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2章 思い出に笑えるか
2_④
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日差しをしのげるとはいえ、白骨の転がる洞窟に戻るのは気がひける。それに、自分より大きな人を運ぶなど、傷ついたライカの腕では無理だ。とりあえず青年のスカーフを枕代わりに使い、湿らせた布を額に乗せてやってから、残りの水の半分で肩の傷を洗う。少しは包帯を持ち歩いているから、応急手当はできた。
(気がつく前に、離れたほうがいいのかな……でも聞きたいこと、あるし)
考えている間に、青年の目が開いた。ぼうっとした感じで周囲を見て、ライカを見つけると表情を引きつらせる。大丈夫かと問いかけても答えなかった。どうにか自力で起き上がると、少し距離をとって座る。まだ思うようには動けないらしい。
「ロイスに憑かれてた間のこと、覚えてる?」
今度は頷いたが、ライカを見る目は鋭い。
「あんたに、助けられたようだな……なんで、こんな所に来た」
歯切れが悪いのは、人に慣れていないために思えた。彼らは、人里を離れて暮らしてきたはずだ。
「私はライカ。……天使の手掛りを探して、旅してるんだ。ここに来たのは偶然だけど、あなたなら、何か知ってるんじゃない?」
「俺が何者か、知ってて助けたっていうのか?」
青年が驚いて問い返すことに、ライカは笑って頷いた。別に、情報を聞くための打算だと思ってもいい、なんてさらりと言ってしまうから、かえって裏がないように見える。少しずつ、青年は落ち着いてきた。
「洞窟に入ったならわかるだろう。ここには何もない。僅かな書物を守っていたがロイスに焼かれた」
「あ、そっか……ごめんね、こんなこと聞いて」
洞窟の惨状を思い、ライカの声が小さくなる。気が急いて、苦しい記憶を掘り返させたことを反省した。
青年は首を横に振り、ゆっくりと立ち上がる。巻き直すスカーフが口元を隠した。
「ロイスを呼んだのは、俺の心だ。狭い世界で生きることに嫌気が差していた……人間を恨み、国を憎んだ。だからシャインヴィル国王を呪った。一族が隠れ住む理由を悟っても、憑かれてからでは遅かった」
これを聞いて、ヒスイ達が万能薬を求めた理由がわかった。魔物が青年の力を使って引き起こした病では、治療法が見つかるはずもない。原因がわからなければ、何度でも発症するだろう。彼が正気に戻った今なら、治せるのかもしれない。
皆を弔うと言って、青年は洞窟の方へ歩き出した。手伝うと言うライカを一度振り返り、包帯を見ると少し笑った。血が滲み始めていた。
「ひとりで何とかする。……しかし、天使を探してどうなる? その血の色をした目には、世界が見えているのか?」
青年はすぐに、洞窟へと入っていった。何か言い返そうと口を開いても、ライカは言葉に詰まる。大きく溜息をついて肩を落とす。傷よりも青年の言葉が痛い。
(血の色、かあ……)
しばらくの間、炎天下で立ち尽くしてしまった。
どのくらい経った頃か、背後から馬車の走る音が聞こえた。我に返り、ライカは音の方を見る。ずいぶん急ぎ足でこちらに走ってきていた。
「ライカ!?」
突然手綱を引かれた馬のいななきに混じって、覚えのある声がした。馬車はライカの目の前で止まる。中からトラメが現れた。
「あれれ……どうして、こんなとこに?」
聞きながら、すぐに目的が見えた。この先の洞窟だろう。ライカは慌てて言葉を足した。
「あ、洞窟に住んでる人なら、そっとしておいて。もう……大丈夫なはずだから」
肩の包帯に戦いの跡を見て、トラメは一度馬車の幌に引っ込んだ。同行者がいるらしい。それから皆で降りてきて、事情を話す流れになった。洞窟の住人に魔物が憑いていたこと、それを引き剥がして退治したことを説明する。
馬車は、ライカも乗せて王都へ戻ることになった。シャインヴィルでは万能薬の精製と一緒に魔物や他の種族の仕業かを調べており、洞窟の住人が浮上したところだった。時折町に姿を見せる者達だが、最近は見かけなかったのだ。何の変哲もない人間が、世の中の大半を占めているため、亜人種などは肩身の狭い思いをしている。人間との違いを隠しながら生活する者もいれば、人里を離れる者もいた。見た目は人間とそう変わらないが、あの青年もそんな立場にあった。
「やっぱり、コリトの奴らが災いを起こしたんだ」
馬車の中で苦々しく言う者がいた。
(さっき、説明したのに。あの人は悪くないってば)
不満だが、ライカは黙っていた。実際その魔物を見ていない人には、胡散臭い話だ。自分が知る存在までで思考を止める方が、事を飲み込みやすい。
