ライカ

こま

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4章 伝承を紐解く

4_⑥

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「……みんな、本当にありがとう」
 オトキヨの所へ走る間、噛み締めるように言うキョウネの顔は沈んでいる。弟が心配なのだと思うと、下手に励ますことは出来なかった。
 松明の光の下で、ユニマと一緒に待っていたオトキヨは、自力で座っていられる様子だった。服は血に濡れているが、元気な姿を見て、キョウネが膝から崩れる。
「馬鹿! なんで、ひとりで行ったんだ!」
傷に障るから、半分泣いた叱責は声だけだ。オトキヨは微笑んだ。
「……いつもひとりで行く奴が、何言ってんだよ。ちょっとは俺の気持ちがわかったか」
ばしばし肩を叩かれ、キョウネははっと顔を上げる。他の一同も、目が点になっている。ユニマだけが、緊張の面持ちで明後日のほうを見た。
今、オトキヨは左腕でキョウネの肩を叩いた。
「あんた、怪我は?」
折れていた腕はすっかり元通り。姉の肩を叩く力は痛いくらいだ。見れば、包帯も巻かれていない。
「ここにいるユニマが、治してくれたんだよ」
治癒術も使えるんだね、とほっとした笑みを向けるライカに、結構得意なのだとユニマが笑い返した。交わされる笑顔が以前より自然になっている。トラメはこっそり喜んだ。
それから、ぽかんとしているキョウネに、皆の視線が集まる。何がどうして今に至るのか、飲み込むのに少し時間がかかっていた。自分はとても焦っていたのだと、事が片付いて初めてわかる。
「……ユニマぁ」
名前を呼ばれて、ユニマは肩を縮めたが、キョウネは涙目になっていた。今まで見た中で一番女の子らしい顔だ。
「ありがとうっ」
次の瞬間には、ユニマに抱きついていた。想像し得る人間の反応からかけ離れていたので、ユニマは目を白黒させた。
 弟の無事を一通り喜んで、感謝しているうち、キョウネのまとう雰囲気は、張り詰めたものになっていった。オトキヨの表情がにわかに曇る。
「まだ、ひとりで何とかしようってのか? もうわかっただろ。これ以上はキョウがもたないよ」
全員と順番に両手で握手していたキョウネは、腕をだらりとおろして、顔だけオトキヨに向けた。堅い作り笑いを浮かべている。
「でも……」
「でも、じゃない! ひとりで頑張りすぎるの、悪い癖だぞ」
言い返せないキョウネの目を、まっすぐに見るオトキヨ。
鏡を見ているようなふたりに、口を挟んだのはセルだ。
「へえ、隠し事かな? どこまで事実を語ったんだ。それとも、全部嘘なのか」
「……ああ、もういいや。家に戻ろう……話すからさ」
嘘が下手なキョウネは観念した。ひどく、疲れた様子だった。
 コーメイの森で遭遇した虎や、夜に攻めてきた狛犬は、式神という術式である。平素は、町を魔物から守る存在として、領主に仕える兵達が使役している。それが今、人を襲うようになったのはなぜか。
既に説明したことで、事実だったところを述べると、キョウネは息をついた。やはり、その先は言いにくいらしい。宿の一室にライカ達とセル、双子の弟オトキヨが顔を揃えている中、しばし沈黙が流れる。
「奴らの狙いは、キョウなんだ」
切り出したのはオトキヨだった。それから、強張った顔でキョウネが言葉をつないでいく。後の説明は淡々と進んだ。

 以前、あたしは領主様に仕える兵士だった。城に住んでたんだ。外部の情報を仕入れる諜報部隊で、時々外にも行ったよ。それなりの立場だったもんで、領主様への報告も仕事のひとつ。その時、たまたま聞いちゃったんだ。側近に唆されて、ラルゴ侵攻を画策する密談を。そんなのに加担するのは嫌だ。コーメイを大きくして、どうしようっていうのさ。今まで、ラルゴとは下手に関わらずにうまくやってきたじゃないか。思うことは色々あったけど、あたしは兵士を辞めた。
上の命令にハイハイって従って、逆にラルゴに侵攻されたら大変だ。どうせなら町を危機に陥れるためじゃなくて、町で皆を守るために戦いたかった。
誰にも何も言わなかったのに、町に戻ってすぐ、式神の様子がおかしくなった。気付かれてないと思ったあたしが甘かった。奴らが人を襲うのは、あたしをおびき出すため。町ごと人質にされたようなもんだ。口封じ出来ればよし、生け捕りにして、こき使えるなら尚よし、ってところだろう。あんたらも見た通り、式神は魔物の影響を受けてる。どこかで、魔物が関わってるのかも。
最近は式神の数も増えて、町の人はあたしが戦うのを見たり聞いたりして、ありがとねって……言うんだよ。心苦しくてさ。みんなの生活を脅かしてるのは、あたしなのに。
直接、領主様や側近を問いただしてみたいけど、城にいたんじゃ、こっちの動きをそこまで察せられないし。留守中に式神が町の人を襲ったら、大変だよ。考えて、戦って、いつの間にか今になってた。

「あたしの問題に、誰も巻き込みたくなかった。隠して、悪かったよ」
 これからだって、巻き込みたくないに違いない。悔しさを声に滲ませ、キョウネは過去の話を結んだ。盛大に溜息をついたのはオトキヨだ。
「あ~、だからそういう顔するなって」
「オトが無茶するから、こんな顔になってんの! なんで黙ってひとりで行ったのさ」
ふてくされての質問は、さっきはぐらかされたものだ。オトキヨは、ちらりとライカを見てから、今度は答えた。
「外で、ライカと話してたとき……キョウが、久しぶりに楽しそうだったから。そっとしといてやりたいだろうよ、弟としては」
こういう時だけ弟面して、と文句を言いながら、叩くように頭を撫でて、キョウネは感謝を伝えた。オトキヨにも、詳しい話をしたのは今が初めてだ。キョウネがひとりで背負おうとしていると気付き、陰ながら心配していたのだ、随分前から巻き込んでしまっていた。
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