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第二章 炎の山
12. 化け物
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クリプトンが店から出ていくのを横目で見ていた颯空の前に、店主が出来上がった料理を置く。
「ガキのくせに意外と骨があるじゃねぇか。ほれ、海老ピラフだ」
「……なんの話だ?」
とぼけた顔で颯空はスプーンを手に取った。それを見て、店主がククッと愉快そうに笑う。
「俺の目は誤魔化せねぇよ。お前さん、クリプトンに一ガルドをくれてやっただろ?」
「あの豚野郎の価値なんてそんなもんだろ」
すまし顔でそう言うと、颯空は海老ピラフを口へと運んだ。……空腹のせいだろうか? やけに美味しく感じる。
「どうだ? うめぇだろ?」
「……まぁまぁだな」
「けっ。こいつもやってみろ」
なんとなく素直に褒めるのが悔しかった颯空がそっけない口調で言うと、店主が颯空の前にグラスを置いた。恐らく中身は酒だろう。初めての飲酒に少しだけ緊張しながら、グラスに口をつけてみる。
「……美味いな、これ」
「ははっ! なんだ、坊主。酒は初体験か?」
「坊主じゃねぇ、サクだ」
「変わった名前だな、おい。俺はダンクってんだ。このハウンドドッグの店主をやってる」
ダンクが親指で自分を指しながら、得意げな顔を向けてきた。図らずも自己紹介をしてしまった颯空は、身元を探られる前に話題をすり替える事にする。
「この酒は何て名前だ?」
「こいつはラムだな。少し甘みがあるから結構飲みやすいだろ?」
「そうだな、かなり口当たりがいい」
もう一度ラムを飲んでみた。カラメルを焦がしたような若干の苦味を感じる甘い味がなんとも言えず、思わず酒を飲む手が進んでしまう。
「っと、ここに来たのは飯を食うためだけじゃなかった。親父、ちょっと聞いてもいいか?」
「ああ? なんだよ?」
おいしい飯と酒に夢中になりかけたところで、颯空がもう一つの目的を思い出す。
「『龍神の谷』って知ってるか?」
「『龍神の谷』だぁ!?」
颯空の言葉を聞いて、わかりやすくダンクが顔をしかめた。
「おめぇさん、なんだってそんなこと聞くんだよ?」
「野暮用でな。どうしてもそこに行きたいんだよ」
元の世界に戻る方法を探すうえで、シフが餞別として教えてくれたのが、歴史を重んじる亜人族の竜人種が住んでいる龍神の谷だ。この世界を旅するとはいえ、向かうべき指針は知っておきたい。
「はん! そんな亜人族のクソしかいない場所に行ってもなんもいいことねぇぞ!」
ダンクの反応が思っていたものとは違った。城で得た情報では、戦争相手だった魔族には悪感情を抱く者が殆どであるが、それ以外の精霊族や亜人族に対してはネガティブな感情を持つ者は少ないという事だったはずなのに。ダンクを見る限り、魔族と同じくらい亜人族にも恨みを抱いているような気がする。
「随分と亜人族を目の敵にしてんだな」
「そりゃ、この街で生まれた人間なら誰だってそうだ」
そう言うと、ダンクは煙草に火をつけ、自分のグラスに酒を注いだ。そして、それを勢いよく自分の中に流し込む。
「仕事中だろ?」
「ご先祖様の無念を話すのに素面じゃやってられねぇよ」
若干投げやりで口調で言いつつ、ダンクが煙を肺いっぱいに吸い込んだ。
「この街の隣に大きな山があっただろう?」
「あぁ、あったな」
それはコールと共に馬車でこの街に来た時に確認していた。なんでも、そのおかげで山の幸にも海の幸にも恵まれ、ガンドラはここまで大きくなったとか。
「あの山の名前はモントホルン。だが、この街に住む者は『炎の山』と呼んでる」
「『炎の山』? 炎要素なんかどこにもなかったが」
「その別名がつけられたのは、人魔戦争の時だ」
「人魔戦争……五十年前のあれか?」
「そうだ。恐怖の大魔王とやらが現れ、人族と魔族が血で血を洗う戦いを繰り広げやがったあれだ」
こんなところでその話が出てくるとは夢にも思わなかった。とはいえ、あの戦争は歴史上最も苛烈だったと聞いている。世界のあらゆる場所でその爪痕を残していても、別に不思議な事ではなかった。
「その頃、あの山には亜人族の狐人種が住んでいた。奴らは亜人族の中でも温厚な種族で、当時のガンドラの街の人間とも交流があったらしい」
「亜人族は魔王の力を危険視して、人族と手を組んでたって話だろ? 交流くらいあるのが普通だ」
戦争状態にあったのはあくまで人族と魔族だ。それ以外の種族はいがみ合ってなどいなかったはず。
「あぁ。だがな、あの卑怯者達はその交流を逆手に取りやがったのよ」
「逆手に?」
