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11章 災禍の終わり
11_⑤
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鳥かご様の屋上では、頭から翼の生えた魔物と、ライカが戦っていた。魔物は翼に傷を負ったらしく、バランスを崩して高度を下げながら、ライカに向かって光線を吐いた。ライカは翼を翻してかわすと降下して、着地するや魔物に向かって走り出す。だが、間合いに捉える前に、魔物の翼が風を巻き起こす。それは無数のカマイタチだった。
(防ぎきれない!)
気功をまとったチャクラムをぶつけて可能な限り散らしたものの、切り傷からレマの淋しさが染みてくる。ライカは風圧で後ろに飛ばされた。
「ほらみろ、追いついた」
しっかり、背中を支えてくれるヴァルの手があった。ユニマの術が傷を癒してくれて、それぞれが武器を手にライカの周りに立つ。
「みんな! よかった~」
ライカの声が、ぱっと明るいものになる。態勢を立て直して、全員で魔物を見据えた。
── どうして どうして どうして
『なぜ、集う……なぜ、私はひとりなんだ。世界を救ったのは……災禍を止めたのは……』
頭の中に直接響く声と肉声、両方が聞こえる。魔物の傷からは、黒紫のもやが流れ出ていた。声が重なるほどに床を這って広がり、あっという間にライカ達を取り囲む。淋しさや憎しみに他者を取り込もうとする、触手のように見えた。もやに触れると、心がレマに引っ張られる。
不自由な翼で、魔物は再び羽ばたいた。攻撃される前にとセルが射た矢は、防がれることなく頬に刺さる。魔物が目指すのは、もっと高い位置のようだ。こちらを無視して、よろよろと上昇していく。
「止まり木……? あそこにいるのは、レマの本体か」
結晶の中にうずくまる姿を見て、ヴァルが眉をひそめた。魔物の意識がこちらに向いていないなら、好機だが……何か嫌な予感がする。周囲のもやも、段々に濃くなってきた。それは次第にいくつかの塊に別れ、四本の足で立つ影の魔物になった。一斉にライカ達に飛び掛る。
魔術で焼いて、あるいは武器で切り裂いても、散れた影はすぐ集約して元に戻った。これではキリがない──止まり木を目指す魔物が何をしようというのか、緊張が高まる。
── お願い、私を元の体へ還して。今度こそ、止めて見せるから
今、頭に響いた声は、魔物のものと違う。ライカの腕輪から発せられていた。残留思念のレマが、力を振り絞って話しているのだ。
ライカは隙を見て腕輪を取り出す。声は更に続いた。
── あなたたちの旅と共にあったことが、力をくれた。魔物の中に入れれば、憎しみも淋しさも打ち破れる。最期にもう一度、力を貸して……
「行ってきな、ライカ。邪魔はさせないよ!」
キョウネが威勢のいい檄を飛ばす。どうやら、声はみんなに届いていたらしい。短剣を収め、チャクラムの代わりに腕輪を持つと、ライカは翼を広げた。
「わかった、任せて!」
玉石を身につけるのと近い状態で、翼を出すのは大きな負担になる。それでも、どうにか宙へ舞いあがった。本体の元へ行かせまいとまとわり付く影は、全員で抑える。
ライカがレマの近くまで行った時、翼の魔物は骨格を無視して大きく口を開いていた。レマの本体を、結晶ごと丸呑みにする。途端、傷からこぼれるもやが止まり、獰猛な眼光をライカに向けた。
首の下に浮かぶ巨大なチャクラムが回転を始めるが、飛ばす前に凍りつき、動きを失う。ユニマの魔術だった。
「レマ。私は、ぜったい諦めないよ!」
言うと共に、ライカは気功を込めて腕輪を投げた。深々と眉間に食い込み、見えなくなる。
影の魔物が、飛び掛ってこなくなった。翼の魔物は羽ばたくことをやめ、落下しながら咆哮する。目から、口から赤い光が飛び出して、影の魔物を射抜くと霧散させた。
誰からともなく、落下地点に駆け寄る。魔物は、塔を染め上げる暗い色と一緒に、空気に溶けていった。あとには、玉石の腕輪と声だけが残る。
── ありがとう。私も、ひとりじゃない
拾い上げると、腕輪はひどく錆び付いていた。玉石だけはひびもなく、赤々と煌めいている。だが、もうここにレマはいないのだと思う。
「……これで、終わったのかな」
ライカの呟きに、トラメはゆるく首を振った。
「始まるんだよ。俺達が見たい未来が。……まずは、帰ろうぜ」
もやが晴れた塔の屋上からは、ガラス越しの青空が見えた。
その場にいる全員が一様に空を眺めている。両手で腕輪を包み、ライカは頷いた。
「うん。帰ろう。みんなが、待ってるもんね」
長きに渡って世界を苦しめた災禍が、本当の意味で終わりを迎え、ライカ達はクーンシルッピへと船首を向けた。
この日を境に、各地を襲う魔物は数を半減した。一心に天使に祈った世界中の人々は、天使の再来を喜んだ。なぜ災禍が始まったのか、元凶が何だったのかを、知る者は少ない。
(防ぎきれない!)
