全部この日のためだったなら

夏田

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03 登校時間はお早めに

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なんとなく学校は早く来ている。
電車通学なのだが、俺が普通の時間に乗って遅延してしまったとき、影響を受ける人が多すぎるからだ。
朝早く来るからこそ起こる不運を知っているだろうか。
登校中に水やりをしている人から水をかけられる?
それは第27位だ。
年に一回くらいしか起きないレアな不運だ。
登校中に鳥にふんを落とされる?
それは朝早くなくても関係ない。いつだって落ちてくるが、まあ朝っぱらからだとよりいやな気分にはなる。
第18位としておこう。
朝早く来るからこそ起こる不運なこと第1位は、今まさにしていることだ。

「失礼します」

「おお陰山、ありがとな。じゃあついでにこれも頼めるか?」

「はい」

そう、先生から頼まれる雑務である。
授業で配るプリントを順番道理に並べたり、使う道具を資料室にとりに行ったりする。
昨日入学したばかりなのにもう頼まれたのはプリント整理だ。
どうやら五月に一年生で遠足があるようだ。
その遠足に関して、保護者へのプリントと、生徒へのプリントを各クラスごとに分けるのを任された。
担任は行事ごとの運営を任されているらしい。
これから何か行事があるたびに手伝うことになるんだろうな。

ちなみに中学の時は花が好きな先生が担任の時、俺が毎日水を変える係に自然となっていた。
そういうのは生き物係がするはずだが、俺が登校時間が早いからという理由で先生から直々に任命されたのだ。
卒業するときにその先生から花束をもらったが、帰りにこけてぐしゃぐしゃにしてしまった。
たぶん花束をもらってちょっと喜んじゃったのがいけなかったんだろうな。

ぼんやり考えながらしているといつの間にか終わった。
手元を動かすだけの作業は眠くなってしまう。
一時間目を寝ないように気を付けなければ。

職員室での手伝いを終えて教室に戻るともう大翔が来ていた。

「あ!アキ君おはよー。朝早いなぁ」

「おはよう、大翔も早いじゃん」

「でも俺が来た時にはアキ君の席にカバンあったし。どこ行ってたん?」

あくびして目をこすっているあたり、さっきついたのだろうか。

「ちょっと先生と話してた。大翔はいつきたの?」

「んーさっき。電車で寝たからまだ眠いわ~。朝練してる様子とか見に行こうって思ってたんやけど」

「朝練?大翔部活はいるの?」

俺が通っている高校、都立第三東西高校は学問のレベルがそこそこに高いうえ、部活にも力が入れられた高校だ。
ちなみにおれの第一希望の高校ではない。
名目上はこの高校が第一希望なのだが、本当は私立南北高校に行きたかった。
少しレベルの高いここを受けて落ちて、私立に行く予定だったが、ここが受かってまさかの私立が落ちたのだ。
滑り止めが落ちるなんてめったにない経験をしたが、先に私立の合格発表があって、そこからこの高校の合格発表があるまで花の高校生を迎えられないことがショックで結構落ち込んでいた。
まあそんな俺には似合わない少しレベルの高い高校なわけで、部活も入るとなるとたいへんなのではないだろうか。

「そ!俺はバスケ部に入ろう思て」

「バ、バスケ?バスケットボール部?」

「はは、フルで久しぶりに聞いた。そ、バスケットボール部。意外?」

「いや、意外ではない。むしろしっくりくる…けど」

第三東西のバスケ部といえば全国大会常連の超強豪だ。スポーツにあまり関心のない俺でも知っているレベル。
大翔は身長が高いし、手もおおきい。学ランを着ているからあまりわからないが、筋肉もしっかりついているんだろうか。小麦肌なわけではないが、色白でもない。目が一重できりっとしているが、優しい性格から、吹奏楽部とか勝手にイメージしてたな。

