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第35話 神御神輿
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霧湧神社周辺
『神御神輿』は毎年の春先に行われ、その儀式を持って五穀豊穣を神様にお願い申し上げるものだ。日本各地に伝わる豊穣祈願で行われる祭りは数多くあり。それぞれの地方色を生かした物だ。この祭りもその一つでさほど珍しくも無い風習であろう。
ただ、他と違うのは『神様を呼び寄せる』という方法であると思う。普通は神様はすでに居て、そこにお願いするなり、お礼するなりなのだが、この祭りは御神体に神様を呼び寄せるのだという。
御神体と言っても河原に転がっている只の小石だ。石そのものには意味は無い。儀式を行い御神体として崇める事に意味があるらしい。その儀式を執り行うのが春の祭りなのだ。
(山岳信仰と土地神信仰がごっちゃに入り混じっている感じなのかな……)
宝来雅史は祭りの詳細な手順を聞き、そう感じていた。きっと長い年月で変節して行ったのであろう。住んでいる人間の、入れ替わりの激しい土地などでは、そう云う事も良くある物だ。
人は信じたい物を選ぶ習性がある、神様との距離が判らない以上は、信じたいやり方を考えるのは仕方が無いことだ。
儀式の手順を簡単に言うと、最初は霧湧村に流れる我川の上流から、御神体となる小石を拾いあげる事から始まる。それを霧湧神社に伝わる欠片に載せて、神社境内で”神様を呼び寄せる”儀式を執り行う。
これだけだ。
儀式には神様が入る石を持つ「石勿(いしもち)」と、神輿を担ぐ「神楽勿(かぐらもち)」、道を清める「錫杖歩(しゃくじょうぶ)」の三組が必要だ。これは全て村の男衆が担う。
「石勿(いしもち)」が、石を拾う儀式は村の一番若い者が行う。まず我川の上流で滝に打たれて禊ぎを行う。禊ぎを済ませたら、直ぐに目隠しをして、介添え人と共に河原に赴き小石を拾う。介添え人は目隠しをした「石勿(いしもち)」を手助けするのだ。
これは、日が暮れて闇夜が訪れる寸前の時間帯。俗に逢魔が時(おうまがとき)に行われる。日中に活動していた神様が、住み家に帰る前に、川に沐浴の為に立ち寄っていると、考えられているためだ。
河原で目隠しを外したら、最初に目に付いた小石を拾って懐に入れ、誰の眼にも触れないようにして、神輿に載せられ神社に持ち帰るのだ。もちろん、小石を拾う間、介添え人はそっぽを向いているのだそうだ。
霧湧神社に向かう時には、道を清める「錫杖歩(しゃくじょうぶ)」が神輿を先導していく。
『リン』と鈴を鳴らし、神様の通過を知らせる。
『シャン』と錫杖(しゃくじょう)の頭部にある六個の遊環(ゆかん)を揺らして邪気を祓う。
『トン』と錫杖で路面を叩き大地の穢れを祓う。
そして、「錫杖歩(しゃくじょうぶ)」の男たちは一歩前に進み、それに合わせて神輿を担ぐ「神楽勿(かぐらもち)」も一歩進む。何ともゆっくりとしか進まないが儀式なのだが仕方が無い。
その間は誰もが無言だ。言葉を喋ると神様に気付かれてしまい、あの世に連れていかれるのだと伝えられている。
石を運ぶ『神御越し』の隊列は誰も見てはならない。河原から霧湧神社までの道は、人払いされており、村人たちは霧湧神社で待っていた。
空には断片的に雲が浮かんでいる。そこに沈みつつある太陽が紅く照らしていた。
無人の農道にはかがり火が炊かれており、神を運ぶ『神御神輿』の隊列を照らしている。その中を隊列はゆっくりと時を刻むように進んでいく。あぜ道にいる虫たちが、歌って隊列の行進を見送っていた。
かなりの時間を使って『神御越し』の隊列は神社の境内に入ってきた。境内の中は要所に設置されたかがり火で照らされている。もはや時刻は真夜中に近い。
境内に集まった村人たちは、皆示し合わせたように境内の外を向いていた。
「後は階段を登って神社の前に行くだけですわい……」
時々、振り返って隊列を盗み見していた雅史に力丸爺さんが言った。
「境内の中も見ては駄目なんですか?」
いつの間にか隣に居た力丸爺さんに尋ねた。
「私たちも同じようにするんですか?」
姫星も続けて聞いてみた。
「まあ、出来ればそうしたほうが良いのぉ でも、神様は気まぐれだで、ちょっとくらいなら気にはせんでも良いよ」
雅史と姫星もそれに習って外を向いていた。しかし、雅史は時々振り向いて儀式の進行を盗み見ている。民俗学者の本能がそうさせるのだ。
「隊列が境内に入ってしまえば振り返って見てももええよ」
