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E1495

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エルフ 1200歳の場合


 不思議なものだ。

 私は感慨と呼ぶらしいものを感じていた。

 悠久の時を生きる私にとって、「何か」を成す為に時間に追われる、という経験はなかったことだった。
 その「何か」が、「永遠とも呼べる寿命を持つ自分の命を守ること」だったのだから、喜びもひとしおというものだ。それを達成感と呼ぶのだそうだ。

 植物と同じように、生まれてきてしまったから、いつか訪れるはずの死を待って生きてきただけの私にとって、それまでの1200年間は、ただ存在しているだけの存在だった。

 それが4年前、たった一枚の紙が手元に届いただけで、まさに世界が一変したのだった。


死ぬよ。


 その言葉のなんと刺激的なことか。
 何度も口に出し読み上げ、何度も脳内と喉の奥で反芻した。
 私に死を与えることができる存在がとうとう現れたのだ。
 だが、それは私に「死なぬ為に抗え」とも言ってきていた。それは生きていることに飽いていた私にとって、罪状を下されたようなものだった。
 しかし、その罪状は読み込むにつれ、魅力的なものに見えてきた。
 そこには自分の世界を造る為の力が書かれていたのだから。

 私はなんの為に生まれて、なんの為に生きているのか。私の存在意義は何かを絶えず考えてきた。そして辿り着いたのは、「存在意義など無い」というシンプルで空虚なものだった。

 私がいようがいまいが、世界はあり続ける。

「何をしても良い」と世界に生み出されたのは、つまり、「何もしなくとも良い」と放置されたのと同義であり、「何をしても世界にはなんの影響も起こせない」ということを意味しているからだ。

 いや、もしも世界が変化や終わりを望んでいるのならば、世界は自分が生み出した者たちに何かしらを求めているのかも知れない。

 私が「死ぬ日までただただ生き続けている」のと同じように、世界も終わりの時を待ち続けて在り続けているのかもしれない。

 生きているというのは、「生まれてから死ぬまで」の状態を意味するのだと私は認識している。

 死なないのであれば、それは生きてないのと同じなのだから。

 私は今までそうしてきたように、時間をかけて様々なことを考えていた。
 だが、紙に書かれた文言が書き換わっている箇所があることに気がついた。
 どうやら、今の私には有限の時が与えられているようだ。

 おもしろい。

 悠久の時を生きてきた私が、あとたったの3時間の命だと言うのか。
 これで死ぬのも一興か。
 永遠とも言える命を持つエルフである私に、退屈でしかない時間を過ごさなければならない私に、終わりを、死を与えてくれるというのならば、それを受け入れるのもありだろう。
 世界ダンジョン創造に対し興味と興奮はあるものの、ここで果てることができるのならば、それはそれで魅力的な話なのだから。




 あと2時間か。
 ただ座して死を待つのもつまらないな。
 どれ、迷宮拡張とな。
 なんと、たったの2点とは。
 いや、それをやったとて死ぬ身だ。
 いや、やらずとも死は訪れず、また何もない空虚な時間が続くのかもしれない。
 何をすることもない。
 いや、戯れにやって見るのも一興か。




 あと1時間。
 終わりの時が来ることを望んでいる私だが、この徐々に終わりが近付いてくる演出はなかなかに刺激的なものだな。
 ああ、戯言代わりに広げてみた迷宮は、上から見ると何とも言えぬ奇妙さがあるな。
 侵入者とやらが来て休憩処が全くないと言うのもエルフの名が廃るというものだな。
 よし、水場と安全地帯を設置してやるか。
 なに、あとたったの1時間程度、何者かの遊びに付き合ってやるのも悪くはないだろう。
 1時間が過ぎた後で、この紙に何が書き出されるのかが楽しみだ。




 あと5分。
 銀貨で取り寄せた書物に書いてあったな。
 これを「スリリング」と呼ぶのだな。
 危機的状況と自分を勘違いさせるだけでも、このように生を感じることができるとは。
 この児戯が終わったなら、仮想危機とやらを……いや、現世に関わり、誰ぞに危機感を与えて楽しむのも悪くはないか。
 えっ?
 あと4分?




 ……………………
 ………………
 …………
 ……




 早いもので・・・・・あれから4年の月日が過ぎた。

 私は相変わらず生きている・・・・・

 この4年間の濃密さは、エルフとして過ごした1200年間を遥かに上回る刺激に満ち満ちていた。

 エルフとしての私は、ダンジョンマスターとなったあの日に死んだ。

 これは負け惜しみではなく、ただただ続いてきた生に飽いていた私が、最後の数十秒となったあの時に、その生に執着してダンジョンをアクティベートした時に死んだのだ。

 エルフとしての私は死に、今ここに在るのはダンジョンマスターとしての私なのだ。

 ただ、私は人の書物で言うところのチートと言うやつだったようだ。

 人は100年も生きることができぬ小さな存在だ。
 例えその生き様がエルフの数百倍濃密であったとしても、ダンジョンマスターとなるにあたって手に入れられるダンジョンポイントは少ない。

 私は齢1200歳の時点でダンジョンマスターとなったのだから、その差は大きい。

 最近では離れた地にあるダンジョンの情報も入ってくるようになった。
 悔しいことに、私のダンジョンに劣らぬ規模のダンジョンもあるそうだ。

 悔しい。

 実に愉快だ。

 1200年もの時をただただ漫然と過ごした私にはなかった感情だ。

 力で私に勝る者がいても、数十年、そう、長くても50年も時が経てばその者は土塊つちくれとなり、その後も世界に在り続ける私が勝者となった。

 だが今は違う。

 ダンジョンの規模を競うのもいい。
 ただ、このダンジョンはすでに60階層もの深さまで育ててある。
 これに対抗できるものがあるかどうか。

 ダンジョンにやって来る侵入者がどのくらいの強さの者たちかを競ってもいいだろう。
 そうだな。それがいい。
 やって来る侵入者共を鍛えてやろうじゃないか。
 中層まで来れるようになった者たちには、単純な強さだけでは突破できないような仕組みを用意してやろう。
 悪辣とも言えるようなレベルの罠や、特殊能力を持たせた個体の配備……そうそう、最近ではゴーレムたちの中に特殊なスキルを持った者も出てきた。呪いの装備を宝箱に設置して侵入者共を自滅させると鼻息荒く言っておったな。

 そうだな、中層に傀儡人形エルフゴーレムの里でも造ってみるか。
 うむ。いい考えだな。
 私から独立させた集団をダンジョン内で自活させて、その様子を見てみるとするか。
 ダンジョン内で生きる者たちを観察……確か取り寄せた子供向けの本にもあったな。アリの巣の観察だったか。
 うむうむ。
 いいぞ。

 30階層までしかなかった頃と違い、60階層まで広げた今では、この部屋ダンジョンマスターの部屋の近くまで来れる者がまったくいなくなってしまった。
 これはいつの間にか死に対して臆病になった私の愚策だった。
 階層を一気に深くしすぎて、あの時のようなスリルを感じることができなくなってしまったのだから。
 だが、今の私には私の世界にやって来る者たちを育てるという楽しみがある。
 強者に育った者たちが、いつかここまでやって来る日を待つことにしよう。
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