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O138

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 やばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばい。

 外に出ちまってたサイクロプスが殺られたらしい。
 くそっ!
 外が見れないのがこんなに歯痒いなんて。

「オサ、厶……どうす、る、の?」

 外で溢れ出た魔物の監督を任せてたサヤカが、息も絶え絶えに俺に問いかけてくる。
 こいつはハーピーという半人半鳥の魔物型のゴーレムだ。
 顔は別れた嫁に似せて造っていた。
 俺を残して消えていった、残念で憎たらしい女の顔が、苦しそうな声とは裏腹に無感情な表情で俺に語りかけてくる。
 むかつく。

 病気を隠したまま痩せ細っていった馬鹿な女の顔だ。

 ようやっとトルコに行く算段がついて、さあこれから想い出を作ろうって時に、「他に好きな男が出来た」って書き置きを残して消えてった女。
 お前が気球からの景色を見たいって言ったんだろうが!
 空港で待ちぼうけを喰らって、連絡がつかないお前を心配して家に帰ったら「他に好きな男が出来た」ってアホかよ。
 お前のものが全部持ち出されてガランとした部屋で、お前より馬鹿な俺は自棄になってよ。
 酒飲んで暴れて仕事行かないでいたら首になって。
 俺がもうそろそろ自殺するするか、って寸前になって自分の親を寄越してよ。顔を合わせたら泣きながら「ごめんなさい」って。
 アホかよ。
 バカかよ。

 まあ、それでお前が、本当に俺を残して逝っちまうまでお前に付き添った俺はもっと馬鹿なんだけどな。

「行くな……逝くなよ……」

 サヤカは、さらさらとした細かい粉になるように崩れて、そして紫色の煙になって消えていった。

「オサム様、どういたしますか? 我々も打って出ましょうか」

 カレンの目元は、完璧で冷酷そうな美麗さを邪魔するような、ちょっと抜けたような柔らかい目元のまま、淡々と恐ろしいことを口にする。
 俺はそのカレンの言葉に首を横に振ってイヤイヤをする。

「オサムは仕方ないなぁ。でも何もしなかったら駄目なんだよ?」

 懐かしい声と口調で、ユキが俺に甘えるように優しく注意する。
 それはまるで……自分で設定しておいて、その設定に撃たれまくる俺はやっぱり馬鹿なんだろうな、と思う。

 馬鹿ついでに、これ以上、馬鹿な俺の馬鹿な嫁だった女の面影を持つこいつらが戦うところなんか見たくなかった。
 死んでいく様なんか二度と見たくなかった。

 だから、俺は、俺が用意した10階層の炎のドラゴンを、残ってたポイントで強化して、あとは何が起ころうがカレンとユキの二人と一緒にダンマス部屋で過ごすことに決めた。




「マジか……」

 恐れるというよりも、呆れるという表現が合っている気がした。

 正直なところ、まだまだ時間は残されていると考えていた。

 各フロアのボスキャラたちはそれぞれ限界まで強化していたし、どのフロアも結構な数の魔物が歩き回っていたんだから。

 ただ、七人の人間……いや、人間じゃないな。こいつらは異常だ。変異種だ。人間の皮を被った化け物だ。

 その中でも女二人と男一人がやばい。
 もう、笑っちまうしかないくらいの強さで、俺の生み出した魔物を殺しまくっていく。
 飄々と口笛でも吹きそうな顔で歩く姿は、まるで公園を散歩するかのようだ。

 途中で七人のうちの四人が帰ってったあとがまた酷かった。
 今まで力をセーブしてたかのように散歩のペースを上げやがった。

 たった一日だ。

 サヤカが煙になってからまだ一日が経ったかどうかってくらいだ。
 こいつらはあれよあれよと言う間もなくフロアを突破してきて、ついには最終階層である10階層にまでやって来やがった。


水準2人間死亡


 どこで生き延びてんだか、こっから溢れてった魔物がどこかで誰かを殺ってくれたらしい。

 10点。

 今更このフロアを拡張しても意味がない。

 フロアを増やしたって、寿命を1分伸ばすことができるかどうかだ。

 なら。

 最後くらいは。

 俺は、俺の前から消えてった馬鹿な嫁を全力で思い浮かべ、そして、一体のゴーレムを造り出した。

「やっぱりあなたオサムは馬鹿だなぁ」

「言ってろよ。お前だって言ってただろ」

「ごめんね?」

 俺は首を横に振った。

「次は悪い女に騙されないでね?」

 もう一度首を横に振る。

「癌なんかに負けてごめん?」

「なんで……」

 俺の記憶がゴーレムに全部入ってるのか?
 たった今生まれたばかりのはずのゴーレムサヤカが、俺とサヤカしか知らないはずのサヤカの言葉を紡いでいく。

「最後にあなたが側にいてくれるから、私は怖くないんだよー?」

 違う。

 その言葉だって、どの言葉だって、それが映画や小説で使い古された言葉だったとしても、馬鹿なお前が残した大事な言葉だ。

 でも、違う。

 最後の最後、力尽きて軽くなってゆくお前が、言おうとして言わなかった言葉。

 でも、動かなくなったお前から、確かに聞こえてきた言葉。

「「ずっとずっと好きでした。ずっとずっと愛しています」」

 馬鹿な俺は、俺の最愛の馬鹿な女を抱きしめながら、最後のドラゴンと戦い始めた馬鹿みたいに強え侵入者エイリアンを見ることなく、最後の時を過ごした。


 抱きしめ合う二人から、見向きもされない階層主の部屋の壁には、燃える溶岩のように、ゆらゆらと鱗を揺らし、鮮やかに眩しく光る、オレンジ色にも見える赤いドラゴンが吼える姿が映し出されていた。

「ぼおおおおおおおおおおおおおおおおあああおおおううぅぅぅぅ!!!」

 すぐ隣にある最後の部屋に響いた咆哮さえ、二人の間で交わされる無言の愛の囁きをかき消すことは出来なかった。

 そうしてドラゴンはたった三人のエイリアンに討ち滅ぼされた。

 ダンジョンマスターの部屋で愛を確かめ合う二人には、エイリアン共の気まぐれにより半日程の時間が与えられたが、二人には最早どうでもいい事だった。
 ただただ、残された時間を抱きしめ合い、囁き合って一つになり、そして二人は、ダンジョンは、一つの大きな魔石となって、永遠に一緒に過ごせるようになったのだった。
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