上 下
40 / 69
第二章 炎の山

8. 総ギルド長

しおりを挟む
 冒険者ギルド。それは魔物に対抗する力を持たざる依頼者の代わりに危険な地域に赴き、依頼を遂行する冒険者を管理する機関。その利便性から王都アレクサンドリアだけでなく、様々な町や村に拠点を構えている。
 その中でもガンドラの街の冒険者ギルドは他とは異なった。通常の職務をこなしつつ、全ての冒険者ギルドを統括する心臓部。冒険者ギルドの総本山が、ここガンドラの街にあった。
 つまり、ガンドラの冒険者ギルドを取り仕切るギルド長は、冒険者ギルドという組織の中で頂点に君臨する。そんな男が今、颯空の目の前に座っていた。

「いきなり呼び出してしまって済まない。俺が総冒険者ギルド長のサガット・アルンダイトだ」

 威厳を漂わせつつ、サガットが丁寧に自己紹介をする。対する颯空は、特にかしこまった様子もなく、値踏みをするようにサガットを観察していた。

「俺を呼んだ理由はなんだ?」

 だが、それは媚びへつらう理由にはならない。自分よりも二倍以上は生きている、少し髪の薄い男に、颯空はぶっきらぼうな口調で言った。普段と変わらぬ態度で接する颯空を見て、サガットが口角を上げる。

「なに、そう警戒しなくてもいい。ただ、変わり者で有名なコール・インフルエンサーが推薦する者がどういう男なのかこの目で見てみたかっただけだ」

 その顔に浮かぶ笑みを見て颯空は確信した。この男もコールと同じように妖怪の類だ。隙を見せたら確実に付け込まれる。

「別に田舎出身の何の変哲もない小市民だ。というわけで、さっさと冒険者登録を認めやがれ」
「ふっ……何の変哲もない小市民をコールが推薦するわけもないし、面と向かって総ギルド長にそんな口をきくくわけがないだろう?」

 なんとも楽しげな様子のサガットを見て、颯空が舌打ちをした。どうにもこういう手合いには苦手意識があった。こういう場合は下手に口を開かない方がいい。話したところで、余計な情報を相手に与えるだけだ。

「……ふむ、頭の回転は悪くないと見える」

 押し黙った颯空を見て、サガットが軽い口調で言った。

「資料によれば、お前は先ほど冒険者試験を受け、冒険者には適さないという評価を受けたはずだが?」
「おたくの試験内容が悪いだけだ」
「なるほど。今後の参考までに何が悪かったか聞いてもいいか?」
「……練習用の武器じゃ、実力が出せるわけもねぇだろ」

 そう言いながら、自らの発言の浅さに思わず顔をしかめる。どう聞いても負け犬の遠吠えにしか聞こえない。とはいえ、'呪い'のせいで他の武器を使う事ができない、などと言えるはずもないので、颯空にはこう言うしかなかった。

「つまり、普段から使っている武器を使えば、そんな結果にはならなかったと?」
「そういう事だな」

 いくらみじめな気持ちになろうがそういう方向に話を持っていくしかない。実際、干将莫邪を使えば試験官を圧倒する事など容易い事であった。嘘は言っていない。

「ちなみに、その武器を使えば俺にも勝てるのか?」
「……あんたが俺の前に立ちはだかろうってんなら、全力で排除するだけだ」

 勝てる、と言い切れるほど、颯空の神経は図太くなかった。強い。それがサガットに抱いた颯空の感想であった。シフを除き、間違いなくこの世界で出会った誰よりも実力を有している。流石は荒くれ者の冒険者をまとめる冒険者ギルドの総ギルド長といったところか。

「なるほどな」

 薄く蓄えられた口髭をジョリっとなぞりながらサガットが小さく笑みを浮かべる。この会話の中で自分が試されているような感覚が颯空は苦手だった。コールといい、サガットといい、この街には食えない男が多すぎる。

