどくさい真似したくないけど、先輩に対しては変に緊張してしまって、先輩に良く思ってもらいたくて、何度も文章を打ち直して、たった数文字のメッセージを送るのに 1時間悩んだりもした。先輩からの返信が来ることが楽しみで、返信が届くまで携帯の画面を見つめたまま、気づけば3時間経っていた事もあった。
『いずるくん、よろしくね』
『こちらこそ』
『クリスマス、どうする?』
『朝 先輩の家に迎えに行ってもいいでしょうか』
『いいよー。助かる』
約束の時間が来るまで、先輩の部屋の様子を気にしつつ、先輩とのやりとりを読み返しては幸せな気持ちに浸って過ごした。
約束の時間が過ぎても先輩は起きない。昨日、遅くまで起きていたようだから、まだ眠たいのだろう。先輩の寝相はどんな感じなんだろうと思いを馳せていれば、携帯が震え 先輩からのメッセージを受信した。
『ごめん、今起きた。ごめんね』
窓を見れば 電気が灯り、今 先輩がカーテンを開けた所だった。眠たそうな顔。普段はなかなか見れない表情で、特別感を感じる。一足早くクリスマスプレゼントをもらったような気持ちだった。
僕は『大丈夫ですよ。待ってるんで、先輩のペースで支度してください』と送って、携帯を握ったまま 窓を見上げる。
窓から見える範囲はとても少ない。地上から2階を見上げるのだから当たり前だ。ほぼ天井しか見えない。だから、先輩が慌てて支度する様子を僕は見ることができなくて。出来ることといえば 想像することくらいだ。
いつか、その様子を見ることができたら、また一つ多く 先輩の役に立てるだろうか。
部屋の電気が消える。どうやら支度が終わったみたいだ。先輩がもうすぐ出てくるだろうから、携帯をポケットに仕舞い、家の正面に移動する。
「ごはんー? もう出るー! ごめーん」
家の中の、おそらくお母さんに返事をしながら、先輩が扉を開けた。
制服ではない、先輩の 私服。僕とのお出かけのために選んでくれた服だと思えば、なんだか感慨深いものを感じる。ひらひらで、淡い色の服は、先輩が普段行かない おしゃれなショッピングモールの服屋で買っていたもので、着て出掛ける姿は初めて見た。普通に可愛いし、先輩によく似合っている。頬が冷たい外気の中で 熱くなるのが分かる。先輩のよそ行きの服が汚れたらかわいそうだから、今日はいつもより注意を払おう。先輩が悲しむ姿は、僕までどうしようも無く悲しくなるので、できるだけ見たくない。
「いずるくーん! おまたせー。メリークリスマスー」
「先輩、おはようございます」
先輩が手を振りながら、こちらにやって来る。
「はい、プレゼント!」
え、ここで?
挨拶もそこそこに 先輩が、手に提げていた小さな紙袋を渡してくれる。
飾りの下がった町中を歩いたり、クリスマスフェアをしているお店をひやかしたり、一緒に食事をしたり、夜にはイルミネーションを見たり。そういうクリスマスらしいお出かけの合間に、プレゼント交換をする なんて勝手に想像していたけれど、僕に 先輩から差し出されたプレゼントを前にして「それで、まずはどこに行きましょうか」なんて、昨日散々練習したセリフを吐く勇気はない。
「ありがとうございます」
紙袋を受け取って中を覗けば、僕の写真が、派手に飾り付けられた写真立てに入れられていた。なぜ、僕。
「こ、これは……いつの写真ですか?」
「上手に撮れてるでしょー、いずるくんが放課後待っててくれてるときに こっそり撮ったの」
それは、ありなのか。隠し撮りを先輩が認可してくれるなら、いくらでも撮るのだが。いままで隠し撮りをするなんてそんな発想もなく、ただ先輩を目で追うばかりの日々だったが、撮っていいのだろうか。僕も、写真を。先輩の写真を。
「写真立てはね、作ったんだよ。木の写真立て買ってきて、布巻いたり、飾り貼り付けたりしたの。かわいいでしょ」
「素敵な写真立てだと思います」
できることなら、写真が先輩のものであれば、もっと嬉しかったけど。たしかに、よく見れば写真立ては手作りのものだった。リボンやレース、スパンコールや造花 ラインストーンなどがボンドで付けてある。先輩の手作り というだけで 何にも勝る宝物に見えるのだから、我ながら現金なものだ。よくよく見れば、写真の僕も 先輩が手ずから隠し撮りしてくれた僕というだけで、何割り増しかで格好良く……は、見えないけど。先輩が僕を写真に撮りたいと思ってくれたと考えれば、嬉しくも思えるもので。
