ライカ

こま

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4章 伝承を紐解く

4_⑩

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 町に残ったトラメ、ユニマ、オトキヨの三人は、大小何体かの式神と戦うことになったが、しばらく経つと勝手に煙になって消えた。人家も近い町外れでのこと、ひとまずほっとしたものの、わけがわからない。そこへキョウネ達が戻ってきて、一連の騒動が解決した。式神は側近が操っていたものらしく、魔物を剥がした時に気を失ったため、消滅したのだ。
 朝から緊張のし通しで、みんな疲れている。ひとまず宿で休憩することになった。
「ありがとうね、みんな!」
一番疲れたと思われるキョウネは、満面の笑顔でお茶を淹れた。オトキヨもいそいそと菓子箱を持ってきた。作戦会議と同じくひとつの部屋に集まって、小さな打ち上げの様相だ。
 そんな中、少しライカに元気がないのは、たまたまセルが正面に座ったせいではない。僅かな表情の陰りに気付いたのか、ユニマをはさんで窓側に座ったトラメは疑問の色を浮かべた。
「セルは、神殿に戻ってあれこれ報告するんだよね?」
キョウネが今後の事に話題を振る。ライカの顔が声の方に向き、もう表情は見えなかった。
セルは相変わらず淡白な答え方をして、話が続かない。六人で輪になって座っているが、彼だけ壁寄りにはみ出ている感じだ。そのため、すぐにライカが聞かれる番になる。
「そうだ、あんた達の目的、聞かないで巻き込んだよね。足止めになっちゃったかな」
言いながらキョウネはライカの肩を軽く叩き、後押ししてくれた。ずっと伏せてきた旅の目的を、自ら切り出すのは難しかったのだ。かといって、隠したまま旅をするのも難しく、心苦しい。
「うーん、目的ね……」
 トラメとユニマの顔を見てから、ライカはひとつ息をつき、話し出した。
伝承の天使を探していること。世界のどこかはわからないが、天使は森の中に封印され、今も生きているということ。
「災禍の再来は、何年か前に神殿が発表したはずだよ。噂と思いたい人が多いみたいだけど、悲しいかな、現実なんだよね」
ひざを抱えて座るライカの手は、そっと自分の足首をなでた。明るい口調を保ってはいるが、にじみ出る緊張感があった。
「色んな森を回ったけど、あと行ってない場所はレイフラウとイミセットくらい。もし、他に手がかりがあるなら……ユニマとセルに聞いてみたいな、なんて」
レイフラウは鳥の亜人だけの国、イミセットは徹底的に亜人種を排する国だ。特に後者は、神殿の信仰や世界に伝わる伝承も嫌う性格があり、天使の手がかりは期待が薄い。
(天使を見つけて、それからどうするんだろう?)
トラメが話に付いていけていない様子で、目線を宙に彷徨わせている。天使の伝承は、幼い頃に聞いたおとぎ話で知っているが、うろ覚えだ。記憶を掘り起こしているうちに、「災禍がまた世界を襲うなら、再び天使が降臨し人々を助ける」という節を思い出した。
 その間に、なぜだか部屋の中は静まり返り、セルが厳しい目つきでライカを見ていた。
「冒険者として旅をして、実力があって、なぜ君は災禍を他者に任せようとするんだ? 何か、腑に落ちない」
各地で起こる異常事態を総まとめして「災禍」と呼んでいるが、これには元凶があると言われている。実力の有無はともかく、災禍の元凶を断つと息巻く冒険者は存在した。神殿に話を聞きに来たり、資料を調べていく者もいるそうだ。ライカが共にいたふたりに目的を隠していたことも含めて、問いに答えるより疑問が先に立った。
「……色々調べるうちに思ったの。おとぎ話も歴史書も、天使が災禍の元凶を封じたって書いてあるのが多かった。完全になくすことは、出来なかったんじゃないかな」
キョウネ達やトラメは「そうだっけ?」と顔に書いてある。多く出回っている伝承の本に限っては、災禍を「断った」という表現だったと、ユニマが説明を補足した。都合のいい解釈のものが普及したのだろう。ライカとセルが頷く。
「天使に倒せなかったものをやっつけてやるって言うほど、うぬぼれてない。でも天使に救われるのを待ってるだけなんて、嫌だから」
魔物が増えて、人々の不安が増えて、また魔物が増える。皆どこか神経を尖らせていて、いさかいが起こり、つまらない憎しみが生まれる。
形のない災禍という存在のせいにしても、悪い兆候はずっと続く。それは他種族への差別として形になり、互いにいがみ合う悪循環となる。
