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1. ヤンキー君と優等生ちゃん

9. 呼び出し

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「はぁ……」

 熱気に包まれた狭苦しい四角い小部屋でたこ焼きを焼きながら、佐藤武夫は盛大にため息を吐いた。もちろん、ひっくり返すのが少し遅れてたこ焼きが焦げ付いてしまったからではない。原因は先ほどここに現れた二人組だ。正確には二人の内、生徒会に所属している少女の事を考えて彼は憂鬱ゆううつになっている。

「まさか渚さんに見つかるとはなぁ……明日には先生から呼び出しだろうな」

 渚美琴。名門、清新学園に置いて常に成績上位者に名を連ねる頭脳を持ち、十人に聞いたら十人が美少女と答える完成されたルックス。おまけに生徒会役員にもなっている優等生。そんな彼女に、学校で禁じられているアルバイトをしているところを見られた。
 迂闊うかつだった、と言ってしまえばそれまでだが、生徒会と言えどまさかこんな所まで見回りはしないだろうと思っていたのも事実。とはいえ、自分が不注意だったのはいなめない。美琴が放課後、会長からの評価を稼ぐために校内を巡回しているのはあまりにも有名な話だ。そんな彼女が、校内にはもう校則違反する者がいないと悟り、こういう場所にまで足を延ばしても、多少生徒の領分から逸脱しているとはいえ、なんらおかしい事ではない。

「それにしても久我山と一緒にいたけど、あの二人付き合ってんのかな? ……そんなわけないか」

 あまりにも見当違いな自分の発言に、思わず苦笑いをしてしまう。あの二人がカップルなんて美女と野獣もいいとこだ。自分が知る限り、あの二人に接点などない。特に美琴は生徒会役員なので、颯空のような不良は忌避きひすべき存在。大方、自分と同じように校則違反をしているところを見つかり、連行されているところだったのだろう。
 ……そういえばあの男、今日はピアスとかしていなかったな。幾度となく職員室に呼び出されても一切自分のスタイルを変えなかったのに、どういう心境の変化があったというのか。もしかして、今渚美琴と一緒にいた事が関係しているのだろうか? いやいや、仮に彼女から注意を受けたとして、大人しく聞くようでは校内一の不良ワルの名がすたる、というものだ。

「おい、たこ焼き一つくれよ」

 そんなどうでもいい事を考えながらぼーっとたこ焼きを焼いていた武夫だったが、お客さんが来たことで気合を入れなおす。今日までのバイトになるかもしれないが、だからといって手を抜くことは出来ない。

「いらっしゃ……って、また久我山か」
「さっき買いそびれたからな。戻ってきた」

 気持ちを切り替えたというのに、目の前にいるのはまたしても久我山颯空。招かれざる客、とまでは言わないが、どちらかというと会いたくなかった部類の客の来店に武夫はため息を吐いた。

「いいのか? 渚さんに捕まるぞ?」
「おいおい、すげぇな。買い食いが校則違反だって知ってんのかよ。俺はさっき初めて知ったぞ?」
「普通知ってるって」

 呆れ顔で返事をしながら、颯空の後ろをチラ見する。そこには超絶美少女の姿がなかった。

「心配すんな。お目付け役は追い払ってきた」
「心配って……俺はもうアルバイトしてるのがばれたから何も心配する必要ないって」
「そりゃそうか」

 颯空がポリポリと頬を掻く。片側ツーブロックで、しかも切れ込みまで入れているような生徒は清新学園にこの男しかいない。近寄りがたいというか近寄りたくない相手。そう思っていたヤンキーと普通に会話している自分に武夫は少しだけ驚いていた。

「はい、一パック五百円な」
「クラスメートのよしみだろ? 少しくらいまけてくれよ」
「クラスメートって、さっきまで俺の事知らなかっただろうに。……ほら、鰹節多めに入れといてやったよ」
「サンキュー!」

 五百円玉を投げ渡しながら嬉しそうにたこ焼きを受け取った颯空は、店の前に置いてある簡易的なベンチに腰掛け、早速たこ焼きを食べ始める。

「はふはふ……なかなかいけるなこれ。才能あるんじゃねぇか?」
「素材を厳選してるのも、生地を作ってるのも俺じゃないから、あったとしてもたこ焼きを焼く才能だけだな」
「いいじゃねぇか、たこ焼き焼く才能。誰にでもあるもんじゃねぇぞ?」
「どうせならもう少しまともな才能の方がよかったよ」