「奴らは裏で魔族と手を結び、ガンドラの街を滅ぼそうと画策してやがったんだ」
颯空が僅かに目を見開く。てっきり、魔族を除く他の三種族は手を取り合っているものだとばかり思っていた。とはいえ、強大すぎる魔王の力を目の当たりにして、そちらに寝返る者達がいてもおかしい話ではない。
「それにいち早く気が付いたガンドラの人間達が滅ぼされる前に滅ぼしてやれって事で、武器を手に取り、山へと攻め入ったんだ。そしたら奴ら、どうしたと思う?」
「……何をしたんだ?」
「山に火を放ち、自分達諸共攻め入ってきた人間達を全員焼き殺しやがったのよ」
ダンクが忌々しい顔で煙草を灰皿に押し付けた。
「たくっ……鬼畜の所業っていうのはこういう事を言うんだな。海を越えたサリーナ地方の連中は亜人族とも仲良くやっているみてぇだが、俺に言わせれば正気に沙汰じゃねぇよ」
颯空が無言でそっとグラスを傾ける。なるほど、そんな過去があるのであれば、ダンクが亜人族嫌いなのにも納得だ。いや、彼だけではない。同じ考えを持つ人間がガンドラには数多くいるはずだ。だからなのだろう。この街に来てから、亜人族の姿を一度も見ていない。
「だから『炎の山』、ね……」
「そういう事だ。……怖かっただろうよ。四方を火に囲まれ、もはや自分に待っているのは死だけだと悟った時は」
ダンクが颯空の空いたグラスに酒を注ぎ足しながら、次の煙草を取り出し、口にくわえた。
「つーわけで、亜人族がいる『龍神の谷』についてほとんど知らねぇし、興味もねぇ。悪いな」
「別に構わねぇよ。この街に関する貴重な話を聞けただけでも儲けもんだ」
「……じゃあ、ついでにもう一つ、面白い話を聞かせてやるよ」
これ以上の情報は見込めないとがつがつ海老ピラフを食べ始めた颯空に、ダンクがにやりと笑いかける。
「『炎の山』には世にも恐ろしい狐の化け物が住んでるって話だ。狐人種の遺志を継ぎ、山に入ってきた人間を呪い殺すんだってよ。もし、あの山へ行く機会があったら肝に銘じておけ」
「……それはお伽噺の類か?」
「夜更かしする悪ガキに母ちゃんが話す類のやつだな」
「だったら俺には関係ねぇな。母親の子守歌がないと眠れない時期はとっくの昔に卒業した」
「はっ! 今日初めて酒を飲んだ奴がよく言うぜ!」
煙を吐き出しながら、ダンクがからかうように笑った。なんとも癪に障る態度ではあるが、事実なだけに何も言い返す事は出来ない。颯空は不機嫌そうな顔で、何も言わずにひたすらスプーンを口に運ぶのだった。
「ガキのくせに意外と骨があるじゃねぇか。ほれ、海老ピラフだ」
「……なんの話だ?」
とぼけた顔で颯空はスプーンを手に取った。それを見て、店主がククッと愉快そうに笑う。
「俺の目は誤魔化せねぇよ。お前さん、クリプトンに一ガルドをくれてやっただろ?」
「あの豚野郎の価値なんてそんなもんだろ」
すまし顔でそう言うと、颯空は海老ピラフを口へと運んだ。……空腹のせいだろうか? やけに美味しく感じる。
「どうだ? うめぇだろ?」
「……まぁまぁだな」
「けっ。こいつもやってみろ」
なんとなく素直に褒めるのが悔しかった颯空がそっけない口調で言うと、店主が颯空の前にグラスを置いた。恐らく中身は酒だろう。初めての飲酒に少しだけ緊張しながら、グラスに口をつけてみる。
「……美味いな、これ」
「ははっ! なんだ、坊主。酒は初体験か?」
「坊主じゃねぇ、サクだ」
「変わった名前だな、おい。俺はダンクってんだ。このハウンドドッグの店主をやってる」
ダンクが親指で自分を指しながら、得意げな顔を向けてきた。図らずも自己紹介をしてしまった颯空は、身元を探られる前に話題をすり替える事にする。
「この酒は何て名前だ?」
「こいつはラムだな。少し甘みがあるから結構飲みやすいだろ?」
「そうだな、かなり口当たりがいい」
もう一度ラムを飲んでみた。カラメルを焦がしたような若干の苦味を感じる甘い味がなんとも言えず、思わず酒を飲む手が進んでしまう。
「っと、ここに来たのは飯を食うためだけじゃなかった。親父、ちょっと聞いてもいいか?」
「ああ? なんだよ?」
おいしい飯と酒に夢中になりかけたところで、颯空がもう一つの目的を思い出す。
「『龍神の谷』って知ってるか?」
「『龍神の谷』だぁ!?」
颯空の言葉を聞いて、わかりやすくダンクが顔をしかめた。
「おめぇさん、なんだってそんなこと聞くんだよ?」
「野暮用でな。どうしてもそこに行きたいんだよ」
元の世界に戻る方法を探すうえで、シフが餞別として教えてくれたのが、歴史を重んじる亜人族の竜人種が住んでいる龍神の谷だ。この世界を旅するとはいえ、向かうべき指針は知っておきたい。
「はん! そんな亜人族のクソしかいない場所に行ってもなんもいいことねぇぞ!」
