愛されホムンクルスの復讐譚

ごぶーまる

文字の大きさ
上 下
17 / 35
2章

EP.17呪いを継ぐ娘(前編)

しおりを挟む
 襲撃から四日目、朝食を摂った後、私はロビーでホムンクルス二人を見守りながら、考え事をしていた。ホムンクルスたちの移送先はなかなか決まらないし、ニカフィムさんは相変わらず塞ぎ込んだままだ。
 このままホテルに居続けては、ホムンクルスの実情が民間に漏れてしまう、早急に対策をしなければ……と考えていたところ、見知らぬ女性が私の目の前に立ち、声をかけてくる。

「すみません、アイディンという人を探しているのですが。」

その女性は、昔いた移民コミュニティを彷彿とさせる外見だった。私と同じ褐色の肌に、彫りの深い顔立ち。珍しいなと思いつつ、質問に答える。

「アイディンは私の名前ですが……さほどいる名前でもないし、私に何か用ですか。」

そう返すとその女性は、少し眉間に皺を寄せた。

「娘の顔を……覚えていないの?パパ。」

そう言われて、私は持っていたタブレットを落とした。
と同時に、話を盗み聞きしていたホムンクルスたちが反応した。

「「パパ!?」」


「え~っ!アイさん娘さんがいたんですか!なんで今まで話してくれなかったんですか~!?」

紺碧はゴシップに食いつく少女のような顔をしている。ミドは唖然とした表情をしつつ、状況の説明を求めている顔をしている。

「話すも何も、プライベートのことだし……何より、娘……サイーダと別れたのは彼女が三歳の頃の話で、それ以降は会っていない!顔を知らないのも仕方ないだろう!」

「三歳……?って人間だとどのくらいなんですか?」

これだからホムンクルスは!説明が難しい!いちいち人間の成長や結婚制度のことから話してられるか!

「これがパパの作ったホムンクルス?なんか思ったより、子供っぽい……」

サイーダは初めて見るホムンクルスをまじまじと観察している。一般人にホムンクルスと接触させるのは規約違反なのだが……。

「初めまして!僕は紺碧です!」と紺碧はサイーダと握手する。

「……ミドだ。よろしく。」ミドも気まずそうに手を差し出した。

さて何から説明して、どう収集をつけたものか……と考えようとしたところに、スマートフォンの通知音が鳴る。今日はこの後上層部とのリモートミーティングがあることを失念していた。

「……っ、君たち、サイーダも。私はしばらく会議があるから、そこで待ってなさい!」
「それと、ホムンクルスの能力は一応機密情報なんだ、それはサイーダには話さないように!」

そう命令して、私は会議のため、私に割り当てられた部屋に戻った。
胸がざわめく。ホムンクルスたちが余計なことを話さなければいいが……。


 ホテルのロビーの寛ぐトコに、サイーダとかいう先生の娘と、紺碧とで腰掛けた。机の上には簡単なお菓子と、ドリンクバーから取ってきた飲み物が置いてある。

「それで……なんでわざわざ先生の娘さんは、先生に会いに来たんだ。ずっと会ってなかったんだろ?」

紺碧に口を開かせると余計なことになりそうなので、オレが話を仕切ることにする。

「会ってみたかったから。私を捨ててまでやりたかったホムンクルスの仕事ってどんなものなのか、知りたかったから。」

サイーダはアイスティーにフレッシュとガムシロップを入れてかき混ぜる。彼女はそれを一口飲んだ後、オレたちに問いかけた。

「あなたたちから見た父は、どんな人なの?」

それを問われて、オレたちは揃って閉口した。紺碧が戻ってくる前の先生と、後の先生は、まるで別人のように対応が変わったからだ。
ただ、まるで人が変わったようとは思えないのも確かだった。事情を聞けば、行動には全て理由と一貫性が伴っているのだとわかったからだ。
答えづらそうに紺碧が口を開いた。