有り体に言えば、最高のクリスマスプレゼントだった。
「ありがとうございます。大切にしますね」
「うん!」
それで、先輩といえば、先ほどからきらきらとした 期待を込めた目で僕を見てくる。その矛先は考えるに易く、僕からのプレゼントを待っているのだろう。イルミネーションでも見ながら そっと先輩の手を握って「先輩、手が冷たいですね。よかったらこれ使ってください」なんて言いながらプレゼントを渡して……というシミュレーションを重ねていたのだけれど、現実は そう都合よく事が運んだりはしないようだ。
「じゃあ、えっと、これ。僕からのクリスマスプレゼントです。どうぞ」
「わーい! ありがとう!」
プレゼントの包みを渡せば、先輩は大袈裟に喜んで「開けてもいい?」と聞いてくる。そのわくわくした顔を見て、だめだなんて言えるわけもなくて。投げやりに「どうぞ」と言えば、先輩が楽しそうな顔で包みを開けて、中から手袋を取り出した。
「わあ、かわいい。手袋だー」
「喜んでもらえてよかったです」
先輩が欲しそうなものを常日頃からリサーチして用意してきたものの、それでもやっぱり不安だったから、こうして喜んでもらえると 嬉しいし、安心する。
「ねぇねぇ、つけてみてもいい?」
「どうぞ」
元々、先輩にその場でつけてもらう予定だったから、あらかじめタグは切って包んでいた。
「あったかい」
先輩が 手袋をつけた手で、自分のほっぺたを包み込み、微笑む。
いくら予定が変わっても、思い通りにいかなくても、手袋をつけて笑う 先輩の顔が見れたから、それだけで今日は最良の日になる。世界は単純だ。
「ありがとうね、いずるくん。いっぱい使うね」
「そうしてください」
「あれ、袋の中 まだ何か入ってる」
「あ、それは」
家に帰ってから見てください、と言う前に ころんと転び出て 先輩の手のひらに捕らえられた、マニキュアの瓶。パッケージには 小さなメモが貼り付けられている。もちろん、僕が書いて付けたものだ。
「なにこれ? 『先輩に似合うと思い用意しました。冬休みの間なら、塗っていても問題ないと思います』?」
できれば、読み上げないでほしかった。僕はきまり悪く、暑い頬を冷えた手で触れてごまかしながら、目を逸らす。それは 梱包を分ける意味も思いつかず、けれど手袋に気を取られて小瓶に気づかない可能性も考慮して、家に帰った後に先輩がマニキュアを見つけても、僕からのプレゼントだと分かってもらえるようにと書いておいたメモだった。
「綺麗な色だね。好きな色」
「よかったです」
先輩が一番よく手に取って見ていた色を選んだのだから、当たり前と言えば当たり前だ。でも、うん。よかった。
「ありがとう、いずるくん」
「どうも」
「使ってみるね」
「そうしてください」
目を逸らしたまま答えていたら、先輩の「ふふっ」という笑い声が聞こえて。目線だけ向ければ、楽しそうな先輩の笑顔が見れた。
写真立てが脳裏を掠め、右手がポケットの中の携帯を触る。先輩の笑顔を、写真に収めようか。でも、カメラを起動させるために、先輩から目を離して画面を見るのがもったいなく思えて。結局 いつもと変わらず、ただ先輩を見つめて 呆けていることしかできなかった。
「じゃあねー」
笑顔に見惚れているうちに、先輩が手を振りながら家の扉を開けて帰っていく。
僕はしばらくの間、閉じた扉から目を離す事が出来なかった。
嵐のようなプレゼント交換だったな。
クリスマス色に染まった 浮かれた街に 先輩と連れ立って出向いて……そんな想像をしていた クリスマスのお出かけ だったが、先輩には敵わない。ただ、プレゼントを喜んでくれた先輩と、手作りの写真立て、そして 寝起きの先輩の顔が見れた事が、僕の今年のクリスマスプレゼントで。それでもう十分すぎるから。
先輩とのお出かけは、また今度の楽しみにしておこう。
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