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ラブコール
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魂が抜けるとはこういう事を言うのか。
そんな言葉が思い浮かんだ頃、僕はようやっと現実に帰ってくることができたんだと思う。
ミツキが馬車に乗って行ってから丸三日の間、僕はダルダロイの街の宿で、ただただボーッとしていた。
三日と言う時間が、ミツキに対する僕の気持ちとして多いのか少ないのかは判断が難しいところだ。
ただ、いつまでも腑抜けている訳にもいかない。僕はまだミツキよりレベルが低いし、彼女がいつか帰ってきた時に、どうどうと迎え入れられるようになっておきたい。
僕はさっそく、ワニとの戦いの記憶を色々な視点で再生していったのだった。
ワニとの戦いで、僕のレベルは二五になっていたんだけど、《再生機》で再生を繰り返した事で二八レベルまで上げることができた。
ミツキはワニとの戦いで二九レベルになっていたから、僕はまだミツキよりも弱い。
ただ、ワニとの戦いは戦闘時間が短かったから得るものが少ないんだよね。戦ったメンバーも(スキルを)知ってる人ばかりだったし、何種類ものスキルを使う時間もなかったし。
だから僕は、トラとの戦いを何回も再生する事にした。ただ、他の人の視点で動く時はいいんだけど、自分自身の視点で再生するのがちょっと難しかった。
その時の僕は今よりもレベルが低くて、スピードも剣速も、攻撃を躱す動きもいまいちだ。判断力も今ならしないようなミスやタイムラグがあったりして、自分自身の動きの再生なのに、自分の思ってるように動けないという感覚は気持ちの悪いものだった。
それが原因かは分からないけど、結果的に古い記憶ではそれほど経験を手に入れることはできないようだった。
つまり、新しいスキルも手に入らなかったし、レベルも上がらなかった。
ただ、サナムさん達タンカーの動きや考えを改めて体験できたのはよかった。
今後、タンカーと組む事があるか分からないけど、その時にはいい連携をできそうな気がする。
朝になって、僕は宿を精算して外に出た。
この時間帯は外街の人達の為の時間だ。普通のお店が開いていて、探索者や金持ち向けの店はほとんど閉まっている。
僕はいくつかの店でバックパックいっぱいに食料や料理道具を買い込んでは、《気配消し》を使って路地裏などの人気の無い所に移動しては、《料理人》スキルで別空間にそれらをしまうということを数回繰り返した。
それから、屋台でジュースや肉の串焼きやパンを楽しんだ。そのせいで昼飯は食べる気にならなくて、少し早いけどメールスフィアに戻る事にしたんだ。
遅くなってしまったけど、一応、ミツキがイースタールに向けて出発した事を、ギルマスには伝えておこうかなと思ってギルドに立ち寄ったら、ちょっと面倒なことになった。
パーティーに入れてやる、パーティーに入ってくれ、次のレイド戦に一緒に参加してくれ、赤虎の爪剣を売ってくれ、などなどの暑苦しい言葉のオンパレードが鳴り響いたんだ。
この間の二つ名騒ぎもそうだけど、手のひら返しのお手本を見ていると、また人を信じられなくなりそうだ。
結局、サブマスのゴードンさんが一喝してくれるまで、僕は身動きができない程人に囲まれてしまっていた。
ギルドに来る時は、次からは《気配消し》を使おうかなぁ。ちなみに、《気配消し》はこのゴードンさんから学んだものだったりする。
「そうか。ミツキ殿は出発したか」
「はい……あの、色々とありがとうございました」
「んん? 私は君にお礼を言われるような事はしてないよ?」
「そうなんですが……ミツキの目的がこんなに早く達成できたのはギルマスのおかげですから。その、パーティーの仲間としてのお礼の言葉です」
「パーティーの仲間として、ね。うん、分かったよ。どういたしましてと応えておくことにする」
そう言って、何もかもお見通しのような笑顔をするギルマスを見て、こういうかっこいい大人になりたいものだと思った。
「ところで、ソルト君はこれからどうするつもりなんだい」
「これから?」
「色んな所からラブコールが来てるだろう?」
「ああ……」
僕がげんなりした顔をすると、ギルマスは「ははは」と笑った。
「どこかのパーティーに入るつもりはないのか?」
そう聞いてきたのはサブマスだ。
「まだ考えてませんでした。サナムさん達とレイドモンスターを待ちながら、レベル上げするのもいいかなと思ってたんですけど」
「ああ、ソルト君のおかげで、しばらくは北西エリアは混むだろうね」
「そんな雰囲気ですよね」
「だな。まあ、ギルドとしてはありがたい話だが」
レイドモンスターを放置すると、迷宮内の魔物が活性化するらしく、それを防ぐ為にサナムさんは北西エリアで番をしてるんだそうだ。レイドモンスターとの戦いは、いいタンカーがいないと全滅する可能性が高まるから、と言うのが番の理由らしい。
今回、連続してハイレアドロップがあった事と、そのおかげで無名の探索者が一気に強く、有名になったことで、ゴーレム狩りよりもレイド戦の方にもかなりの旨味がある事を再認識させる事ができたようだと、ギルマスとサブマスが話してくれた。
そこまで見越して、僕にワニの首落としを依頼したんだろうか。
