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第29話 白い霧
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霧湧村公民館。
「仏像はこの箱の中にあるんです」
山形誠が箱の蓋を開けて中身を見せて来た。宝来雅史と月野姫星は一緒に覗き込んだ。
「…………」
中を覗き込んだ二人は固まってしまっている。
「…… ひょっとして馬鹿には見えない仏像ですか?」
雅史は顔を上げて誠に尋ねた。何故なら箱の中には何も無かったからだ。
「へ?」
誠は中を慌てて覗きこんで固まってしまった。
「……無いっ!」
少しの間を置いて、誠が反応して慌てだした。箱の中に手を入れてまさぐったりしている。
「あれ? あれっ? あれれっ? 昨日は確かに有ったのに……」
一方、姫星は安堵した。雅史が『馬鹿には見えない仏像』とか言い出すから、実際に見えなかった姫星は、馬鹿だとバレテしまうのではないかと危惧したのだ。そして、何気なく見た窓の外の光景に見慣れた物が疾走しているのが写った。
「んーーーっ…… ? …… あの車…… まさにぃのじゃない?」
姫星が指差す先の道路には、雅史の車が土煙を上げながら走り去っていく所だった。
仏像を盗んだのは泥棒一味の生き残り木下だった。
木下は山道を登らずに適当なところで脇道に逸れて、遠回りして村に舞い戻っていたのだ。そして、廃農家の家に隠れて村を脱出するチャンスを伺っていた。すると農作業に行こうとしている村人たちが、仏像を公民館に隠したと話しているのを聞いていたのだ。
「へ、こちとら。 お宝を頂かないと帰る事ができねぇんだよっ!」
木下はアクセルを踏み込んだ、坂道でならパワーのあるSUVが有利だからだ。このSUVは、村に若い娘とやって来たひょうひょうとした学者の持ち物だったらしい。道に落ちていた(駐車)ので頂いた(盗った)のだ。
キーロックは万能では無い、やり方さえ知っていれば、簡単に開錠出来てしまうのだ。それは元自動車整備工の木下にはお手の物だった。
この国はお人好しの連中ばかりだ。世の中には善人しかいないと思い込んでるらしく簡単に盗める。木下は一人ほくそ笑んだ。
だが、悪運も続かない。横道から出て来たパトカーに小心者の泥棒は動揺してしまい、木下は片輪を側溝に突っ込ませてしまった。
「ちっ、ドジった……」
パトカーから降りて来た若い警官が近寄って来る。木下は焦ってしまった。車内検査をされると仏像が見つかってしまう。というか、仏像はジャンパーに包んで助手席に投げ出したままだった。
「大丈夫ですか…… おや? この車は……」
そう何台も車がある訳では無い田舎だ。駐在所勤務の警察官は全ての車の持ち主の顔も名前も知っている。この車は東京から来た大学の先生が乗って来たはずだ。運転しているのは見知らぬ男。どう見ても怪しいのだ。
「ちょっと、お話を……」
若い警官が、そこまで言いかけた時に、木下はアクセルを思いっ切り踏み込んだ。SUVの強力なパワーは脱輪した車を強引に側溝から引き揚げた。そして、ハンドルを切ると、そのまま走り去ろうとした。
「ま、待ちなさいっ!」
取り敢えず叫んで見たが、そんな事で止まるような奴は、警官の前から逃げたりしない。警官は慌ててパトカーに戻り追跡を開始した。
山道を抜けて一つ峠を越せば県境だ。ただの不振車両では、警察は追跡が出来ない。県警同士の繋がりは有るが、建前上は然るべき筋立てをしないと警察官僚は嫌がるのだ。その連絡に手間取って居る間に、行方を眩ませれば逃げ切れる。木下はそう踏んでいた。
過去にも似たような逃走劇を行った事が有るからだった。
しかし、此処は田舎道。道路上を疾走しているのは、木下が運転するSUVとパトカーだけが走っていた。目立つことこの上ない。
パトカーは何とか木下の前に出て停車させようと右に左にハンドルを操作しているが、木下もそうはさせまいと、同じようにハンドルを動かす。
『はい、前の車は直ぐに停車しなさいっ!』
パトカーの拡声器を使って警官が呼び掛けている。しかし、木下には止まる気などさらさら無い。アクセルを踏む右足に力を入れるだけだ。時折、狸がビックリした顔で二台の車が疾走する様子を見ていた。
