ライカ

こま

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7章 道を探して

挿話 ミズイロホタル

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「……はじめまして、だね」
 ライカが正体を明かした時、これで自己紹介ができたと、場を和ませた言葉だ。
 これを言ったユニマに、キョウネは感心した。ライカの告白を聞いた最初は、責めるような態度だったのに。ただ、自分を納得させるために絞り出した台詞だとも感じられた。奥歯を噛み合わせたまま力が抜けず、口元がわずかに震えていた。
 あの後しばらく、キョウネはユニマに避けられているような気がしている。正直な話、自身の言動でユニマを怒らせた心当たりはない。何かきっかけがあると考えて、浮かんだのがそれだった。
(可愛い焼きもちだよねぇ。本人はしんどいかもしれないけど)
 キョウネはライカの実兄を知っていて、彼から正体を明かされていた。ライカと出会ってすぐ、面影を見て兄妹だと確かめたので、必然的に誰より早くライカの正体を知ることとなった。ユニマに詳しく事の次第を話す機会はなく、なんだかぎくしゃくしてしまっている。
(ちゃんと話したいね。なけりゃぁ、機会は作ればいいか)
 人の耳がある宿ではまずい。ちょうど野宿になった日、キョウネは単刀直入に「話がある」とユニマを誘い出した。面と向かって言われては断れず、素直に付いて来る。
「あっちに小川があったんだよね。けっこう水も綺麗だし、ホタルでもいたらいいな~」
 ろくに話していなかったこともあり、間を持たせるための話題は季節から外れている。ホタルの飛ぶ時期には早い。
「ホタル……」
変な話題に、ユニマはキョウネの緊張を感じ取った。何を話したいのかは、なんとなく察せられる。避けていたことに自覚もある。
「まだ、幼虫だと思う」
川辺で立ち止まるユニマに対し、草の地面の腰を下ろしたキョウネは苦笑した。
「やっぱり知ってたね。実家の近くにもホタルがいるのかい?」
「ううん。本で読んで、知ってるだけ」
ユニマの暮らす森にも川はあるが、ホタルが住む清流ではないらしい。
「それより、話って?」
 立っていても、あごを引いてちょっと上目遣いにこちらを見る。やっぱりはぐらかすものじゃないな、と気を取り直し、キョウネはさっさと本題を切り出すことにした。
「まあ座りなよ。何かあたしに怒ってるのかな、って聞きたくて呼んだんだ」
なるべく柔らかな言い方をしたら、ユニマはちょこんと隣に座った。ただ、怒っているかどうかは答えてくれない。
「怒ってる……とかでは、なくて」
小さな声の後は、しばらくせせらぎが時間を埋めた。