「バスケかー。すごい強豪だよね」

「そー。放課後は見学こみそうやから朝早く来たんやけど」

「なるほど、確かに混んでそう」

やっぱり強豪の全国大会に出る選手がいるとなれば俺もちょっと見に行きたい気もする。

「やろー?んー今から行っても間に合うかな」

今はまだ7時45分。
8時30分から朝のホームルームが始まるが、25分には席に座っておいたほうがいいだろう。
それでもまだ余裕はあるほうだと思う。

「まだ練習見れるんじゃないかな。8時になったら片付けとかし出すと思うけど」

「んーじゃあいってみよ!アキ君一緒に来てくれん?」

「え俺も?」

「…まだ校内把握できてなくて。迷子になるかもしれん」

一人じゃ不安で、なんてがらじゃないとは思ったが、まさか迷子を危惧してとは。

「っふ。なるほど、いいよ」

「え!ありがとう!アキ君やっぱ優しいわ!」

体育館に行くまでの間、ふと疑問に思ったことを口にした。

「そういえば、今日は蓮君とは一緒に来なかったの?」

昨日一緒に帰っていた蓮君。
家も近いとかなら一緒に来ればよかったのに。

「あ~蓮は朝が苦手なんよ。あと蓮はサッカー部に入ると思うし、わざわざ俺のために早起きさせるのは申し訳ないやん?まぁ起きんと思うけど」

朝が苦手なのにサッカー部には入るのかと思いつつ、蓮君がサッカー部なのにも納得がいった。
大翔ほどでは無いが身長も高くて大翔よりは日焼けした小麦肌。体動かすの大好き!って感じの雰囲気がある。
まぁ見た目で判断するのは失礼かもしれないけど…。

何気ないことを話しながら体育館へ向かった。
体育館に近づくとバスケのボールをつく音が聞こえる。

「まだ練習してるみたいだね」

体育館のドアは開いていて、中の様子が見えそうだ。
悪いことをしてる訳じゃないけど、そっと近づいて覗いてみる。

「わぁ…」

何も言えずに棒立ちしてしまう。まさに圧巻。
背の高い人ばかりがまだ4月だというのに汗だくで走り回っている。
いくつものボールが宙を舞い、床板を叩いている。
そして部員たちの声と視線。
まるで試合中かのような集中が伝わってくる。

すごい。

この一言しか出てこないのに、この一言では片付けられないほどにすごい。

「やばいなぁ」

大翔がふと漏れたような口振りで呟いた。
やばい、確かにやばいかも。
でも大翔の目もやばい。
ランランとしていて、キラキラ憧れてるって言うよりは今すぐにでも襲い掛かりそうな獣みたいな目だ。

「君たち、1年生?」

「え゛」

思わず変な声が出てしまった。
突然目の前に現れたのは大翔とあまり背が変わらないけど、なんだろう。威厳?風格?オーラ?とにかく大翔より大きい存在って思わせられる人がたっている。

さっきまで見ていた体育館の中がすごく遠くに感じて、「片付けー」って合図してる声も遠くに感じる。
それほどまでにこの人に全神経を捧げてしまうような圧巻さ。

3年生だ。

「はい。練習見学させてもらいました」

大翔が俺の前にたって堂々と答える。
でも、なんか、身長張り合ってる?
かかとを若干浮かせているように見えるけど、大翔くん?

「そうか。放課後もぜひ見に来て欲しいって言いたいところなんだが、見学客は多くてね。今日の部活動紹介で朝練してることも言う予定だったから明日からは朝練にも見学客が来ると思うよ。君たち運がいいね」

はははと笑いながら答えるこの人、片付けを全く気にしてないあたり3年生で間違いない気がする。
だからやめなよ大翔!身長はもう張り合わなくていいって!

「俺、第三東西のバスケ部に入りたくてここに来ました」

おおおおおおおおお言いよった!
大翔すげぇ、かっこよいな!
後ろにいる俺はと言うと先輩と思われる人を大翔越しにちらちら見るので精一杯だ。

「へぇ。…いいね」

さっきまでの優しい(?)雰囲気がなくなって品定めするかのように大翔を見たあとつぶやくように言った。

「じゃあ、今日の放課後、体操服でおいで。あ、シューズは?持ってる?」

「はい!持ってます!」

「よし、じゃあ放課後待ってるよ。1年生」

そう言って先輩は体育館の中へ戻って行った。

「よし!よっしゃ!よっしゃぁ!!!!」

「え、なになになに???」

突然大翔は飛び跳ねながら廊下ではしゃぎ出した。
というかさっきのやり取り何?

「大翔早速入部決まったってこと?」

わざわざ体操服で来いなんて…。1年生の実力を見られるんじゃ。というか体力がどれだけあるか的な理由でずっと走らされるとか。

「いーや、入部はまだ。でも体験入部はさせてくれるってとこかな?あー楽しみ!」

「させてくれる?誰でも出来るわけじゃないの?」

「そゆことー。やっぱ強豪なだけあって無駄な時間作らんためにある程度こいついけるなってやつじゃないとできないの。だから俺はとりあえず第一関門突破?ってとこかな」

なるほど、さすが強豪…。
そんな裏情報があるとは…。怖すぎる。

「やっぱ来てよかった~。アキくん、ほんとありがとう!」

「まぁ横にいただけだけどね」

大翔には聞こえなかったのかルンルンで前を進んでいる。
大翔があまりに喜ぶから、早めに来てよかったなってちょっと
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