(旅の中で見た世界を憂えて、何かせずにはいられないと? 一緒にいる彼らにすら、壁を作って接しているのに?)
世界の現状を考えれば、半分は納得できる。だが、セルから見ると、ライカは人に歩み寄っては遠ざかる、妙な態度を取っている。トラメやユニマに笑顔を向けても、そこには警戒が含まれていた。周りがどういうつもりであれ、ライカは一人ぼっちなのだ。
何か守りたいものがなくては、旅の目的が天使を探し出すことにはならないと思う。まだ疑問は残る。
「あのさ、災禍ってのは、最終的に世界がどうなっちまうんだ?」
 トラメの初歩的な質問で話を停滞させるのが嫌で、セルは「ほとんどの生き物が絶える」と端的に答えた。気付けば、ライカの真意を引き出そうとむきになっていた。
(彼女の矛盾が引っかかるのは、僕の個人的な感情じゃないか)
頭の中には冷静な意見もある。神殿に身を置く者としては、求められる情報を適切に与えればいい。詮索するのは好ましい態度ではない。
それでも、やはり気になるのが顔に出ていたのか、聞く前にライカが話し始めた。
「……今ってさ。災禍を他の種族のせいにして、気休めにする人がいるよね。人間でも、亜人種でも。災禍がなくなれば、みんな少しは仲良くなれるのかな」
姿かたちが少し人間と違うだけで、言葉は通じる。亜人種も一緒くたに町を歩く光景を思い浮かべているのか、ライカの目線は高い位置にある。セルも同じ辺りの宙を見てみるが、差別なく回る世界は見えなかった。
「友達が言ってたの。みんな仲良く出来たらいいって。はじめましての前から、嫌いになるのはおかしいって……その通りだと思った。ふたりで、みんなが仲良くできる世界を夢見てた。実現できるように頑張ろうねって、約束したんだよ」
感情を抑えているのがわかる。乾いた笑いを顔に貼り付けて過去形で語るのは、きっと……今はその友がいないからだ。
「もう約束だけになっちゃったけど、守りたいんだ。セルが言うみたいに実力があるんだから、出来るだけのことはしなくちゃね」
「そうか……」
一見しての明るい性格からは、想像できないような過去を抱えているのかもしれない。話の結びまで明るい態度を崩さなかったライカに対し、セルはこれ以上疑問を投げかけなかった。
 ライカが知りたかった天使の手がかりは、ユニマとセル、それぞれから得られた。コリトの持つ資料には、天使の率いた仲間のことが記されていた。ふたりの神官に冒険者、竜族の戦士もいたという。それを聞いていて、セルがはたと閃いた。
「天使とその仲間が、災禍の再来を予見していたとしたら、玉石が手がかりになるかもしれない」
「玉石ぃ? 亜人種の姿を人間の形に保つって石が?」
キョウネが大仰に驚くのも無理はない。人間には無縁の代物だ。効果は身に着けることで発揮され、一般的な宝石との見分けは難しい。実は、その石にはもうひとつ特徴があるらしい。
「かなり純度が高い石に限るが、生き物の精神を封入して保存できるんだそうだ。正しい情報を残すなら、書物や口伝より確実な方法だ」
ライカの目が、少し希望に輝く。
「それって、透明な石?」
青、紫、赤が玉石の色だが、高純度だと透明に淡く色合いが出る程度だという。心当たりがあるのか、ライカは頷いている。
「よし、探しに行こう! やったな、新しい手がかりだ」
 トラメがすっかり乗り気になっていることには、目を丸くする。ライカが思っていたのと、違う反応だったのだろう。
「信じるの? 今まで何にも言わなかった奴の話だよ」
「なんだよ~、まだ難しいこと考えてんのか?」
トラメはトラメだ。無防備な笑顔は疑うことを知らない。「君はもう少し考えた方がいい」というセルの横槍も受け流した。ユニマにしても、ライカの目的を知れば、自分が付いてきた意味がより確かになった。疑う道理はない。
(よかったね)
和やかな空気の中、キョウネが微笑んでライカを見ていた。
 玉石の心当たりである次の目的地を問われて、ライカははっきりと答えた。
「クーンシルッピ。亜人種が暮らす島だよ」
行き場のない亜人種が拓いた村は、トロムメトラの南に位置する。ライカのような思想を持つ人間は、彼らと共に数名暮らしている。
「私、ちょっとの間そこに住んでたんだ」
 トラメとユニマは、何だかとても嬉しそうに顔を見合わせてから、ライカを見た。聞いたばかりの地名を繰り返して、行く気満々である。
(頑張ろう……私、もっと信じなくちゃ。自分を、トラメを、ユニマを)
厚いと思われた壁を、少し崩せた。ライカは新たな気持ちで、共に旅するふたりを見た。
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