「魔物が、コリトの人に悪さをさせてたんだろ?」
首をかしげながら問うトラメの言葉に、返答はない。ライカだけが黙って小さく頷いた。
(気がつく前に、離れたほうがいいのかな……でも聞きたいこと、あるし)
考えている間に、青年の目が開いた。ぼうっとした感じで周囲を見て、ライカを見つけると表情を引きつらせる。大丈夫かと問いかけても答えなかった。どうにか自力で起き上がると、少し距離をとって座る。まだ思うようには動けないらしい。
「ロイスに憑かれてた間のこと、覚えてる?」
今度は頷いたが、ライカを見る目は鋭い。
「あんたに、助けられたようだな……なんで、こんな所に来た」
歯切れが悪いのは、人に慣れていないために思えた。彼らは、人里を離れて暮らしてきたはずだ。
「私はライカ。……天使の手掛りを探して、旅してるんだ。ここに来たのは偶然だけど、あなたなら、何か知ってるんじゃない?」
「俺が何者か、知ってて助けたっていうのか?」
青年が驚いて問い返すことに、ライカは笑って頷いた。別に、情報を聞くための打算だと思ってもいい、なんてさらりと言ってしまうから、かえって裏がないように見える。少しずつ、青年は落ち着いてきた。
「洞窟に入ったならわかるだろう。ここには何もない。僅かな書物を守っていたがロイスに焼かれた」
「あ、そっか……ごめんね、こんなこと聞いて」
洞窟の惨状を思い、ライカの声が小さくなる。気が急いて、苦しい記憶を掘り返させたことを反省した。
青年は首を横に振り、ゆっくりと立ち上がる。巻き直すスカーフが口元を隠した。
「ロイスを呼んだのは、俺の心だ。狭い世界で生きることに嫌気が差していた……人間を恨み、国を憎んだ。だからシャインヴィル国王を呪った。一族が隠れ住む理由を悟っても、憑かれてからでは遅かった」
これを聞いて、ヒスイ達が万能薬を求めた理由がわかった。魔物が青年の力を使って引き起こした病では、治療法が見つかるはずもない。原因がわからなければ、何度でも発症するだろう。彼が正気に戻った今なら、治せるのかもしれない。
皆を弔うと言って、青年は洞窟の方へ歩き出した。手伝うと言うライカを一度振り返り、包帯を見ると少し笑った。血が滲み始めていた。
「ひとりで何とかする。……しかし、天使を探してどうなる? その血の色をした目には、世界が見えているのか?」
青年はすぐに、洞窟へと入っていった。何か言い返そうと口を開いても、ライカは言葉に詰まる。大きく溜息をついて肩を落とす。傷よりも青年の言葉が痛い。
(血の色、かあ……)
しばらくの間、炎天下で立ち尽くしてしまった。
どのくらい経った頃か、背後から馬車の走る音が聞こえた。我に返り、ライカは音の方を見る。ずいぶん急ぎ足でこちらに走ってきていた。
「ライカ!?」
突然手綱を引かれた馬のいななきに混じって、覚えのある声がした。馬車はライカの目の前で止まる。中からトラメが現れた。
「あれれ……どうして、こんなとこに?」
聞きながら、すぐに目的が見えた。この先の洞窟だろう。ライカは慌てて言葉を足した。
「あ、洞窟に住んでる人なら、そっとしておいて。もう……大丈夫なはずだから」
肩の包帯に戦いの跡を見て、トラメは一度馬車の幌に引っ込んだ。同行者がいるらしい。それから皆で降りてきて、事情を話す流れになった。洞窟の住人に魔物が憑いていたこと、それを引き剥がして退治したことを説明する。
馬車は、ライカも乗せて王都へ戻ることになった。シャインヴィルでは万能薬の精製と一緒に魔物や他の種族の仕業かを調べており、洞窟の住人が浮上したところだった。時折町に姿を見せる者達だが、最近は見かけなかったのだ。何の変哲もない人間が、世の中の大半を占めているため、亜人種などは肩身の狭い思いをしている。人間との違いを隠しながら生活する者もいれば、人里を離れる者もいた。見た目は人間とそう変わらないが、あの青年もそんな立場にあった。
「やっぱり、コリトの奴らが災いを起こしたんだ」
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(さっき、説明したのに。あの人は悪くないってば)
不満だが、ライカは黙っていた。実際その魔物を見ていない人には、胡散臭い話だ。自分が知る存在までで思考を止める方が、事を飲み込みやすい。
「魔物が、コリトの人に悪さをさせてたんだろ?」
首をかしげながら問うトラメの言葉に、返答はない。ライカだけが黙って小さく頷いた。
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