 適当に相槌を打ちながら、武夫は鉄板に油を塗ってから生地を垂らしていく。颯空の方はできたてのたこ焼きをふーふー吹いて冷ましながら、存分に堪能していた。

「……と、たこ焼きが美味くてここに来た目的忘れるとこだった」

 残り二つというところで、颯空は慌ててたこ焼きのパックを閉じる。そしてベンチから立ち上がると、集中して生地の焼き加減を見極めていた武夫に声をかけた。

「なぁ……ちょい聞きたい事があんだけど、いい?」



 普段と比べかなり遅い夕食を食べ、自分の部屋に入ったところで渚美琴はようやく息を吐いた。

「疲れた……」

 自分の安息の地に来たことで、思わず本音が零れる。まさかこれほどまでに母親から質問攻めにあうとは思ってもみなかった。予備校などに通っていない美琴はいつも十八時くらいに帰宅している。生徒会の仕事で遅くなったとしても、十九時までには家に着いていることが殆どだ。だが、今日彼女が帰ってきたのは二十時過ぎ。親が心配するのはもっともだと言える……心配しているのであれば。

「……あれは絶対興味本位で聞いてきたわよね」

 美琴はふらふらとした足取りでベッドの上に倒れこんだ。ニコニコと笑いながら「どうしてこんなに遅くなったの? 彼氏?」と何度も聞いてくる母親の顔を思い出すと、どうにも頭が痛くなる。
 とはいえ、美琴の心はある種の達成感で満たされていた。神宮司誠から言われたのは、明日までに生徒会に相応しい仕事をこなすという事。あれだけ校舎を歩き回って何も見つけられなかった時は絶望の大海に溺れていた気分だったが、なんとか諦めずに行動した結果、校則破りを見つけ出すことに成功。見事、誠のミッションをクリアする事が出来たのだ。
 それもこれも、屋上で自分に発破をかけてくれた存在がいてくれたからなのではあるが、どうにも素直に感謝する事が出来ずにいる。

「…………野暮用ってなんなのよ」

 うつ伏せになって枕に頬を乗せながら美琴は不服そうに呟いた。本当は一緒に帰りながら「ありがとう」と伝えたかったのに、あの男は「一緒に帰る間柄じゃない」と、一人でどこかへ行ってしまった。そんな冷たい態度を取った颯空も、それに若干傷ついている自分も、美琴は気に入らなかった。
 腹立ち紛れに寝返りを打つ。不機嫌な美琴の体も、ベッドは優しく受け止めてくれた。これはかなりまずい状況。ただでさえ校舎の中を歩き回り、商店街での張り込みにより、いい具合に疲労が蓄積しているというのにこの心地よさ。頭では風呂に入らなければならない、とわかっている美琴であったが、体が言う事を聞いてくれそうになかった。

 三十分……いや、十五分だけ……。

 そう頭の中で呟きながら、美琴は静かにまぶたを閉じる。

 ピロリン。

 あと数秒、静かな時間が過ぎるだけで素敵な夢の世界へと旅立てるはずだったのに、無機質な電子音により、美琴の意識は現実へと引き戻された。

「もぉ! いったい誰よ!?」

 理不尽と言われてもしょうがない怒りをぶちまけながら美琴は乱暴にスマホを手に取る。トークアプリに新着メッセージが届いている事を知らせるバナーが出ていた。よどみない操作でロックを解除し、トークアプリをタップして相手の名前を見たところで美琴の動きがピタリと止まる。

「久我山君……?」

 完全に美琴の意識は覚醒した。そういえば、連絡する事があるかもしれない、という事で昨日のうちに連絡先を交換しておいた。だが、それは自分が颯空に連絡するためつもりだった。まさか彼の方からメッセージを送って来るとは夢にも思っていなかった。
 なぜか少しだけ緊張しつつ、『久我山颯空』という名前をタップする。

『さっきの商店街まで来い。ダッシュで』

 思わずスマホを握り潰しそうになった。いや、美琴にゴリラ並みの握力があれば、スマホはお亡くなりになっていただろう。むくりとベッドから起き上がった美琴は無表情のまま、腕利きガンマンもびっくりな早打ちで文字を入力していく。

『今何時だと思ってるのよ!? 行くわけないでしょ!! ってか、まだ商店街にいたの!? さっさと帰りなさい!! 警察に補導されるわよ!?』

 ほとんど一瞬でこれだけの文字を打ち込むと、鼻息を荒くしながら送信ボタンをタップする。送って十秒くらいすると既読の二文字が付いた。あれだけ怒りを露わにしたメッセージであれば、颯空も商店街に来いなどという馬鹿げたことを……。

 ブブブブッ!

 美琴のスマホが突然震えだす。美琴が見ると、スマホは着信中の画面になっており、画面中央には『久我山颯空』と表示されていた。なんとなく嫌な予感がしつつ、通話のボタンをタップする。

「もしも」
『ダッシュで』
「し……」

 ツー、ツー、ツー……。

 電話に出た時のお約束の返事を美琴が言い切る前に電話が切れた。程なくして着信したスマホよりも激しく美琴の体が震えだす。

「……上等じゃない。これで大した要件じゃなかったらはっ倒してやるわよっ!! あのヤンキー!!」

 怒りが頂点に達し、もはや笑いが出るレベルに至った美琴は、苛立ちを隠そうともせずに家着からジャージに着替えると、母親に声をかける事なくスマホを握り締め、玄関から飛び出していった。
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