雅史の隣にいた力丸爺さんは話していた。
『神御神輿』は毎年の春先に行われ、その儀式を持って五穀豊穣を神様にお願い申し上げるものだ。日本各地に伝わる豊穣祈願で行われる祭りは数多くあり。それぞれの地方色を生かした物だ。この祭りもその一つでさほど珍しくも無い風習であろう。
ただ、他と違うのは『神様を呼び寄せる』という方法であると思う。普通は神様はすでに居て、そこにお願いするなり、お礼するなりなのだが、この祭りは御神体に神様を呼び寄せるのだという。
御神体と言っても河原に転がっている只の小石だ。石そのものには意味は無い。儀式を行い御神体として崇める事に意味があるらしい。その儀式を執り行うのが春の祭りなのだ。
(山岳信仰と土地神信仰がごっちゃに入り混じっている感じなのかな……)
宝来雅史は祭りの詳細な手順を聞き、そう感じていた。きっと長い年月で変節して行ったのであろう。住んでいる人間の、入れ替わりの激しい土地などでは、そう云う事も良くある物だ。
人は信じたい物を選ぶ習性がある、神様との距離が判らない以上は、信じたいやり方を考えるのは仕方が無いことだ。
儀式の手順を簡単に言うと、最初は霧湧村に流れる我川の上流から、御神体となる小石を拾いあげる事から始まる。それを霧湧神社に伝わる欠片に載せて、神社境内で”神様を呼び寄せる”儀式を執り行う。
これだけだ。
儀式には神様が入る石を持つ「石勿(いしもち)」と、神輿を担ぐ「神楽勿(かぐらもち)」、道を清める「錫杖歩(しゃくじょうぶ)」の三組が必要だ。これは全て村の男衆が担う。
「石勿(いしもち)」が、石を拾う儀式は村の一番若い者が行う。まず我川の上流で滝に打たれて禊ぎを行う。禊ぎを済ませたら、直ぐに目隠しをして、介添え人と共に河原に赴き小石を拾う。介添え人は目隠しをした「石勿(いしもち)」を手助けするのだ。
これは、日が暮れて闇夜が訪れる寸前の時間帯。俗に逢魔が時(おうまがとき)に行われる。日中に活動していた神様が、住み家に帰る前に、川に沐浴の為に立ち寄っていると、考えられているためだ。
河原で目隠しを外したら、最初に目に付いた小石を拾って懐に入れ、誰の眼にも触れないようにして、神輿に載せられ神社に持ち帰るのだ。もちろん、小石を拾う間、介添え人はそっぽを向いているのだそうだ。
霧湧神社に向かう時には、道を清める「錫杖歩(しゃくじょうぶ)」が神輿を先導していく。
『リン』と鈴を鳴らし、神様の通過を知らせる。
『シャン』と錫杖(しゃくじょう)の頭部にある六個の遊環(ゆかん)を揺らして邪気を祓う。
『トン』と錫杖で路面を叩き大地の穢れを祓う。
そして、「錫杖歩(しゃくじょうぶ)」の男たちは一歩前に進み、それに合わせて神輿を担ぐ「神楽勿(かぐらもち)」も一歩進む。何ともゆっくりとしか進まないが儀式なのだが仕方が無い。
その間は誰もが無言だ。言葉を喋ると神様に気付かれてしまい、あの世に連れていかれるのだと伝えられている。
石を運ぶ『神御越し』の隊列は誰も見てはならない。河原から霧湧神社までの道は、人払いされており、村人たちは霧湧神社で待っていた。
空には断片的に雲が浮かんでいる。そこに沈みつつある太陽が紅く照らしていた。
無人の農道にはかがり火が炊かれており、神を運ぶ『神御神輿』の隊列を照らしている。その中を隊列はゆっくりと時を刻むように進んでいく。あぜ道にいる虫たちが、歌って隊列の行進を見送っていた。
かなりの時間を使って『神御越し』の隊列は神社の境内に入ってきた。境内の中は要所に設置されたかがり火で照らされている。もはや時刻は真夜中に近い。
境内に集まった村人たちは、皆示し合わせたように境内の外を向いていた。
「後は階段を登って神社の前に行くだけですわい……」
時々、振り返って隊列を盗み見していた雅史に力丸爺さんが言った。
「境内の中も見ては駄目なんですか?」
いつの間にか隣に居た力丸爺さんに尋ねた。
「私たちも同じようにするんですか?」
姫星も続けて聞いてみた。
「まあ、出来ればそうしたほうが良いのぉ でも、神様は気まぐれだで、ちょっとくらいなら気にはせんでも良いよ」
雅史と姫星もそれに習って外を向いていた。しかし、雅史は時々振り向いて儀式の進行を盗み見ている。民俗学者の本能がそうさせるのだ。
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雅史の隣にいた力丸爺さんは話していた。
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