上 下
180 / 181
それぞれの春

魔王と勇者 1

しおりを挟む
 ニッパラダンジョン24階層

 管理局の戦闘員や、ある程度の力量のある探索者の中で、魔王ダダルーヤ討伐の為に「感応度極振りができる人間」を10人集め、彼らを鍛えながら、少しずつ前線基地を押し上げ続けてきた。
 今や管理局の支店は、10階層から18階層までの各階層に作られている。
 ダダルーヤさえ現れなければ、と言う前提条件は付くものの、「感応度極振り部隊」と一緒に鍛えてきた他の管理局員たちも、18階層の魔物と対等以上に戦うことができるようになっていた。
 期せずして、ニッパラダンジョン街の戦力は底上げされていたのである。

 だが、魔王となったダダルーヤは、彼に挑む者たちにとって、更に脅威の存在になっていた。
 彼に見つかれば、彼の魔法に耐えられないレベルの人間はまたたく間にバタバタと倒れてしまう。
 彼の《スリープ》は、既に単に眠らされる程度のレベルのものでは無く、強力な麻酔と変わらない力を持つまでに至っていたのだ。
 眠りに落とされ、ダンジョンから退却させられずに魔物の餌食となってしまった管理局員が8人、探索者が7人、の計15人。
 ダダルーヤの魔法で眠りに落ちてもダンジョンから救出された者たちもいるが、そのまま目を覚まさない者の数は更に多く、既に24人になっている。
 魔法の威力が強いせいか、はたまた呪いの域まで達してしまっているのか。眠りから自力で目覚めることができない者が多い。ここまでに眠ったまま呼吸が止まってしまった者は7人。ただ、その7人は幸運な事に全員蘇生させる事に成功している。
 蘇生に成功した7人のうち6人は、魔王ダダルーヤ討伐隊から外れることを志願し、それはすんなりと受理された。心が折れてしまった人間が討伐隊に与えるネガティブな影響は小さくはないだろうし、そもそも、魔王の《スリープ》に耐えられないレジストできない者は足手まといになる確率が高いのだからこれでいいのだ。
 討伐の参加人数が減ってしまった事自体は問題だが、それよりも、まだ目を覚まさない17人をどうするか、が、管理局の大きな悩みの種になっていた。点滴を与えることで眠ったまま生かす事はできているのだが、一旦「死亡」させて蘇生すべきか、自然回復を待つかで意見が別れていた。
 死亡状態からの蘇生には、時にペナルティが発生するためだ。
    だが、強制的に窒息死をさせれば、即座に蘇生の為の手当てをする事ができるし、回復の為に待機させる人員を減らす事ができる。
 魔王ダダルーヤとの戦いを早く終わらせる為には、できる限り効率的にいきたいところではあるが、道徳的に反対する者も多く、結果的に眠ったままの者の数はなかなか減らないのだった。

「魔王ってさ、ダンジョンの奥深くでどっしり構えて待ってるもんだと思ってたんだけどなぁ」
「何を今更」
「何を今更、か。なんかそんな言葉が出てくるくらい長い付き合いになっちゃったな」
「そうかもねー」
「悪者退治してすぐに終わる話だと思ってたのに、実はアッキーやシュゴリンと因縁のあった相手で」
性質たちの悪いスペルキャスターだと思ってたら「魔王」だもんね」
「まあ、《勇者》がいるんだから、《魔王》がいてもおかしくはないんだけどさ」

 他のメンバーと少し距離をおいて、オーバーウォーカーことベイガーと、中央警備隊・後方攻撃部隊の火炎系魔術師フレイムキャスターのアッキーは地面に座り、壁に背中をついて気楽な感じで話をしていた。
 勇者隊用に都合してもらったコーヒーを飲みながら、一時の休憩中だ。

