プレーヤープレイヤー

もずく

文字の大きさ
上 下
44 / 118

ラブコール

しおりを挟む
 魂が抜けるとはこういう事を言うのか。

 そんな言葉が思い浮かんだ頃、僕はようやっと現実に帰ってくることができたんだと思う。
 ミツキが馬車に乗って行ってから丸三日の間、僕はダルダロイの街の宿で、ただただボーッとしていた。
 三日と言う時間が、ミツキに対する僕の気持ちとして多いのか少ないのかは判断が難しいところだ。
 ただ、いつまでも腑抜けている訳にもいかない。僕はまだミツキよりレベルが低いし、彼女がいつか帰ってきた時に、どうどうと迎え入れられるようになっておきたい。

 僕はさっそく、ワニとの戦いの記憶を色々な視点で再生していったのだった。
 ワニとの戦いで、僕のレベルは二五になっていたんだけど、《再生機》で再生を繰り返した事で二八レベルまで上げることができた。
 ミツキはワニとの戦いで二九レベルになっていたから、僕はまだミツキよりも弱い。
 ただ、ワニとの戦いは戦闘時間が短かったから得るものが少ないんだよね。戦ったメンバーも(スキルを)知ってる人ばかりだったし、何種類ものスキルを使う時間もなかったし。

 だから僕は、トラとの戦いを何回も再生する事にした。ただ、他の人の視点で動く時はいいんだけど、自分自身の視点で再生するのがちょっと難しかった。
 その時の僕は今よりもレベルが低くて、スピードも剣速も、攻撃を躱す動きもいまいちだ。判断力も今ならしないようなミスやタイムラグがあったりして、自分自身の動きの再生なのに、自分の思ってるように動けないという感覚は気持ちの悪いものだった。
 それが原因かは分からないけど、結果的に古い記憶ではそれほど経験を手に入れることはできないようだった。
 つまり、新しいスキルも手に入らなかったし、レベルも上がらなかった。
 ただ、サナムさん達タンカーの動きや考えを改めて体験できたのはよかった。
 今後、タンカーと組む事があるか分からないけど、その時にはいい連携をできそうな気がする。

 朝になって、僕は宿を精算して外に出た。
 この時間帯は外街の人達の為の時間だ。普通のお店が開いていて、探索者や金持ち向けの店はほとんど閉まっている。
 僕はいくつかの店でバックパックいっぱいに食料や料理道具を買い込んでは、《気配消し》を使って路地裏などの人気の無い所に移動しては、《料理人》スキルで別空間にそれらをしまうということを数回繰り返した。
 それから、屋台でジュースや肉の串焼きやパンを楽しんだ。そのせいで昼飯は食べる気にならなくて、少し早いけどメールスフィアに戻る事にしたんだ。

 遅くなってしまったけど、一応、ミツキがイースタールに向けて出発した事を、ギルマスには伝えておこうかなと思ってギルドに立ち寄ったら、ちょっと面倒なことになった。
 パーティーに入れてやる、パーティーに入ってくれ、次のレイド戦に一緒に参加してくれ、赤虎の爪剣を売ってくれ、などなどの暑苦しい言葉のオンパレードが鳴り響いたんだ。
 この間の二つ名騒ぎもそうだけど、手のひら返しのお手本を見ていると、また人を信じられなくなりそうだ。
 結局、サブマスのゴードンさんが一喝してくれるまで、僕は身動きができない程人に囲まれてしまっていた。
 ギルドに来る時は、次からは《気配消し》を使おうかなぁ。ちなみに、《気配消し》はこのゴードンさんから学んだ・・・ものだったりする。

「そうか。ミツキ殿は出発したか」
「はい……あの、色々とありがとうございました」
「んん? 私は君にお礼を言われるような事はしてないよ?」
「そうなんですが……ミツキの目的がこんなに早く達成できたのはギルマスのおかげですから。その、パーティーの仲間としてのお礼の言葉です」
「パーティーの仲間として、ね。うん、分かったよ。どういたしましてと応えておくことにする」
 そう言って、何もかもお見通しのような笑顔をするギルマスを見て、こういうかっこいい大人になりたいものだと思った。

「ところで、ソルト君はこれからどうするつもりなんだい」
「これから?」
「色んな所からラブコールが来てるだろう?」
「ああ……」
 僕がげんなりした顔をすると、ギルマスは「ははは」と笑った。
「どこかのパーティーに入るつもりはないのか?」
 そう聞いてきたのはサブマスだ。
「まだ考えてませんでした。サナムさん達とレイドモンスターを待ちながら、レベル上げするのもいいかなと思ってたんですけど」
「ああ、ソルト君のおかげで、しばらくは北西エリアは混むだろうね」
「そんな雰囲気ですよね」
「だな。まあ、ギルドとしてはありがたい話だが」

 レイドモンスターを放置すると、迷宮内の魔物が活性化するらしく、それを防ぐ為にサナムさんは北西エリアで番をしてるんだそうだ。レイドモンスターとの戦いは、いいタンカーがいないと全滅する可能性が高まるから、と言うのが番の理由らしい。
 今回、連続してハイレアドロップがあった事と、そのおかげで無名の探索者ソルトが一気に強く、有名になったことで、ゴーレム狩りよりもレイド戦の方にもかなりの旨味がある事を再認識させる事ができたようだと、ギルマスとサブマスが話してくれた。
 そこまで見越して、僕にワニの首落としを依頼したんだろうか。
 したんだろうな。

 まったくもって格好いいおじさん達だよね。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

もう、いいのです。

千 遊雲
恋愛
婚約者の王子殿下に、好かれていないと分かっていました。 けれど、嫌われていても構わない。そう思い、放置していた私が悪かったのでしょうか?

愚かな父にサヨナラと《完結》

アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」 父の言葉は最後の一線を越えてしまった。 その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・ 悲劇の本当の始まりはもっと昔から。 言えることはただひとつ 私の幸せに貴方はいりません ✈他社にも同時公開

愛していました。待っていました。でもさようなら。

彩柚月
ファンタジー
魔の森を挟んだ先の大きい街に出稼ぎに行った夫。待てども待てども帰らない夫を探しに妻は魔の森に脚を踏み入れた。 やっと辿り着いた先で見たあなたは、幸せそうでした。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話

ラララキヲ
恋愛
 長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。  初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。  しかし寝室に居た妻は……  希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──  一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……── <【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました> ◇テンプレ浮気クソ男女。 ◇軽い触れ合い表現があるのでR15に ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾は察して下さい… ◇なろうにも上げてます。 ※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

(完結)私より妹を優先する夫

青空一夏
恋愛
私はキャロル・トゥー。トゥー伯爵との間に3歳の娘がいる。私達は愛し合っていたし、子煩悩の夫とはずっと幸せが続く、そう思っていた。 ところが、夫の妹が離婚して同じく3歳の息子を連れて出戻ってきてから夫は変わってしまった。 ショートショートですが、途中タグの追加や変更がある場合があります。

ヒューストン家の惨劇とその後の顛末

よもぎ
恋愛
照れ隠しで婚約者を罵倒しまくるクソ野郎が実際結婚までいった、その後のお話。

処理中です...