気功をまとったチャクラムをぶつけて可能な限り散らしたものの、切り傷からレマの淋しさが染みてくる。ライカは風圧で後ろに飛ばされた。
「ほらみろ、追いついた」
しっかり、背中を支えてくれるヴァルの手があった。ユニマの術が傷を癒してくれて、それぞれが武器を手にライカの周りに立つ。
「みんな! よかった~」
ライカの声が、ぱっと明るいものになる。態勢を立て直して、全員で魔物を見据えた。
── どうして どうして どうして
『なぜ、集う……なぜ、私はひとりなんだ。世界を救ったのは……災禍を止めたのは……』
頭の中に直接響く声と肉声、両方が聞こえる。魔物の傷からは、黒紫のもやが流れ出ていた。声が重なるほどに床を這って広がり、あっという間にライカ達を取り囲む。淋しさや憎しみに他者を取り込もうとする、触手のように見えた。もやに触れると、心がレマに引っ張られる。
不自由な翼で、魔物は再び羽ばたいた。攻撃される前にとセルが射た矢は、防がれることなく頬に刺さる。魔物が目指すのは、もっと高い位置のようだ。こちらを無視して、よろよろと上昇していく。
「止まり木……? あそこにいるのは、レマの本体か」
結晶の中にうずくまる姿を見て、ヴァルが眉をひそめた。魔物の意識がこちらに向いていないなら、好機だが……何か嫌な予感がする。周囲のもやも、段々に濃くなってきた。それは次第にいくつかの塊に別れ、四本の足で立つ影の魔物になった。一斉にライカ達に飛び掛る。
魔術で焼いて、あるいは武器で切り裂いても、散れた影はすぐ集約して元に戻った。これではキリがない──止まり木を目指す魔物が何をしようというのか、緊張が高まる。
── お願い、私を元の体へ還して。今度こそ、止めて見せるから
今、頭に響いた声は、魔物のものと違う。ライカの腕輪から発せられていた。残留思念のレマが、力を振り絞って話しているのだ。
ライカは隙を見て腕輪を取り出す。声は更に続いた。
── あなたたちの旅と共にあったことが、力をくれた。魔物の中に入れれば、憎しみも淋しさも打ち破れる。最期にもう一度、力を貸して……
「行ってきな、ライカ。邪魔はさせないよ!」
キョウネが威勢のいい檄を飛ばす。どうやら、声はみんなに届いていたらしい。短剣を収め、チャクラムの代わりに腕輪を持つと、ライカは翼を広げた。
「わかった、任せて!」
玉石を身につけるのと近い状態で、翼を出すのは大きな負担になる。それでも、どうにか宙へ舞いあがった。本体の元へ行かせまいとまとわり付く影は、全員で抑える。
ライカがレマの近くまで行った時、翼の魔物は骨格を無視して大きく口を開いていた。レマの本体を、結晶ごと丸呑みにする。途端、傷からこぼれるもやが止まり、獰猛な眼光をライカに向けた。
首の下に浮かぶ巨大なチャクラムが回転を始めるが、飛ばす前に凍りつき、動きを失う。ユニマの魔術だった。
「レマ。私は、ぜったい諦めないよ!」
言うと共に、ライカは気功を込めて腕輪を投げた。深々と眉間に食い込み、見えなくなる。
影の魔物が、飛び掛ってこなくなった。翼の魔物は羽ばたくことをやめ、落下しながら咆哮する。目から、口から赤い光が飛び出して、影の魔物を射抜くと霧散させた。
誰からともなく、落下地点に駆け寄る。魔物は、塔を染め上げる暗い色と一緒に、空気に溶けていった。あとには、玉石の腕輪と声だけが残る。
── ありがとう。私も、ひとりじゃない
拾い上げると、腕輪はひどく錆び付いていた。玉石だけはひびもなく、赤々と煌めいている。だが、もうここにレマはいないのだと思う。
「……これで、終わったのかな」
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「始まるんだよ。俺達が見たい未来が。……まずは、帰ろうぜ」
もやが晴れた塔の屋上からは、ガラス越しの青空が見えた。
その場にいる全員が一様に空を眺めている。両手で腕輪を包み、ライカは頷いた。
「うん。帰ろう。みんなが、待ってるもんね」
長きに渡って世界を苦しめた災禍が、本当の意味で終わりを迎え、ライカ達はクーンシルッピへと船首を向けた。
この日を境に、各地を襲う魔物は数を半減した。一心に天使に祈った世界中の人々は、天使の再来を喜んだ。なぜ災禍が始まったのか、元凶が何だったのかを、知る者は少ない。
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