上 下
164 / 181
アブクマのウォーカーズ

7 紫色の超巨大トレント 1

しおりを挟む
 マッピングをしながら進むこと四日目。
 俺たちはとうとう、未開放の階層渡りの扉がある空洞を発見した。
 だが、強行軍に次ぐ強行軍だったためか、女性陣には暫くの休養が必要そうだ。
 途中で見つけた安全地帯セーフティスポットまで戻り、半日ほど休むことにした。

 そこで、一応、念の為に「先に一人で挑戦してみてもいいか」と聞いてみたのだが、結果は「ダメに決まってる」という返事だった。

「それはダメに決まってるわよ。あなた死にたいの?」
「ブンちゃん違う」
「え?」
「うん。私が言った「ダメ」もそういう「ダメ」じゃないんだよね。たぶんマヨイちゃんと同じ」
「え?」

「コイルはたぶん、一人でトレントを倒せちゃうから……だから一人で行かせられないんだよ」

「……冗談でしょう? 冗談よね?」

 俺の顔と、ヌーコ、マヨイの顔をキョロキョロと二度三度と見るソウブンゼに、俺は特に答えることはなかった。
 だって、見たこともないのに倒せるかどうかなんて分からなかったから。



「じゃあ、1番気を付けなきゃならないのは、盾さえも切断するって言うムチってことで」
「見切り禁止」
「分かってるって。最初は大き目に回避するよ」
「腕とかでわざと受けてみるのもなしだよ?」
「……分かってるって」
「「今のは!?」」
「いや、分かってるって。威力を見極めるのが先だから」
(絶対分かってないね)
(うん)

 難しい顔つきで、でもどこか呆れた顔で頷き合うマヨイとヌーコを見て、ソウブンゼは更に呆れた顔をする。
 私から見れば、コイルだけじゃなくて、あなたたち二人の緊張感のなさも心配だわ。
 肩の力が抜けてる、と言えば見栄えは良いのかもしれないけど……神剣が再挑戦を諦めた相手と戦うって時に……まったく頼もしい限りだわ。

 ソウブンゼは25階層での巨大トレントとの戦いを思い出して、少しだけ身震いした。
 三人にも話したことだが、攻撃の手数、威力もさることながら、その耐久力、生命力もずば抜けていてとにかく時間がかかるのだ。
 おそらく、自動回復の力もあるだろう。
 だが、コイルの持久力や防御力が、それを超えている可能性が高いことも理解している。
 コイルが崩れる可能性があるとすれば、私たち……いや、マヨイかヌーコが致命的なダメージを受けて、コイルの気が逸れてしまった時だろう。
 だから、私たちは最初は後方でトレントの攻撃に慣れるところから始める。
 コイルだけが前に出て、葉っぱカッターに耐えられるかどうか、葉っぱの攻撃を受けながら枝や根、煙玉を避けられるかどうか、それを確認してもらう。
 つまり、結局はコイルにおんぶに抱っこしてもらうことになるのだが、それでもいざという時には私たちがコイルを救出できるかも知れないのだから、私たちが一緒に戦いに参加する意味はあると思っている。

 コイルと、そしてソウブンゼの考えた作戦は、奇しくも神剣のヒグティが行った作戦と同じような内容になっていた。
 複数の前衛で攻撃を分散させるのではなく、能力の高い一人が前に出て、残りは後方支援に徹するというものだ。
 勿論、違いはある。
 こちらには後衛を守る盾士はいないし、《ウインドシールド》が使える者もいない。

 ただ、その代わりに、後衛の三人が三人とも、敵の攻撃を避けられるだけの敏捷性を持っていて、なおかつ、そのうちの二人は遠距離攻撃が得意なのだ。
 同じ作戦のようでいて、違う戦いが始まったのである。



 怨嗟の声が空洞内に響き渡り、数え切れないほどの悲壮な顔から煙が吐き出される。
 コイルは《ファイアウォール》を自身とトレントの周囲に展開し、葉っぱカッターを燃やして近付けないようにしながら戦っていた。
 トレントの幹周りは20メートル以上あるため、それを完全に取り囲むことはできていないのだが。
 とりあえず、葉っぱについては横からの攻撃と足元への攻撃が防げている状況だ。
 また、トレントが葉っぱカッターを出す手順的に、真上から降らせるのは難しいらしく、つまり、葉っぱはほぼほぼ無視できていた。

 その分、炎の壁を断ち切るように振るわれる枝の鞭や、足元からの根の槍、そして吐き出される粘着質な煙玉を、自らが創り出した狭い炎の闘技場で回避する必要があった。
 だが、かなりの密度の攻撃ではあるのだが、枝はメイスで叩き落とし破裂させ、根は踏み付け蹴飛ばしていた。
 いくつかの煙玉は体に付着していたが、すぐに《浄化》の効果で消し去ることが出来ていた。

 実は、後方支援組の方が、葉っぱカッターの対応に苦戦していた。
 コイルが枝の鞭を躱しざまにメイスで叩き落としてからは、マヨイも刀を壁際に置いて、ウエストポーチからメイスを取り出して同じように応戦していた。

 ヌーコはマヨイよりも更に後ろ、トレントの攻撃がほぼ届かない壁際から小さなクロスボウで魔法の矢を放っていた。
 狙いは幹にある顔だ。
 あとは時々大き目の葉っぱが飛んでくるので、それを確実に回避していた。
 少しでも前に出ると枝の鞭が届いてしまうので、その点だけ注意して立ち回っている。
 二度ほど腹に鞭の攻撃を受けてしまい、腹が少し斬られてしまっていたが、それは回復石の効果で治せていた。

