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3章

EP.23開戦(後編)

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 バラニマミレルとの戦闘は続いている。何度か懐に飛び込み傷を負わせることには成功しているが、「天使は自身が死を認識しないと死なない」という性質上、致命傷を何度も与えないと、相手を殺すことができない。そのため、擦り傷程度では、いくら与えても相手を消耗させる程度にしかならない。
その上、俺もいくつか手傷を負った上、俺は毎秒「奇跡封じの奇跡」を使って、激しく消耗している!こんなことをすると言い出した過去の自分を問い詰めたい気分だ。

「どうした、剣が鈍っているぞ。」

バラニマミレルの槍の一突きが迫る。間一髪で回避するが、髪が一束宙に舞う。
反撃をしたいが、正直毎秒奇跡封じの奇跡を使い続けるだけで精一杯だ。槍で突いた後に相手には隙があったが、それに反応はできず、相手に槍を引き戻す好機を与えてしまった。

「もう反撃も出来ぬほど消耗しているのか?……ならいい、さっさと終わらせるまでだ。」

バラニマミレルはそう言うと、槍を構えたまま接近してきた。深い刺突を狙うつもりかと、横に避ける。
だが、それは敵の思惑通りだった。横に避けたことで警戒の薄れた右腕を、薙ぎ払われる槍が両断した。

「~~~~っ!!!」

剣を持つ腕が落とされた。その混乱と激痛により、身じろぎしている隙に、腹に重量感のある一撃が加えられる。槍が俺の腹を貫いたのだ。
槍が引き抜かれ、俺の意志に反して、俺の体は倒れ伏す。

「勝負あったな。あとは貴様を殺すだけだ。」

冷酷にバラニマミレルは告げる。ここから、俺に死を与えるためだけの、拷問のような時間が始まった。
 バラニマミレルは最初に俺の四肢を切断し、抵抗する力を奪った。それだけでも本当に死を直観するほどの激痛に見舞われたが、その後は槍を放り出し、俺の腹や顔を執拗に殴り続けた。
コンさんに会わせる顔が物理的になくなっていく。顎や鼻が砕け、右目が潰れる音が聞こえた時、俺は本当にここで死んでしまうのだと実感した。
ごめん、コンさん、俺はこれ以上、戦えない━━そう思って意識を手放そうとした時、ふと脳裏にコンさんの笑顔が浮かんだ。
綺麗な顔。だが回想の中のその顔がぐにゃりと歪み、全身が刃でできた、形容し難い化け物の姿になる。その姿で天使を退けた時の姿だ。
━━コンさんは、変身する時、痛くないんだろうか?骨や筋肉を急激に変形させる動作に、果たして痛みが伴わないんだろうか?ふとそう思った。
そしてその答えはおそらく「否」だ。奇跡で痛みを中和することもできないのに、あの変身に痛みが伴わないわけがない。
コンさんは痛みを堪えながら、今まで俺のために戦って来てくれたんだ。俺がこんな痛みに負けるわけにはいかない。
俺の闘志には再び火がついていた。どうにかしてバラニマミレルに勝ち、コンさんの元に帰るんだ。

そこでふと思い至った。バラニマミレルは、先程の拷問から奇跡を使用していない。俺は顔を殴られ始めたあたりから、奇跡封じの奇跡を途切れさせてしまっているが、相手はまだ「自分は今奇跡が使えない」と思い込んでいるようだ。
バラニマミレルは槍を再び構え、今度は俺の首元に押し当てる。

「しぶとい奴だ、これで終わらせてやる。」

バラニマミレルと目が合う。一つの勝算に辿り着いた。
相手が「奇跡を使えない」と思っているなら、こちらが使えばいい!
こちらを死に至らしめるほどの苦痛を与えられたなら、こちらも苦痛を返せばいい!
俺はバラニマミレルにとある奇跡を使用した。
使ったのは、「記憶再生の奇跡」自身の記憶を相手に強制的に見せる奇跡だ。
俺は先ほどからバラニマミレルに嬲られた記憶を、バラニマミレルに見せた。痛みも、恐怖も、何もかも全て。更に、その全ての記憶を1秒に圧縮して与えた。
つまりバラニマミレルは、俺に与え続けた苦痛を、1秒に圧縮されて体験することになる!