「とにかく、さっさと冒険者登録してくれよ」

 これ以上会話を続けるとボロを出しそうだ、と判断した颯空が、早めに会話を切り上げようとする。

「そういうわけにもいかないのが、責任ある立場の辛さだな。推薦されたからといって二つ返事で冒険者にした結果、実力が伴わず、あっさりと魔物に殺されるなんて事になれば、お前を冒険者として認めた俺の責任になってしまう」
「そういう責任の所在を明確にするための推薦制度だろ?」
「ルール的には、な。だが、世間はそうは思わない。もし、そういう状況になった時は、推薦した一介の商人よりも、その推薦を受託した俺を責めるだろう」
「…………」

 その言葉に反論することができなかった。大衆には実際の責任者など関係ない。分かりやすく責めやすい相手を、自分勝手に誹謗中傷していく。元居た世界でも似たような事が起こっていたので、颯空はサガットの言い分に納得してしまった。

「推薦制度など廃止してしまえばそんなリスクを負わずに済むのだが、そう簡単な話ではない。この巨大な組織が円滑に運用出来ているのは、有権者の支援によるところが大きいのだ」
「……だったらなおの事、変ないちゃもんつけずに俺を冒険者にするべきなんじゃねぇのか?」
「お前を推薦したのが上級貴族であれば、責任云々関係なくそうせざるを得ないのは事実だな。だが、推薦者は名を上げてきているとはいえ、これまで冒険者ギルドに支援などしたこともないような若手の商人だ。どう考えてもリターンが、今さっき正規の冒険者試験に落ちた男を冒険者にするリスクに見合わないだろう」

 ぐうの音も出ないほどの正論に、颯空は閉口を余儀なくされてしまう。推薦者が影響力を持っている事で初めて推薦は成り立つものだ。あれだけ自信満々な顔で推薦状を渡してきたのだから当然その点には問題ないと思っていたのだが、どうやらそれは思い違いであったらしい。

「……とはいえ、将来さきを見越すのであれば、あのコール・インフルエンサーにコネクションを築くのは悪い話ではない。それだけ、商人界隈で麒麟児と呼ばれるあの男の将来性には期待できる。そんな男に推薦されたお前にも、な」

 サガットが意味ありげな笑みをこちらに向けてきた。彼の考えている事がわからない颯空が眉を寄せる。

「というわけで、一つ依頼を受けてはくれないか?」
「……依頼?」
「冒険者体験というやつだ。見事それを達成したら、お前の冒険者登録を認めよう」
「…………」
「別に無理難題を吹っ掛けるつもりはない。先ほど飛び込みで入った依頼でな、街の中に魔物が一体紛れ込んだらしい。それを討伐して欲しいのだ」

 突然の提案に警戒心を露にする颯空に、サガットは軽い口調で言った。魔物の討伐など、'呪い'に苦しみながら木製の武器を振り回すよりも簡単だ。颯空にとっては願ってもない話だといえる。

「……本当にその魔物を倒したら冒険者として認めてもらえるんだな?」
「冒険者総ギルド長の名においてそれは保証しよう」

 少しの間悩んでいた颯空であったが、他に手があるわけもなく、頭をガシガシと掻きながら大きくため息を吐いた。
 サガットの申し出を渋々といった様子で受諾した颯空は、依頼の詳しい内容を聞くとさっさとこの部屋から出ていった。一人残ったサガットはある冒険者を部屋に呼び寄せる。

「わざわざすまないな、ゴア」
「いえ。問題ありません」

 傷のある強面を一切崩さぬまま、ゴアが答えた。

「ちょっと話を聞きたくてな。お前が担当した冒険者志望の男についてだ」
「サクですか……」

 サガットの言葉に、ゴアが微妙な表情を浮かべる。

「なんだ? 気になる事でもあるのか?」
「はい。あの男は……正直なところ、よくわかりません」
「よくわからない?」
「自分を前にしても全く動じない胆力も、戦闘に対する慣れも、普通の冒険者志望の者とは比較にならないほどでした」
「ほぉ? だが、お前はその男を不合格にしたのではないのか?」
「えーっと……まぁ、そうです」