「アイさんは……ソフ?がホムンクルスを初めて作った人で、だからホムンクルスに関わってるって聞きました。あってますよね?」

「そうだな。」紺碧の言葉を肯定する。感想ではなく事実を述べるのはいい判断だ。

「なにそれ、聞いたことない……。」

サイーダの表情には驚きの色が見えた。話題を逸らすため、こちらからも質問してみることにする。

「一般的には、親ってのは子供を大切にするもんなんだろ?なのに先生とずっと会ってなかったってのは、どういうことなんだ?」

「私のパパとママは、私が三歳の頃に離婚……別れたの。それで私はママについていって、パパからは養育費をもらうだけの関係だった。」

「ヨウイクヒ?」紺碧が質問をする。それはオレもわかっていなかったのでありがたい。

「……子供の父親と母親は、子供と別れても、子供を育てるお金は払わなきゃいけないの。だからパパは私と別れた後も、ママにお金を送り続けてたの。そうやってこの国のルールでは決まってるの。」
「もっともパパは、養育費を払いたがらなかったって、ママから聞いたけど。悪い父親だったってこと。」

「悪い父親……」その言葉を聞いて、かつての先生を思い出す。あの人はホムンクルスを大事に思ってるのに、わざとオレたちに危害を加えていた。もしかしたら、実の娘に対してもそうだったのではないか?と勘繰ってしまう。

「……私より、あなたたちのことの方が大事だったってこと?」サイーダの目が伏せられる。

「いや、そんなことはないと思う。先生は大事なものほど、扱いが下手になる人だから。」
なんだ……?何かが引っ掛かる。先生は娘を大切にしないような人じゃないはずだ。じゃあなんで、娘と距離を置くような真似をしたんだ?

「一つ、質問をいいですか?」紺碧が尋ね、サイーダが承諾する。

「仕事をしたらお金がもらえるんですよね?そして、人はそのお金で子供を育てるんですよね?」

「何を当たり前のことを……そうよ。」

「ってことは、アイさんのソフって人は、ホムンクルスを作る仕事でお金をもらって、アイさんを育てたんですよね?」

「細かいところは違うけど、概ねそうでしょうね。」

「じゃあ、ほんとはアイさんも、ホムンクルスを作ったお金で、サイーダさんを育てる予定だった……というか、育てたんですよね?」

「……そうね。」

「……っ!わかったぞ!」全ての点が繋がり、事の全貌を理解する。

「ミド、何かわかったんですか?」

「仕事は、親から子に受け継がれるんだよ!」

「はぁ……」呆れたような顔のサイーダを尻目に、オレは続けた。

「先生の祖父がホムンクルスを初めて作って、先生もホムンクルスを作る仕事をしてる。この流れでいけば、娘の仕事は何になる?」

「ホムンクルスを作る仕事になる?」紺碧が問いに答える。

「そう、そうなることが多分先生は嫌だったんだ。」

「ああ……。」紺碧は納得したが、サイーダはまだ納得していないようだ。

「どうして……?どうして私にホムンクルスを作って欲しくなかったの?まさか、『ホムンクルスは人命から作られる』って噂は本当なの?」

「本当だって、先生は言ってたぞ。他にも、酷いことをたくさんしてきた。ホムンクルスを作る仕事は、娘に継いで欲しくないほど酷い仕事なんだ。」

「そんな……。」サイーダは明らかに動揺している。

「養育費を払いたがらなかったってのも、これだと合点がいく。多分先生は、ホムンクルスを作った金で、自分の娘を育てたくなかったんだ。」
「ホムンクルスを作り、人命を犠牲にして得た金は、汚い金だと思ったんだろう……そうやって間接的にでさえも、娘をホムンクルスから関わらせたくなかったんだ。」

「そんな、そんなに……ホムンクルスは酷いものなの!?あなたたちを見ている限り、そうは見えないけど……!」

オレたちは沈黙した。ホムンクルスの性質について、口止めされていたので、どこまで話していいかわからなかったからだ。

「オレたちのことについて、話せることは限られてる。だが、ギリギリ言える範囲で言うなら……。」
「オレたちの年齢は、8ヶ月と少しだ。これで伝わるか?」

サイーダの目から光が消えた。ここまでの紺碧の、知識不足かつ幼い言動、そしてその状態で紺碧は二度戦っていること……この事実が伝われば、ホムンクルスがどういったものなのか、理解してもらえたことだろう。

アイスティーのグラスの氷がカランと鳴る。少し薄まったそれは、推理が白熱していたことを示していた。

「すまない、会議終わったよ。って……君たち、余計なこと話していないだろうね。」

ちょうど先生がロビーに顔を出す。先生は酷く落胆した様子の娘を見て、オレたちを睨みつけた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