「あ、あぁ、ああああぁぁぁあ!!!」

バラニマミレルは絶叫し、そのまま倒れ伏した。あれほどの苦痛を瞬間的に与えられたんだ、生きてはいないだろう。
俺は嬲られた身体を、「治療の奇跡」を使って修復する。損傷が大きいため少し痛みも伴うが、先程の拷問に比べればなんて事はない。
さてこれからどうするか……と周りを見回す。気がつけば自動人形オートマタたちは動きを止めている。おそらくミドが、人形使いの無力化に成功したようだ。
そのことに安堵していると、とある方向から大きな爆発音が聞こえる。コンさんが向かった先だ。しかもそちらは、いつの間にか火の手が上がっていて、一帯が煙に包まれている。

「コンさん……!」

俺はコンさんの向かった方向へ急行することにした。


「九十九!!!いますか!九十九!」

僕は天使たちの襲撃を見て、身体が勝手に九十九を探して飛び出していた。
九十九は保護された子供ではない!こんな状況では、簡単に死んでしまうだろう!
あの曲がり角を曲がれば、九十九と出会った公園が見えてくる。もしかしたら、助けられるかもしれない。一抹の希望を胸に、曲がり角を曲がった。


 そこには炎が広がっていた。
九十九と出会った公園、一緒に選んだコンビニ、その他街に並ぶ集合住宅。その全てが火と煙に包まれていた。
僕は九十九の死を直観していた。九十九はあの火の手の中にいるか、既に外に出て、自動人形に見つかっているか、どちらかだと。
熱風に当てられ、思わず慟哭する。

「……赦してくれるって、言ったじゃないですか。」

「これからいい子になろうとしてたのに!なんで、なんで神様は僕らを生きさせてくれないんだよおっ!」

震える拳を握りしめ、誓った。

「……もういい、お前なんかいらない。」

「お前は全然善良じゃない。お前なんか神様じゃない。」

「こんな風に僕らをいじめるくらいなら、殺してやる。」

「殺してやる、殺してやるぞ!」

僕の目は再び憎悪を宿し、それは目の前の天使を捉えた。
火炎放射器のようなものを携えた天使が、目の前を歩いている。その天使はこちらに気づき、声をかけてきた。

「オデはバーネル!ゴミを燃やすのが仕事だど!今日は人間を燃やすのがしご━━」

その全てを聞き終わる前に、僕は猛虎に変身し、火炎放射器を持った天使を地面に押し倒していた。

「お前か、お前がこの街を燃やしたのか!」

その喉笛を噛み切らんとするが、その瞬間、僕はある事に気がついた。
先程押し倒した衝撃で、火炎放射器のガスボンベにヒビが入った。火炎放射器があるのだから、燃料となるガスボンベも持っていることを想定すべきだった。
火に包まれたこの空間で、ガスボンベにヒビを入れたらどうなるか。僕は冷静になって考えるべきだった。そう思い至った瞬間には全てが遅かった。
ガスボンベから漏れたガスに引火し、僕は天使諸共爆発に巻き込まれてしまった。ホムンクルスの大敵である、爆発に。


 ふと僕は意識を取り戻した。気がついた時には、僕はわずかばかりの肉片になっていた。
奇跡的に核が一つだけ生き残っていたのだろう。今すぐ人を食えば、生き残ることができるかもしれない。
目の前には焼けた子供の死体がある。顔は黒く焼け焦げていて、誰のものだかわからない。
僕の全身は飢えを訴えていた。今すぐ目の前の死体を喰らうべきだと告げていた。
けれど、もしかしたら、目の前の死体は九十九かもしれないと思った。そう考えたら、とても食べる気にはなれなかった。
一瞬の躊躇が僕から力を奪い、次の瞬間には、僕は動くことすら出来なくなっていた。
そのままどうか目の前の死体が九十九でないことを祈りながら、僕は意識を手放した。

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