 サガットが問いかけると、ゴアがばつの悪そうに頬をかいた。

「Bランクの私ですら反応できないほどのスピードで間合いを詰めてきたのには本当に驚かされましたが……なぜか彼は武器を振れないのです」
「……なに?」
「私の懐にまで入ってくるのですが、剣を振ることなく地面に倒れました。最初は勢い余って転んだだけだと思ったのですが、何度やっても同じ結果になったので止む無く不合格を……武器を振れないのであれば冒険者は務まりませんから」
「ふむ……」

 サガットが思案気な表情で顎を撫でる。颯空は自分に、練習用の武器では実力が出せない、と言っていた。どうやらそれは言葉通りの意味だったらしい。どういうわけかわからないが、あの男は練習用の武器を扱う事ができないようだ。

「色々と参考になった。ありがとう」
「いえ、そんな……それより例の依頼なんですが、私が行こうと思います」

 これが本題といわんばかりに、ゴアが表情を真剣なものに変えた。

「市民が混乱を招かないよう表立って依頼募集をかけられない以上、知っている中で最もランクの高い私が依頼に当たるべきです」
「いや、お前があの依頼を受ける必要はない」
「なぜですか!? あのような凶悪な魔物が中心街に現れたら大惨事になりますよ!? 至急、対策を講じるべきです!!」

 すごい剣幕でゴアが詰め寄るが、サガットは特に焦る素振りも見せず、ただ静かに机の上で指を組む。

「それは俺も重々理解しているつもりだ。だからこそ、もう既に適任を現場に向かわせた」
「え……?」

 冷静な口調で告げられたゴアが、予想外の発言に目を丸くした。あの魔物の討伐任務をこなせる人材が、今この冒険者ギルド内で果たして自分以外に存在するのだろうか。

「い、一体誰を行かせたんですか?」
「それに関しては話す事は出来ない。ただ、私の見立てでは問題なく依頼をこなして帰ってくると思う。……もし仮にその者が依頼に失敗した場合は、俺自らが討伐に赴く。それなら問題ないだろう?」
「へ? あ、はい……総ギルド長自ら行かれるのであれば……!!」

 サガットの実力を知るゴアはそう答える事しかできなかった。だが、事態が逼迫ひっぱくしている事には変わりない。今この瞬間にも、魔物の凶刃が罪もない一般市民に襲い掛かっているかもしれない。それにしても、適任とは一体誰の事なのだろうか? 今この街にいる高ランク冒険者に、一切心当たりがない。

「それでは失礼いたします。何かあればすぐにお呼びください」

 なんとも複雑な思いを抱えながら、ゴアが総ギルド長室を後にする。再び一人になったサガットは葉巻を咥え、マッチで火をつけた。

「どれ……お手並み拝見といこうか」

 そう小さく呟くと、サガットはたっぷり煙を口に含み、ゆっくりそれを吐き出した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

若返ったおっさん、第2の人生は異世界無双

たまゆら
ファンタジー
事故で死んだネトゲ廃人のおっさん主人公が、ネトゲと酷似した異世界に転移。 ゲームの知識を活かして成り上がります。 圧倒的効率で金を稼ぎ、レベルを上げ、無双します。

ある日仕事帰りに神様の手違いがあったが無事に転移させて貰いました。

いくみ
ファンタジー
寝てたら起こされて目を開けたら知らない場所で神様??が、君は死んだと告げられる。そして神様が、管理する世界(マジョル)に転生か転移しないかと提案され、キターファンタジーとガッツポーズする。 成宮暁彦は独身、サラリーマンだった アラサー間近パットしない容姿で、プチオタ、完全独り身爆走中。そんな暁彦が神様に願ったのは、あり得ない位のチートの数々、神様に無理難題を言い困らせ スキルやらetcを貰い転移し、冒険しながらスローライフを目指して楽しく暮らす場を探すお話になると?思います。 なにぶん、素人が書くお話なので 疑問やら、文章が読みにくいかも知れませんが、暖かい目でお読み頂けたらと思います。 あと、とりあえずR15指定にさせて頂きます。