 風系のスペルキャスターのミイレーク、治癒と防御系のスペルキャスターのディアッル、剣士のヤマキンの三人は、周りを警戒しつつ、立ったままである。

「よしっ、じゃあそろそろ交代しよう。ミイレーク、コーヒーでもクッキーでもなんでも好きな物食べていいからね。食事くらいケチらないで英気を養おう」
「ありがとうございます。勇者オーバーウォーカー」

 ミイレークの相変わらずな丁寧な返事に、少し苦笑いをしながらも手を上げて答えるベイガー。
 毎回、わざわざ「ちゃんと食べろ」と言わないと、ミイレークは質素な食事で済ませようとするので、このやり取りが発生するのである。
 休む時は休む。食べる時は食べる。
 そうしなければ、いつ、魔王の急襲が来るか分からない緊張続きの探索を続けられないと、ベイガーは考えていた。
 まあ、ディアッルは食べ過ぎな気もするのだけど。
 本当、丁度いいとか、普通に、と言うのが一番難しいなと思う。

 そこら辺に関して、あの人は飄々と淡々と、肩の力は抜け過ぎなくらい抜いてて、遊びを入れながらやってたんだな、と思いだす。
 ただ、自分のことには無頓着なのに、その反面、周りにいる人のことは必要以上に心配するから、絶対に一人でいる方が気楽な人なんだとも思う。
 ダンジョンウォーカーなんて呼ばれて、スタンピードから街を救って、実質的にサイクロプスを倒したのも彼だったと言うし、イナワシロのダンジョンブレイクまでやってのけた。
《勇者》という職業クラススキルは僕のものだけど、「勇者」や「英雄」という称号は彼にこそ相応しいんだろうなと、改めて考えてみれば、僕でもそう思う。
 でも、一気にレベルアップさせてもらって彼に追いついた……いや、彼を追い越した彼より強くなったと思った僕は勘違いをしてしまっていた。
 そして、誰も僕の方を向いてくれない事に怒りを覚え、彼に嫉妬してしまった。
 実力の評価や名声は、自分で自分に対して行うものじゃないのだと言うことがようやっと分かった。
 そういうものに無頓着な彼が、周りから信頼を得ていく姿を、僕は見ていたはずなのに……

「ベイガー油断しすぎだっちゅーのよっ!」

「ボオッ!」と音を立てて炎の矢がベイガーの後ろから、彼の右腕のそばを通り過ぎ、彼の正面に現れたブラックオクタママンキーにタタタタタッと突き刺さり、そして大きく燃え上がった。
 アッキーの《ファイアアロー3》だ。
 幾本もの炎の矢が一匹の体中に突き刺さって、燃えだした猿型の魔物がよろめいた所に、ベイガーの大剣がとどめを刺す。
 アッキーの声に我に返ったベイガーは、もはや無意識レベルで魔物を屠ったのだった。

「あー……あれだ。僕、ちゃんと気がついてたよ?」

 そう言いながら、吹き出してくる汗に焦りつつも、まだ潜んでいた残りのブラックオクタママンキー四匹を一気に片付けた。

「へ~、そうなんだあ? ベイガーちゃんはごめんなさいも言えないのね~?」

 更に吹き出してくる汗を感じて、ベイガーは「ごめんなさい」と謝ることにしたのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

公爵令嬢アナスタシアの華麗なる鉄槌

招杜羅147
ファンタジー
「婚約は破棄だ!」 毒殺容疑の冤罪で、婚約者の手によって投獄された公爵令嬢・アナスタシア。 彼女は獄中死し、それによって3年前に巻き戻る。 そして…。