したんだろうな。
まったくもって格好いいおじさん達だよね。
そんな言葉が思い浮かんだ頃、僕はようやっと現実に帰ってくることができたんだと思う。
ミツキが馬車に乗って行ってから丸三日の間、僕はダルダロイの街の宿で、ただただボーッとしていた。
三日と言う時間が、ミツキに対する僕の気持ちとして多いのか少ないのかは判断が難しいところだ。
ただ、いつまでも腑抜けている訳にもいかない。僕はまだミツキよりレベルが低いし、彼女がいつか帰ってきた時に、どうどうと迎え入れられるようになっておきたい。
僕はさっそく、ワニとの戦いの記憶を色々な視点で再生していったのだった。
ワニとの戦いで、僕のレベルは二五になっていたんだけど、《再生機》で再生を繰り返した事で二八レベルまで上げることができた。
ミツキはワニとの戦いで二九レベルになっていたから、僕はまだミツキよりも弱い。
ただ、ワニとの戦いは戦闘時間が短かったから得るものが少ないんだよね。戦ったメンバーも(スキルを)知ってる人ばかりだったし、何種類ものスキルを使う時間もなかったし。
だから僕は、トラとの戦いを何回も再生する事にした。ただ、他の人の視点で動く時はいいんだけど、自分自身の視点で再生するのがちょっと難しかった。
その時の僕は今よりもレベルが低くて、スピードも剣速も、攻撃を躱す動きもいまいちだ。判断力も今ならしないようなミスやタイムラグがあったりして、自分自身の動きの再生なのに、自分の思ってるように動けないという感覚は気持ちの悪いものだった。
それが原因かは分からないけど、結果的に古い記憶ではそれほど経験を手に入れることはできないようだった。
つまり、新しいスキルも手に入らなかったし、レベルも上がらなかった。
ただ、サナムさん達タンカーの動きや考えを改めて体験できたのはよかった。
今後、タンカーと組む事があるか分からないけど、その時にはいい連携をできそうな気がする。
朝になって、僕は宿を精算して外に出た。
この時間帯は外街の人達の為の時間だ。普通のお店が開いていて、探索者や金持ち向けの店はほとんど閉まっている。
僕はいくつかの店でバックパックいっぱいに食料や料理道具を買い込んでは、《気配消し》を使って路地裏などの人気の無い所に移動しては、《料理人》スキルで別空間にそれらをしまうということを数回繰り返した。
それから、屋台でジュースや肉の串焼きやパンを楽しんだ。そのせいで昼飯は食べる気にならなくて、少し早いけどメールスフィアに戻る事にしたんだ。
遅くなってしまったけど、一応、ミツキがイースタールに向けて出発した事を、ギルマスには伝えておこうかなと思ってギルドに立ち寄ったら、ちょっと面倒なことになった。
パーティーに入れてやる、パーティーに入ってくれ、次のレイド戦に一緒に参加してくれ、赤虎の爪剣を売ってくれ、などなどの暑苦しい言葉のオンパレードが鳴り響いたんだ。
この間の二つ名騒ぎもそうだけど、手のひら返しのお手本を見ていると、また人を信じられなくなりそうだ。
結局、サブマスのゴードンさんが一喝してくれるまで、僕は身動きができない程人に囲まれてしまっていた。
ギルドに来る時は、次からは《気配消し》を使おうかなぁ。ちなみに、《気配消し》はこのゴードンさんから学んだものだったりする。
「そうか。ミツキ殿は出発したか」
「はい……あの、色々とありがとうございました」
「んん? 私は君にお礼を言われるような事はしてないよ?」
「そうなんですが……ミツキの目的がこんなに早く達成できたのはギルマスのおかげですから。その、パーティーの仲間としてのお礼の言葉です」
「パーティーの仲間として、ね。うん、分かったよ。どういたしましてと応えておくことにする」
そう言って、何もかもお見通しのような笑顔をするギルマスを見て、こういうかっこいい大人になりたいものだと思った。
「ところで、ソルト君はこれからどうするつもりなんだい」
「これから?」
「色んな所からラブコールが来てるだろう?」
「ああ……」
僕がげんなりした顔をすると、ギルマスは「ははは」と笑った。
「どこかのパーティーに入るつもりはないのか?」
そう聞いてきたのはサブマスだ。
「まだ考えてませんでした。サナムさん達とレイドモンスターを待ちながら、レベル上げするのもいいかなと思ってたんですけど」
「ああ、ソルト君のおかげで、しばらくは北西エリアは混むだろうね」
「そんな雰囲気ですよね」
「だな。まあ、ギルドとしてはありがたい話だが」
レイドモンスターを放置すると、迷宮内の魔物が活性化するらしく、それを防ぐ為にサナムさんは北西エリアで番をしてるんだそうだ。レイドモンスターとの戦いは、いいタンカーがいないと全滅する可能性が高まるから、と言うのが番の理由らしい。
今回、連続してハイレアドロップがあった事と、そのおかげで無名の探索者が一気に強く、有名になったことで、ゴーレム狩りよりもレイド戦の方にもかなりの旨味がある事を再認識させる事ができたようだと、ギルマスとサブマスが話してくれた。
そこまで見越して、僕にワニの首落としを依頼したんだろうか。
したんだろうな。
まったくもって格好いいおじさん達だよね。
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