 ずるい。ユニマがキョウネに抱いた感情はシンプルなものだ。先に仲間として旅していたトラメや自分より早く、ライカの秘密を知っていたことが、どうしても引っかかる。問いつめることではない気がするし、ライカがいる所で口に出来るだろうか。なぜ、どうやって知ったのかは聞けなかった。
「う~ん……違う言い方にするとさ、あたしに、聞きたいことがあるんじゃないかな? って思ってるんだ」
 いつも威勢のいいキョウネが、泣く子をあやすように優しい声で語りかける。なんだか、気を遣わせてしまっている。
「あのね」
「うん」
 顔をこちらに向けないのは、そのきりっとした目で向き合うと、話しにくいと思ったからだろう。彼女と同じく川面を見て、それで目を合わせているつもりになってユニマは言ってみることにした。
「ライカが、私達に言ってなかったこと……どうして、先に知ってたの?」
ずるい。その言葉だけは使わないようにした。身を粉にして故郷を守っていたキョウネは、きっと、ずるいひとではないのだ。こんな気持ちになるのは初めてで、ユニマはぴたりと当てはまる言葉が見つからない。
「そうだね、納得いかないよな。あたしも、それを話しておきたかったんだ」
 キョウネはしきりにうなずいた。まだまだ続く旅、ライカのもとに集ったのに、彼女のことでケンカするのは嫌だ。その点でふたりの気持ちは通じていた。
「実は……あたし、ライカの兄貴と友達なんだよ」
「お兄さん。ライカにお兄さんがいるんだ」
血縁を言うことはつまり彼の翼を語ること。当人の知らない所で素性が知られるのは、ちょっといただけない世の中。だから、今まで濁してきたはずだ。新たな事実にユニマは驚いた。
「それって、内緒の話じゃないの?」
「だって、あたしはあいつの生まれを知ってた。妹がいることも。だから、初めて会った時にライカとあいつが家族だって気付いたんだよ。それと、今こうして話したことって同じようなもんだろ」
ライカの兄と初めて会う時、ユニマは既に彼の正体を知っていることになる。
「ははっ、まさかあたしが妹と旅してるなんて思ってないだろうねぇ」
「わ、笑いごとじゃないよ……ライカのお兄さん、知らないひとに自分のこと知られて、嫌がらないかな」
「大丈夫、大丈夫。ライカの仲間を嫌がるなんて、ありえないね」
気軽に言いきる様子は、キョウネとライカの兄の信頼関係を現していた。
(そっか……だから、ライカは話せたんだ)
兄をこんな風に受け入れてくれた人間になら、少し心を開いてもいいかもしれない。その時のライカの気持ちが想像できる。
 そういえば、ユニマがキョウネの弟の深手を癒やした時も、驚くほど感謝された。相手が何者であるかに関わらず、まずは真っ直ぐ接するのがキョウネなのだ。
(すごいなあ)
世の中に慣れていないから、ユニマは何者にも恐る恐る近付く。尊敬の念が芽生えるとともに、「ずるい」という感情は消えていった。
横顔を見ると、キョウネもこちらを向いた。納得いったかな? と聞きたいのがうかがえる。
「やっぱり、お兄さんとライカって似てるの?」
微笑んで話を続ければ、わだかまりの解消は伝わるだろうか。
「うん。背はあたしと同じくらいあるけど、顔の雰囲気がだいたい一緒」
「キョウネとオトキヨくらい、そっくり?」
「いや~、さすがにそこまでは……もしや、ユニマと姉貴ってそんなに似てるの?」
「お姉ちゃんと?……ううん、さすがにそこまでは」
 今はもう、ふたりとも笑って話している。ユニマの姉と面識のあるライカ達に、どのくらい似ているか聞いてみることになって立ち上がる。
 川辺を去る前に、キョウネは一度川を振り返ってぼやく。
「あ~あ、ユニマにホタルを見せてやりたかったな。綺麗なんだよ」
「ホタル……本物は見たことないけど」
 ふっと、ユニマは両手で何か包むようにして集中する。手を開くと、そこから無数の光の粒が舞い上がった。水色の光は、ゆっくり空中を飛びながら明滅する。
「おぉぉ……」
「小さい頃から、こうやって、本で読んだホタルを想像して……光の魔術で遊んでたの」
「すごい! 本当に、ホタルってこんな感じだよ」
季節外れのホタルが舞う景色に、キョウネは目を輝かせた。
「光の色は黄緑っていうか……黄色っていうか……だけど、水色のホタルも綺麗だな!」
ちょっと見せるつもりの魔術は短時間で効果が切れ、辺りは元の夜に満たされる。
「ふふ、想像、当たってて嬉しいけど、そのうち本当のホタルも見てみたい」
「皆で行こう、感激するよ!」
 仲間のもとへ戻ったら、なんだかホタル鑑賞会の計画で盛り上がってしまった。兄妹や姉妹がどのくらい似ているか、話そうと思っていたことはうっかり忘れる。
楽しい語らいの中で、何を忘れたかも忘れたけれど、思い出したらいつか話題になるだろう。
 茂みに引っかかり、一粒だけ残っていた水色のホタルが、溶けるように消えていった。
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