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スタンピード

17 防衛戦の結末

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「はぁ、はぁ、はぁ……おいおい……はぁ、はぁ、っく。あいつは化け物かよ」
「だな。さっきから後ろっから見てたけどよ。あいつ、鼻歌でも歌ってる感じでバカスカ魔物を破裂させてってんだよ。全然ペースが落ちやしねぇ」
「ふぅーー。あたしもまた精神力切れだよ。でもまあ、あの子らがいれば少しくらい休んでても大丈夫そうだね。チャッキー、マジポはまだ残ってる?」
「ああ、まだ5本はあるぜ。ったく、これが終わったら管理局に請求しねぇとな」

 魔物の討伐数が3千を越えた頃、いくつかのパーティーの前衛や魔法系術師の疲労がピークに達していた。
 パーティーによっては精神力を回復させるマジックポーションが既に無くなっていたし、レベル30超えの戦士であっても永遠に戦い続ける事はできないのだ。

 普通はこんなものなのだ。
 ダンジョンでこんなに連続して戦い続けることはないのだから。

 だが、体力度に極振り気味のコイルは違った。
 まだまだ全然元気なのである。
 健脚家が1、2時間歩いたところでたいして疲れないのと同じで、1、2時間魔物と戦い続けたところで尽きるほど低い持久力ではないのだ。

「くっそがあ! はぁ、はぁ、はぁ」
「マスター、一度下がって休んでください。その間は我々が抑えます!」

 何体目か分からないホブゴブリンを袈裟掛けに両断し、疲労からくる目眩と息切れで、流石の神剣のギルドマスター・ヒグティでも後ろに下がらざるを得なかった。

「なんなんだあいつはっ、はぁ、はぁ、はぁ」

 ヒグティのいうあいつとは、コイルのことである。
 昨夜のキレたコイルを止めて見せて、やはり自分の方が上だと自分にも周りにも知らしめたのだが、ここではコイルの方に軍配が上がったと言わざるを得ない。

 確かあいつはギルドを出てった欠損治癒カリカリの元パーティーメンバーだったはずだ。
 ダンジョンですれ違えば俺らに道を開けるような情けないヤツらの内の一人だったろうに。
 《武闘家》か?
 《暗殺者》か?
 なんのクラススキルを持ってやがる?
 いや、何にしてもあの体力だ。
 そしてあの硬さだ。

 ヒグティは気付いていた。
 昨夜の攻防で自分の《魔法剣士》専用スキル《魔剣・影刃》がコイルに当たっていたにも関わらずダメージを与えられていなかったことに。

 だから気になっていた。
 今日の戦いが始まってからずっと、ヒグティは常にコイルの動きを気にしていたのだ。

 洗練されてるようでそうでもない、一見普通のゆったりとした動きの中で魔物を屠っていく姿を見て、その技術を凄いと思うこと自体を悔しいと思った。

 いくつかの攻撃は当たっているはずなのに、まったくダメージを受けていないかのように動き続ける姿を見て恐ろしいと思った。

 そして、あいつを密かにフォローしてる二人の少女の動きが気になった。
 あいつが二人を信頼しているのがよく分かる動きだ。
 カバーし合い、最小限の動きで戦っている。
 そして驚くべきことに、あの二人の少女は戦いの中でちょくちょく休んでいるのだ。

 俺と戦える、俺を殺せるレベルの人間がアブクマにいる。

 これは過去の亡霊の声を常に聞き続けているヒグティにとって恐れるべきことであった。

 あいつに負けてはいけない。
 自分の方が上だと示さなければならない。

「ピゼリア、ナマポを!」
「ナマポじゃ疲れはほとんど回復できません」
「いい、少しでも回復できるんなら飲む!」
「じゃあ私も!」
「いや、いい。ティリアリータは休んでてくれ。次の大きな波が来た時に前に出てほしい」
「わ、わかりました!」

 ティリアリータはヒグティからかけられた言葉に驚きながら、しかし、胸が弾む思いで返事をしていた。

「B班、右方向を頼む! ピゼリアとティリアリータの方に魔物を行かせるな!」
「「「「「はい!」」」」」
「ただ無理はするなよ! 疲れたら言え! お前らが回復するまでは俺が守ってやる!」

「「「「「は、はい!」」」」」

 ヒグティが他のメンバーを気にかけることは少ない。
 特にB班には。
 そのヒグティからの「守ってやる」という言葉に全員が驚き、返事が吃ってしまった。
 そして、ティリアリータと同様に、喜びと共に不思議な高揚感を感じたのだった。

「やるぞ!」
「「「「はい!」」」」

 B班のチーフによって再度の気合が入れられた。

 ヒグティがコイルに抱いた危機感が、それにより自分、さらにはギルドをより高めなければという無意識から出た言葉が、今、『神剣に選ばれし者』を変えようとしていた。



「5千匹討伐完了!」

 管理局員の声が響き渡った。
 このタイミングをもって、全員がこの広場から街とは別の方向に散開することが第一陣の作戦であった。

 魔物はアブクマダンジョン街を目指している。
 目の前を逃げる人間が脇道を逸れれば追いかけてくることはない。
 これらは既に斥候部隊が確認済みのことだった。
 そして、この情報ありきで第一陣、第二陣、そして北西門での防衛戦を想定していた。

 だが、想定外のことがあった。
 それは魔法の威力不足だ。
 実は魔法の効果範囲が足りないことは最初から分かっていた。
 それでも管理局、警備隊側の魔法を順番に発動させていくだけで千や2千は倒せると考えていたのだ。
 その計算は最初の百体程度の魔物相手の時点で狂ってしまった。
 すぐに接近戦、つまり乱戦に入ってしまったからだ。

 だがしかし、良い方に想定外の事態も発生していた。
 それは探索者たちが想像以上に強かったということだった。
 いくつかのパーティーは、パーティー同士で連携して交代で休憩しながら戦い続けてくれていた。
 神剣も流石の働きを見せてくれている。
 そして飄々と戦い続けているあの三人組……ジュガガンが「ここで殲滅できちまうんじゃねえかと思うぜ?」と嘯いていたが、彼らを見ていると、なんとなくだが、それが実現できてしまいそうに思ってしまえるのだった。

「……各探索者たちに確認してきてくれ。目標は達したがまだイケるか? と」
「「「「「はっ!」」」」」

 その結果、戦いは継続されることが決定されたのであった。

 そもそも、適当に生きているようでいて、実は自尊心の高い高レベル探索者に「できるか?」と聞いたのならば、余程の危険と不利が無い限り「できる」と答えるに決まっているのだ。
 そして、今の彼らには戦場を飄々と歩きながら敵を倒し続けている不思議な新人たちがいるのだ。
 先輩として負けてはいられない、という思いと共に、それに相反する、あいつらがいれば大丈夫そうだという不思議な安心感により、彼らの返事は全員が全員、「イケる!」だったのである。

 そして、その後も大きな山場危険は訪れることなく、防衛の第一陣の93人は、誰一人欠けることなく、1万の魔物の軍勢を見事に殲滅させることに成功したのだった。
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