 ソウブンゼは壁際をぐるっと走り、トレントの背後を取ってみたり、安全地帯セーフティスポットがないか探してみたが、この紫色の巨大な樹の化け物には、幹に360度顔が張り付いており、死角など無いのだということを理解し、それを仲間に伝えていた。
 彼女自身、コイルの立ち回りを見て、自分も少しは前に出て撹乱の手伝いくらいはできるんじゃないかと考えた口だ。
 だが、マヨイがいるのと同じくらいの位置まで進んでみて、その考えは浅はかだったのだと理解した。
 マヨイもまた、コイルに負けず劣らずの化け物だったのだ。

 コイルから貰った貴重な回復石の効果が発動しても、枝の鞭によって切り離されてしまった自分の左足がくっつけられないのを見て、ソウブンゼは、最後は頼もしい仲間の姿を目に焼き付けて逝こうと決めたのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

公爵令嬢アナスタシアの華麗なる鉄槌

招杜羅147
ファンタジー
「婚約は破棄だ!」 毒殺容疑の冤罪で、婚約者の手によって投獄された公爵令嬢・アナスタシア。 彼女は獄中死し、それによって3年前に巻き戻る。 そして…。

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

婚約破棄をされた悪役令嬢は、すべてを見捨てることにした

アルト
ファンタジー
今から七年前。 婚約者である王太子の都合により、ありもしない罪を着せられ、国外追放に処された一人の令嬢がいた。偽りの悪業の経歴を押し付けられ、人里に彼女の居場所はどこにもなかった。 そして彼女は、『魔の森』と呼ばれる魔窟へと足を踏み入れる。 そして現在。 『魔の森』に住まうとある女性を訪ねてとある集団が彼女の勧誘にと向かっていた。 彼らの正体は女神からの神託を受け、結成された魔王討伐パーティー。神託により指名された最後の一人の勧誘にと足を運んでいたのだが——。

【完結】間違えたなら謝ってよね! ~悔しいので羨ましがられるほど幸せになります~

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
「こんな役立たずは要らん! 捨ててこい!!」  何が起きたのか分からず、茫然とする。要らない? 捨てる? きょとんとしたまま捨てられた私は、なぜか幼くなっていた。ハイキングに行って少し道に迷っただけなのに?  後に聖女召喚で間違われたと知るが、だったら責任取って育てるなり、元に戻すなりしてよ! 謝罪のひとつもないのは、納得できない!!  負けん気の強いサラは、見返すために幸せになることを誓う。途端に幸せが舞い込み続けて? いつも笑顔のサラの周りには、聖獣達が集った。  やっぱり聖女だから戻ってくれ? 絶対にお断りします(*´艸`*) 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2022/06/22……完結 2022/03/26……アルファポリス、HOT女性向け 11位 2022/03/19……小説家になろう、異世界転生/転移(ファンタジー)日間 26位 2022/03/18……エブリスタ、トレンド(ファンタジー)1位

【完結】彼女以外、みんな思い出す。

❄️冬は つとめて
ファンタジー
R15をつける事にしました。 幼い頃からの婚約者、この国の第二王子に婚約破棄を告げられ。あらぬ冤罪を突きつけられたリフィル。この場所に誰も助けてくれるものはいない。

大好きな母と縁を切りました。

むう子
ファンタジー
7歳までは家族円満愛情たっぷりの幸せな家庭で育ったナーシャ。 領地争いで父が戦死。 それを聞いたお母様は寝込み支えてくれたカルノス・シャンドラに親子共々心を開き再婚。 けれど妹が生まれて義父からの虐待を受けることに。 毎日母を想い部屋に閉じこもるナーシャに2年後の政略結婚が決定した。 けれどこの婚約はとても酷いものだった。 そんな時、ナーシャの生まれる前に亡くなった父方のおばあさまと契約していた精霊と出会う。 そこで今までずっと近くに居てくれたメイドの裏切りを知り……

ざまあ~が終ったその後で BY王子 (俺たちの戦いはこれからだ)

mizumori
ファンタジー
転移したのはざまあ~された後にあぽ~んした王子のなか、神様ひどくない「君が気の毒だから」って転移させてくれたんだよね、今の俺も気の毒だと思う。どうせなら村人Aがよかったよ。 王子はこの世界でどのようにして幸せを掴むのか? 元28歳、財閥の御曹司の古代と中世の入り混じった異世界での物語り。 これはピカレスク小説、主人公が悪漢です。苦手な方はご注意ください。

「クズスキルの偽者は必要無い!」と公爵家を追放されたので、かけがえのない仲間と共に最高の国を作ります

古河夜空
ファンタジー
「お前をルートベルク公爵家から追放する――」それはあまりにも突然の出来事だった。 一五歳の誕生日を明日に控えたレオンは、公爵家を追放されてしまう。魔を制する者“神託の御子”と期待されていた、ルートベルク公爵の息子レオンだったが、『継承』という役立たずのスキルしか得ることができず、神託の御子としての片鱗を示すことが出来なかったため追放されてしまう。 一人、逃げる様に王都を出て行くレオンだが、公爵家の汚点たる彼を亡き者にしようとする、ルートベルク公爵の魔の手が迫っていた。「絶対に生き延びてやる……ッ!」レオンは己の力を全て使い、知恵を絞り、公爵の魔の手から逃れんがために走る。生き延びるため、公爵達を見返すため、自分を信じてくれる者のため。 どれだけ窮地に立たされようとも、秘めた想いを曲げない少年の周りには、人、エルフ、ドワーフ、そして魔族、種族の垣根を越えたかけがえの無い仲間達が集い―― これは、追放された少年が最高の国を作りあげる物語。 ※他サイト様でも掲載しております。

処理中です...