異世界冒険記『ストレージ・ドミニオン』

FOX4
ファンタジー
遠坂亨(とおさか とおる)16歳は、夏休みの最中、新作ソフトを購入し、家へと帰る道のりで不幸にも命を落としてしまう。 その滑稽な死に方に、彼に大笑いで死を伝える、死神セラと対面する。 死後の選択として、天界で次の転生を待つか。新たな生を得て、超人的な能力か、神話級武器をもらい受け、ゲームの主人公みたいに活躍できる異世界にて、魔王討伐をするか。と、問われる亨。 迷ったあげく亨は、異世界へと旅立つ事を決意する。 しかし亨は、ゲームの主人公みたいな生活を送る事は拒否した。 どれだけ頑張っても、一人で出来る事は限界があると考えたからである。 そんな亨が選択した能力は、死んだ時に手にしていた携帯ゲーム機を利用し、ゲームに登場する主人公や、魅力的なキャラクター達をゲームのストレージデータから召喚するという能力だった。 ゲーム的主人公ポジションを捨て、召喚能力を得た、亨ことトールの旅が、どん詰まりの異世界からスタートする。 主人公、個人の力は、チート持ちとは縁遠いものです。地道に経験を積んで成長していくタイプです。 一話の文字数は、千から二千の間くらいになります。場合によっては、多かったり少なくなります。 誤字脱字は無いように見直してますが、あった時は申し訳ないです。 本作品は、横書きで作成していますので、横読みの方が読みやすいと思います。 2018/08/05から小説家になろう様でも投稿を始めました。 https://ncode.syosetu.com/n7120ew/

異世界楽々通販サバイバル

shinko
ファンタジー
最近ハマりだしたソロキャンプ。 近くの山にあるキャンプ場で泊っていたはずの伊田和司 51歳はテントから出た瞬間にとてつもない違和感を感じた。 そう、見上げた空には大きく輝く2つの月。 そして山に居たはずの自分の前に広がっているのはなぜか海。 しばらくボーゼンとしていた和司だったが、軽くストレッチした後にこうつぶやいた。 「ついに俺の番が来たか、ステータスオープン!」

ぐ~たら第三王子、牧場でスローライフ始めるってよ

雑木林
ファンタジー
 現代日本で草臥れたサラリーマンをやっていた俺は、過労死した後に何の脈絡もなく異世界転生を果たした。  第二の人生で新たに得た俺の身分は、とある王国の第三王子だ。  この世界では神様が人々に天職を授けると言われており、俺の父親である国王は【軍神】で、長男の第一王子が【剣聖】、それから次男の第二王子が【賢者】という天職を授かっている。  そんなエリートな王族の末席に加わった俺は、当然のように周囲から期待されていたが……しかし、俺が授かった天職は、なんと【牧場主】だった。  畜産業は人類の食文化を支える素晴らしいものだが、王族が従事する仕事としては相応しくない。  斯くして、父親に失望された俺は王城から追放され、辺境の片隅でひっそりとスローライフを始めることになる。

泉の精の物語〜創生のお婆ちゃん〜

足助右禄
ファンタジー
沢山の家族に看取られ80歳で天寿を全うした春子は、神様らしき人物に転生させられる。 「おめでとうございまーす。アナタは泉の精に生まれ変わりまーす。」 気がついたら目の前には水溜まり。 「これが……泉?」 荒れ果てた大地に水溜まりが一つ。 泉の精として長大な時間を過ごす事になったお婆ちゃんの話。

異世界でチート能力貰えるそうなので、のんびり牧場生活(+α)でも楽しみます

ユーリ
ファンタジー
仕事帰り。毎日のように続く多忙ぶりにフラフラしていたら突然訪れる衝撃。 何が起こったのか分からないうちに意識を失くし、聞き覚えのない声に起こされた。 生命を司るという女神に、自分が死んだことを聞かされ、別の世界での過ごし方を聞かれ、それに答える そして気がつけば、広大な牧場を経営していた ※不定期更新。1話ずつ完成したら更新して行きます。 7/5誤字脱字確認中。気づいた箇所あればお知らせください。 5/11 お気に入り登録100人!ありがとうございます! 8/1 お気に入り登録200人!ありがとうございます!

処理中です...