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第一章 呪われた男

12. 瘴気調査

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 日も沈み、じわじわと影が森を侵食していく。『恵みの森』が昼間見せていたものとは全く違った顔をのぞかせ始めた。穏やかな鳥のさえずりはミュートされ、木漏れ日が作り出す幻想的な世界は、ただただ暗いだけのものに変貌していく。
 そんな静寂と闇が支配する森を颯空の所属するアトラス隊が進んでいた。先頭を進む隆人の手には松明が握られている。その明かりだけが、今の颯空達の道しるべとなっていた。

 今回の具体的な調査の目的は魔物の生息域の確認。見たこともないような魔物が森の入り口付近まで姿を見せたという市民の訴えがきた理由として、騎士団は二つの理由を考えていた。
 一つ目の理由が絶対強者の出現。森の奥地で食物連鎖の頂点に君臨するような圧倒的な存在が生まれたせいで、その他の魔物が逃げるように入り口付近まで生活領域を広げたのではないかというものだ。
 そして、もう一つの理由が瘴気の増加に伴う魔物の異常発生。瘴気というのは魔力の汚染だ。この世界は大気中に魔力が充満しており、それが何らかの原因で汚染されたことにより瘴気が発生する。その瘴気を大量に取り込む、若しくは瘴気自体が魔物に変化するのだが、瘴気の濃度が通常よりも高くなってしまったために魔物の数が異常に増加し、住処を失った魔物が森の浅いところまで来たという説であった。
 前者を調査するのはガイアスとフリントが率いる戦闘特化組であり、森の深部へと隊を進めている。その他のチームは瘴気の濃度測定を行っており、颯空達も昼のうちに五ヶ所のポイントを定め、魔道具を使って瘴気を測定していた。
 結果としては異状なし。瘴気の乱れは観測されなかった。だが、昼と夜で何か違いが出るかもしれないということで、昼間測定した場所を再度回ることになった。現在、三ヶ所目の測定を終え、四ヶ所目の測定ポイントへと移動しているところであった。

「うぅ……夜の森って不気味だね」

 ビクビクと周りを見ながら、恐る恐るといった様子で咲がつぶやいた。

「本当……なんか不自然なくらいに静かだね」

 穂乃果も不安そうな顔で言った。ここまでの道中、魔物はおろか野生動物ですら現れてはいない。昼間は遠目に野生動物を見ることがあったのだが、夜になった途端にそういった生き物の姿がなくなった。

「僕達騎士団も野営の訓練や魔物の討伐で結構この森にきてるんだけどね。夜とはいえ、こんなに動物の姿を見ないのは珍しいよ。何か異常事態が起こっているのは間違いないだろうね」
「でも、瘴気の濃度に異常はないんですよね?」

 咲が尋ねるとアトラスは難しい顔で首を縦に振る。

「今のところそうだね。これからいくポイントにもよるけど……僕の予想じゃそっちも瘴気の濃度に異常は見られないと思う。こりゃ団長の読みが当たったかな?」
「ガイアスさんの読みというのはなんですか?」
「未確認生物の発生及び侵入」

 穂乃果が驚いたようにバッと顔を向けると、アトラスは肩をすくめた。どうやらガイアスは最初から瘴気の影響ではないと考えていたらしい。瘴気の異常というのはレアケースだ。そう頻繁に起こっていては、人間はとっくの昔に滅びている。

「とにかく僕達は与えられた仕事をこなすしかないよね。仮に森の奥に厄介者が出現していたとしても、団長達が何とかしてくれるだろうから、気にしなくていいよ」

 アトラスが努めて軽い口調で言うと、咲と穂乃果が浮かない表情で頷いた。そんな会話を聞きながら、颯空は前を歩く二人の観察に集中していた。

「玄田、大丈夫か?」
「…………」

 隆人と勝はこのやり取りを幾度となく繰り返している。勝が何を問いかけても隆人は一切返事をしなかった。ただひたすらに目的地に向かって歩を進めている。そんな隆人のあからさまにおかしな様子に、穂乃果も咲も違和感を感じていた。

「玄田君、どうかしたのかな?」
「私がさっき話しかけても何にも答えてもらえなかったよ」

 穂乃果も眉をひそめて隆人の事を見つめる。咲はさっきの測定ポイントでもお手製のハーブティーを皆に振舞ったのだが、隆人は受け取るだけで一切反応を示さなかった。

「もっと傍若無人のイメージがあったんだけどね。森で変なものでも拾って食べたのかな?」

 普段訓練を一緒にやっているため、隆人の性格をある程度知っているアトラスも首をかしげる。いや。森に入ってからではない。その前からおかしかった。一瞬頭によぎったのは、昨日の訓練場の一件だ。いつものように自分をバカにしていたら、すずの堪忍袋の緒が切れたあの出来事。だが、なんとなくそれは違うような気がした。