【完結】義妹とやらが現れましたが認めません。〜断罪劇の次世代たち〜

福田 杜季
ファンタジー
侯爵令嬢のセシリアのもとに、ある日突然、義妹だという少女が現れた。 彼女はメリル。父親の友人であった彼女の父が不幸に見舞われ、親族に虐げられていたところを父が引き取ったらしい。 だがこの女、セシリアの父に欲しいものを買わせまくったり、人の婚約者に媚を打ったり、夜会で非常識な言動をくり返して顰蹙を買ったりと、どうしようもない。 「お義姉さま!」           . . 「姉などと呼ばないでください、メリルさん」 しかし、今はまだ辛抱のとき。 セシリアは来たるべき時へ向け、画策する。 ──これは、20年前の断罪劇の続き。 喜劇がくり返されたとき、いま一度鉄槌は振り下ろされるのだ。 ※ご指摘を受けて題名を変更しました。作者の見通しが甘くてご迷惑をおかけいたします。 旧題『義妹ができましたが大嫌いです。〜断罪劇の次世代たち〜』 ※初投稿です。話に粗やご都合主義的な部分があるかもしれません。生あたたかい目で見守ってください。 ※本編完結済みで、毎日1話ずつ投稿していきます。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

婚約破棄をされた悪役令嬢は、すべてを見捨てることにした

アルト
ファンタジー
今から七年前。 婚約者である王太子の都合により、ありもしない罪を着せられ、国外追放に処された一人の令嬢がいた。偽りの悪業の経歴を押し付けられ、人里に彼女の居場所はどこにもなかった。 そして彼女は、『魔の森』と呼ばれる魔窟へと足を踏み入れる。 そして現在。 『魔の森』に住まうとある女性を訪ねてとある集団が彼女の勧誘にと向かっていた。 彼らの正体は女神からの神託を受け、結成された魔王討伐パーティー。神託により指名された最後の一人の勧誘にと足を運んでいたのだが——。

召喚アラサー女~ 自由に生きています!

マツユキ
ファンタジー
異世界に召喚された海藤美奈子32才。召喚されたものの、牢屋行きとなってしまう。 牢から出た美奈子は、冒険者となる。助け、助けられながら信頼できる仲間を得て行く美奈子。地球で大好きだった事もしつつ、異世界でも自由に生きる美奈子 信頼できる仲間と共に、異世界で奮闘する。 初めは一人だった美奈子のの周りには、いつの間にか仲間が集まって行き、家が村に、村が街にとどんどんと大きくなっていくのだった *** 異世界でも元の世界で出来ていた事をやっています。苦手、または気に入らないと言うかたは読まれない方が良いかと思います かなりの無茶振りと、作者の妄想で出来たあり得ない魔法や設定が出てきます。こちらも抵抗のある方は読まれない方が良いかと思います

側妃に追放された王太子

基本二度寝
ファンタジー
「王が倒れた今、私が王の代理を務めます」 正妃は数年前になくなり、側妃の女が現在正妃の代わりを務めていた。 そして、国王が体調不良で倒れた今、側妃は貴族を集めて宣言した。 王の代理が側妃など異例の出来事だ。 「手始めに、正妃の息子、現王太子の婚約破棄と身分の剥奪を命じます」 王太子は息を吐いた。 「それが国のためなら」 貴族も大臣も側妃の手が及んでいる。 無駄に抵抗するよりも、王太子はそれに従うことにした。

【完結】間違えたなら謝ってよね! ~悔しいので羨ましがられるほど幸せになります~

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
「こんな役立たずは要らん! 捨ててこい!!」  何が起きたのか分からず、茫然とする。要らない? 捨てる? きょとんとしたまま捨てられた私は、なぜか幼くなっていた。ハイキングに行って少し道に迷っただけなのに?  後に聖女召喚で間違われたと知るが、だったら責任取って育てるなり、元に戻すなりしてよ! 謝罪のひとつもないのは、納得できない!!  負けん気の強いサラは、見返すために幸せになることを誓う。途端に幸せが舞い込み続けて? いつも笑顔のサラの周りには、聖獣達が集った。  やっぱり聖女だから戻ってくれ? 絶対にお断りします(*´艸`*) 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2022/06/22……完結 2022/03/26……アルファポリス、HOT女性向け 11位 2022/03/19……小説家になろう、異世界転生/転移(ファンタジー)日間 26位 2022/03/18……エブリスタ、トレンド(ファンタジー)1位

処理中です...