ダンクの反応が思っていたものとは違った。城で得た情報では、戦争相手だった魔族には悪感情を抱く者が殆どであるが、それ以外の精霊族や亜人族に対してはネガティブな感情を持つ者は少ないという事だったはずなのに。ダンクを見る限り、魔族と同じくらい亜人族にも恨みを抱いているような気がする。
「随分と亜人族を目の敵にしてんだな」
「そりゃ、この街で生まれた人間なら誰だってそうだ」
そう言うと、ダンクは煙草に火をつけ、自分のグラスに酒を注いだ。そして、それを勢いよく自分の中に流し込む。
「仕事中だろ?」
「ご先祖様の無念を話すのに素面じゃやってられねぇよ」
若干投げやりで口調で言いつつ、ダンクが煙を肺いっぱいに吸い込んだ。
「この街の隣に大きな山があっただろう?」
「あぁ、あったな」
それはコールと共に馬車でこの街に来た時に確認していた。なんでも、そのおかげで山の幸にも海の幸にも恵まれ、ガンドラはここまで大きくなったとか。
「あの山の名前はモントホルン。だが、この街に住む者は『炎の山』と呼んでる」
「『炎の山』? 炎要素なんかどこにもなかったが」
「その別名がつけられたのは、人魔戦争の時だ」
「人魔戦争……五十年前のあれか?」
「そうだ。恐怖の大魔王とやらが現れ、人族と魔族が血で血を洗う戦いを繰り広げやがったあれだ」
こんなところでその話が出てくるとは夢にも思わなかった。とはいえ、あの戦争は歴史上最も苛烈だったと聞いている。世界のあらゆる場所でその爪痕を残していても、別に不思議な事ではなかった。
「その頃、あの山には亜人族の狐人種が住んでいた。奴らは亜人族の中でも温厚な種族で、当時のガンドラの街の人間とも交流があったらしい」
「亜人族は魔王の力を危険視して、人族と手を組んでたって話だろ? 交流くらいあるのが普通だ」
戦争状態にあったのはあくまで人族と魔族だ。それ以外の種族はいがみ合ってなどいなかったはず。
「あぁ。だがな、あの卑怯者達はその交流を逆手に取りやがったのよ」
「逆手に?」
「奴らは裏で魔族と手を結び、ガンドラの街を滅ぼそうと画策してやがったんだ」
颯空が僅かに目を見開く。てっきり、魔族を除く他の三種族は手を取り合っているものだとばかり思っていた。とはいえ、強大すぎる魔王の力を目の当たりにして、そちらに寝返る者達がいてもおかしい話ではない。
「それにいち早く気が付いたガンドラの人間達が滅ぼされる前に滅ぼしてやれって事で、武器を手に取り、山へと攻め入ったんだ。そしたら奴ら、どうしたと思う?」
「……何をしたんだ?」
「山に火を放ち、自分達諸共攻め入ってきた人間達を全員焼き殺しやがったのよ」
ダンクが忌々しい顔で煙草を灰皿に押し付けた。
「たくっ……鬼畜の所業っていうのはこういう事を言うんだな。海を越えたサリーナ地方の連中は亜人族とも仲良くやっているみてぇだが、俺に言わせれば正気に沙汰じゃねぇよ」
颯空が無言でそっとグラスを傾ける。なるほど、そんな過去があるのであれば、ダンクが亜人族嫌いなのにも納得だ。いや、彼だけではない。同じ考えを持つ人間がガンドラには数多くいるはずだ。だからなのだろう。この街に来てから、亜人族の姿を一度も見ていない。
「だから『炎の山』、ね……」
「そういう事だ。……怖かっただろうよ。四方を火に囲まれ、もはや自分に待っているのは死だけだと悟った時は」
ダンクが颯空の空いたグラスに酒を注ぎ足しながら、次の煙草を取り出し、口にくわえた。
「つーわけで、亜人族がいる『龍神の谷』についてほとんど知らねぇし、興味もねぇ。悪いな」
「別に構わねぇよ。この街に関する貴重な話を聞けただけでも儲けもんだ」
「……じゃあ、ついでにもう一つ、面白い話を聞かせてやるよ」
これ以上の情報は見込めないとがつがつ海老ピラフを食べ始めた颯空に、ダンクがにやりと笑いかける。
「『炎の山』には世にも恐ろしい狐の化け物が住んでるって話だ。狐人種の遺志を継ぎ、山に入ってきた人間を呪い殺すんだってよ。もし、あの山へ行く機会があったら肝に銘じておけ」
「……それはお伽噺の類か?」
「夜更かしする悪ガキに母ちゃんが話す類のやつだな」
「だったら俺には関係ねぇな。母親の子守歌がないと眠れない時期はとっくの昔に卒業した」
「はっ! 今日初めて酒を飲んだ奴がよく言うぜ!」
煙を吐き出しながら、ダンクがからかうように笑った。なんとも癪に障る態度ではあるが、事実なだけに何も言い返す事は出来ない。颯空は不機嫌そうな顔で、何も言わずにひたすらスプーンを口に運ぶのだった。
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