 そんな事を考えているうちに四ヶ所目の測定ポイントについた。測定はアトラスが行い、颯空達は周囲の警戒に当たる。相変わらず森は不気味なほどに無音であり、緊張の連続と昼間の疲労により若干の眠気と戦っていた颯空のもとに穂乃果が近づいてきた。

「……御子柴君? ちょっと聞きたいことがあるんだけど、いい?」
「聞きたいこと? 俺に?」

 まさか話しかけてくるなど思っていなかった颯空が夢うつつの状態から一気に意識が覚醒する。とはいえ、ほとんど絡みのない穂乃果からだ。そこまで警戒する必要はないだろう。そんな風に高をくくっていた颯空に、穂乃果がそっと顔を寄せてきた。

「……昨日、澪となんかあった?」
「なっ……!?」

 予想外の質問に、颯空が目を見開きながら口をパクパクさせる。それを見て穂乃果が納得したような表情を見せた。

「やっぱりね。そうだと思った」
「ちょ、ちょっと待て。どうしてそうなった?」
「どうしてって……女の勘かな?」

 悪戯っぽく笑う穂乃果に、颯空の頭が増々混乱する。高校に入ってから澪としっかり会話したのは昨日だけだ。それは間違いなく断言できる。例え澪の親友である穂乃果でも、自分と澪の関係については本人に聞かない限りわかるはずがない。澪が穂乃果にすべてを話していれば話は別だが、彼女の性格的にそれはないと言い切れた。

「……ごめんね? 実は中庭で二人が話してる姿をちらっと目にしたんだ」
「えっ……?」
「あ、でも安心して? 会話の内容は聞いてないから! 盗み聞きなんてしてないよぉ!」

 穂乃果が慌ててそう言った。あの現場を第三者に見られていたのか。迂闊だった。

「ただ、その後澪と会った時、なんかいつもと様子が違ってね……珍しく落ち込んでるみたいだったの。あぁ、普段のあの子が落ち込まないって言ってるんじゃないよ? 澪だって人間だし落ち込むことはあると思うけど……他の人から見ても明らかにわかるくらいだったの」
「…………」

 そういう事か。穂乃果が質問してきた意味を理解した颯空が内心でため息を吐く。それならば自分に問いかけてきても無理はない。とはいえ、会話の内容を言うわけにもいかない。ここはそれっぽい物語を作るしかないだろう。

「……別に大した話はしていない。俺が『恵みの森』に行くことを心配されただけ」
「そうなの?」
「あぁ。生徒会長としての責務からだろ。この世界に来たらそんな肩書は関係ないっていうのに」

 そもそも生徒会長なんて柄じゃないのに、どうしてそんな無理をするのだろうか。僅かな苛立ちを感じながら颯空が言った。穂乃果が少しだけ驚いた顔で颯空を見る。

「とにかく、なんでもない」

 感情が漏れ出してしまった事を後悔した颯空が、すぐさま感情を消して言った。

「そ、そうなんだ。あんな澪を見たのは初めてだったから、御子柴君とどんな話をしたんだろう、って思って」
「俺相手に重要な話なんてするわけないだろ。大体俺と藤ヶ谷は――」

 ――コロス。

 そんな間柄ではない、そう言おうとした颯空だったが、不意に猛烈な殺気を感じ言葉が途切れる。その様子に驚いた穂乃果は「どうしたの?」と声をかけるが、颯空に答える余裕はなかった。何気なく、それでいて注意深く周りを眺める。相変わらず、森は暗幕に覆われていた。今は殺気も何も感じない。気のせいだったのだろうか?
 いや、それはない。自分の腕に立っている鳥肌がそれを物語っていた。

「うん、やっぱりここの数値も正常だね。次で最後だからもうひと頑張りしよう!」

 殺気の主を探している颯空にはお構いなしで、測定を終えたアトラスが隆人に次進む方向を指示する。隆人は何も言わずにそちらへ向くと、行軍を再開した。

「御子柴君……?」
「……行こうか」

 突然様子の変わった颯空に戸惑いながら穂乃果が声をかけるが、颯空は素っ気なくそう告げる。殺気の主がわからない以上、油断することはできない。そう考えた颯空は警戒レベルを最大まで引き上げ、隆人達の後について歩いて行った。
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