ライカ

こま

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11章 災禍の終わり

11_⑥

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 それから二年の月日が流れた。すっかり元の生活を取り戻したサイトレットの町に、二人組の旅人が訪れる。魔物を恐れて町人が立て籠っていた宿屋も、今は客で賑わっている。
「こういう町だったんだな、本当は。久々に来てびっくりしたよ」
感慨深い旅人の呟きに、宿屋の主が愛想よく笑う。
「災禍の頃のことかい? この町には天使様より早く、救世主が来てくれたからね。運よく隕石も落ちなかったし、立ち直りも早かったのさ」
「救世主……ね」
もうひとりの旅人が苦笑いした瞬間、宿屋の主は目を見開いた。
「ああ! あんたがた、あの時の!」
 町を訪れたのは、トラメとヒスイだった。祝宴の後、忽然と姿を消した救世主が現れて、半狂乱になった宿屋の主をなだめながら、今の自分達の目的を説明する。レマを倒した後、みんなで各地を回って真実を伝えているのだ。
 ユニマは、チェルアの町に出て姉と二人暮らしをしている。外に出て行かないと何も変わらないと思い、行動に移しているのだ。町人はまだコリトに冷たいが、少しずつ、交わせる言葉が増えている気がする。
「お姉ちゃん。私、しばらく家を空けるけど大丈夫? 森に帰る?」
「ううん、平気。案外、町でも暮らせるものね」
この二年頑張ってきた妹の姿は、姉の心境を前向きに変えた。穏やかな日々が続いている。
 と、家のドアがノックされた。待っていましたとユニマが招き入れたのはセルだった。
「元気そうだな」
彼は大司教に掛け合って、ありのままの歴史を、人々に伝える活動を始めた。神官の意識改革や、古くからこびりついた神殿の性質に、真正面から立ち向かっている。各地を回るついでに、時々チェルアにも顔を出していた。何か目的があるらしく、支度を整えたユニマと一緒に出発する。ユニマの姉は、明るく微笑んで見送った。
 クーンシルッピは魔物の襲来が減って、自警団は暇を持て余している。訓練は怠らないが、村の雰囲気は以前にも増してあたたかいものになっている。空の色も明るく見えた。
「だけど、あんたのその顔は、見慣れないねえ」
 溜息まじりにこぼすのは、長い髪をばっさり切ったキョウネだった。旅が終わった後、村に住み着いている。目線の先には目尻の下がったヴァルがいた。彼の隣でイアが抱くのは、ようやく首が据わったくらいの赤ん坊だ。めでたく結婚して授かった、愛娘である。
「そんな羨ましそうに見るんなら、お前も結婚しちゃえばいいのに」
「誰と?」
きっと睨んで言うだけにした。赤ん坊の目の前で、父親を蹴り飛ばすわけにはいかない。
「俺と?」
 不意に、上から声が降ってきて、キョウネは狼狽した。たった今村に着いた、コティの言葉だったのだ。近くに降り立ったところで、とりあえず肩をバンバン叩く。「何、冗談にしても限度があるよ」と言いながら、顔は真っ赤だ。
「ライカは一緒じゃないの?」
強引に本題を出して、顔色に言及させない。コティによると、ライカはやることがあるから、先に行って待っているそうだ。
 災禍の真実を伝える活動の一つとして、ライカ達はレマのいた塔を、記録を残す場として作り変えることにしていた。近く完成して、お披露目となるのだ。それに合わせて、皆が島を目指している。
 ライカ達の見てきたことを信じ、活動に協力してくれる人は、少しずつ少しずつ増えてきた。暗い色に染まっていた塔は普通の石造りに戻り、沢山の資料や記録を中に集めている。あの後、像を結ぶことも話すこともなくなった、キート達の玉石も展示する。ずっとライカが持っていた、レマの腕輪も一緒に。歴史が捻じ曲げられたことも、仲間との決裂でレマが魔物に堕ちたことも、包み隠さず公開するつもりだ。
屋上のガラスは取り払って、直に空を見上げることの出来る庭園にした。
もうすぐ準備が終わるころ、ライカはそこで空を仰いだ。

 ここをレマの墓標にはしたくなかった。ずっと淋しくないように、世界に何があったか誰もが知れるように。考え、動き続けてきた。ライカの旅は終わらないのかもしれない。世界は変わり始めたばかりだ。
(みんな。いっぱい話して、いっぱい笑おう。ケンカもしよう。……それで、仲直りしたら、また笑うんだ)
 知らないことは、まだまだある。少しずつ歩み寄り、わかっていく時間を噛みしめて、ライカは笑顔で振り向く。
 仲間の足音が、近付いてきていた。
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