絶世のディプロマット

一陣茜
SF
惑星連合平和維持局調停課に所属するスペース・ディプロマット(宇宙外交官)レイ・アウダークス。彼女の業務は、惑星同士の衝突を防ぐべく、双方の間に介入し、円満に和解させる。 レイの初仕事は、軍事アンドロイド産業の発展を望む惑星ストリゴイと、墓石が土地を圧迫し、財政難に陥っている惑星レムレスの星間戦争を未然に防ぐーーという任務。 レイは自身の護衛官に任じた凄腕の青年剣士、円城九太郎とともに惑星間の調停に赴く。 ※本作はフィクションであり、実際の人物、団体、事件、地名などとは一切関係ありません。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

【BIO DEFENSE】 ~終わった世界に作られる都市~

こばん
SF
世界は唐突に終わりを告げる。それはある日突然現れて、平和な日常を過ごす人々に襲い掛かった。それは醜悪な様相に異臭を放ちながら、かつての日常に我が物顔で居座った。 人から人に感染し、感染した人はまだ感染していない人に襲い掛かり、恐るべき加速度で被害は広がって行く。 それに対抗する術は、今は無い。 平和な日常があっという間に非日常の世界に変わり、残った人々は集い、四国でいくつかの都市を形成して反攻の糸口と感染のルーツを探る。 しかしそれに対してか感染者も進化して困難な状況に拍車をかけてくる。 さらにそんな状態のなかでも、権益を求め人の足元をすくうため画策する者、理性をなくし欲望のままに動く者、この状況を利用すらして己の利益のみを求めて動く者らが牙をむき出しにしていきパニックは混迷を極める。 普通の高校生であったカナタもパニックに巻き込まれ、都市の一つに避難した。その都市の守備隊に仲間達と共に入り、第十一番隊として活動していく。様々な人と出会い、別れを繰り返しながら、感染者や都市外の略奪者などと戦い、都市同士の思惑に巻き込まれたりしながら日々を過ごしていた。 そして、やがて一つの真実に辿り着く。 それは大きな選択を迫られるものだった。 bio defence ※物語に出て来るすべての人名及び地名などの固有名詞はすべてフィクションです。作者の頭の中だけに存在するものであり、特定の人物や場所に対して何らかの意味合いを持たせたものではありません。

年下の地球人に脅されています

KUMANOMORI(くまのもり)
SF
 鵲盧杞(かささぎ ろき)は中学生の息子を育てるシングルマザーの宇宙人だ。  盧杞は、息子の玄有(けんゆう)を普通の地球人として育てなければいけないと思っている。  ある日、盧杞は後輩の社員・谷牧奨馬から、見覚えのないセクハラを訴えられる。  セクハラの件を不問にするかわりに、「自分と付き合って欲しい」という谷牧だったが、盧杞は元夫以外の地球人に興味がない。  さらに、盧杞は旅立ちの時期が近づいていて・・・    シュール系宇宙人ノベル。

CREATED WORLD

猫手水晶
SF
 惑星アケラは、大気汚染や森林伐採により、いずれ人類が住み続けることができなくなってしまう事がわかった。  惑星アケラに住む人類は絶滅を免れる為に、安全に生活を送れる場所を探す事が必要となった。  宇宙に人間が住める惑星を探そうという提案もあったが、惑星アケラの周りに人が住めるような環境の星はなく、見つける前に人類が絶滅してしまうだろうという理由で、現実性に欠けるものだった。  「人間が住めるような場所を自分で作ろう」という提案もあったが、資材や重力の方向の問題により、それも現実性に欠ける。  そこで科学者は「自分達で世界を構築するのなら、世界をそのまま宇宙に作るのではなく、自分達で『宇宙』にあたる空間を新たに作り出し、その空間で人間が生活できるようにすれば良いのではないか。」と。

ふたつの足跡

Anthony-Blue
SF
ある日起こった災いによって、本来の当たり前だった世界が当たり前ではなくなった。 今の『当たり前』の世界に、『当たり前』ではない自分を隠して生きている。 そんな自分を憂い、怯え、それでも逃げられない現実を受け止められるのか・・・。

ドマゾネスの掟 ~ドMな褐色少女は僕に責められたがっている~

ファンタジー
探検家の主人公は伝説の部族ドマゾネスを探すために密林の奥へ進むが道に迷ってしまう。 そんな彼をドマゾネスの少女カリナが発見してドマゾネスの村に連れていく。 そして、目覚めた彼はドマゾネスたちから歓迎され、子種を求められるのだった。

処理中です...