この村から脱出するには、一旦北側に下って、バイパスを抜けなければならない。その後、山沿いに迂回して県境を目指せば良い。泥棒の下見に来たときに、逃走経路として目星を付けて置いたのだ。
「あ? 何だ?」
見ると白い霧が掛かっている。向こうの景色が見えない程だ。まるで白い布団が山に掛けてある感じでかかっていた。
「しめたっ!」
木下は自分の運良さにほくそ笑んだ。警察車両は安全運転が義務づけられている。視界不良の中では速度を落として運転しないといけないのだ。警察がモタモタしている内に引き離すことが出来ると喜んだのだ。
「ついてやがるぜ」
木下は迷わず霧の中に車を突っ込ませた。
「仏像はこの箱の中にあるんです」
山形誠が箱の蓋を開けて中身を見せて来た。宝来雅史と月野姫星は一緒に覗き込んだ。
「…………」
中を覗き込んだ二人は固まってしまっている。
「…… ひょっとして馬鹿には見えない仏像ですか?」
雅史は顔を上げて誠に尋ねた。何故なら箱の中には何も無かったからだ。
「へ?」
誠は中を慌てて覗きこんで固まってしまった。
「……無いっ!」
少しの間を置いて、誠が反応して慌てだした。箱の中に手を入れてまさぐったりしている。
「あれ? あれっ? あれれっ? 昨日は確かに有ったのに……」
一方、姫星は安堵した。雅史が『馬鹿には見えない仏像』とか言い出すから、実際に見えなかった姫星は、馬鹿だとバレテしまうのではないかと危惧したのだ。そして、何気なく見た窓の外の光景に見慣れた物が疾走しているのが写った。
「んーーーっ…… ? …… あの車…… まさにぃのじゃない?」
姫星が指差す先の道路には、雅史の車が土煙を上げながら走り去っていく所だった。
仏像を盗んだのは泥棒一味の生き残り木下だった。
木下は山道を登らずに適当なところで脇道に逸れて、遠回りして村に舞い戻っていたのだ。そして、廃農家の家に隠れて村を脱出するチャンスを伺っていた。すると農作業に行こうとしている村人たちが、仏像を公民館に隠したと話しているのを聞いていたのだ。
「へ、こちとら。 お宝を頂かないと帰る事ができねぇんだよっ!」
木下はアクセルを踏み込んだ、坂道でならパワーのあるSUVが有利だからだ。このSUVは、村に若い娘とやって来たひょうひょうとした学者の持ち物だったらしい。道に落ちていた(駐車)ので頂いた(盗った)のだ。
キーロックは万能では無い、やり方さえ知っていれば、簡単に開錠出来てしまうのだ。それは元自動車整備工の木下にはお手の物だった。
この国はお人好しの連中ばかりだ。世の中には善人しかいないと思い込んでるらしく簡単に盗める。木下は一人ほくそ笑んだ。
だが、悪運も続かない。横道から出て来たパトカーに小心者の泥棒は動揺してしまい、木下は片輪を側溝に突っ込ませてしまった。
「ちっ、ドジった……」
パトカーから降りて来た若い警官が近寄って来る。木下は焦ってしまった。車内検査をされると仏像が見つかってしまう。というか、仏像はジャンパーに包んで助手席に投げ出したままだった。
「大丈夫ですか…… おや? この車は……」
そう何台も車がある訳では無い田舎だ。駐在所勤務の警察官は全ての車の持ち主の顔も名前も知っている。この車は東京から来た大学の先生が乗って来たはずだ。運転しているのは見知らぬ男。どう見ても怪しいのだ。
「ちょっと、お話を……」
若い警官が、そこまで言いかけた時に、木下はアクセルを思いっ切り踏み込んだ。SUVの強力なパワーは脱輪した車を強引に側溝から引き揚げた。そして、ハンドルを切ると、そのまま走り去ろうとした。
「ま、待ちなさいっ!」
取り敢えず叫んで見たが、そんな事で止まるような奴は、警官の前から逃げたりしない。警官は慌ててパトカーに戻り追跡を開始した。
山道を抜けて一つ峠を越せば県境だ。ただの不振車両では、警察は追跡が出来ない。県警同士の繋がりは有るが、建前上は然るべき筋立てをしないと警察官僚は嫌がるのだ。その連絡に手間取って居る間に、行方を眩ませれば逃げ切れる。木下はそう踏んでいた。
過去にも似たような逃走劇を行った事が有るからだった。
しかし、此処は田舎道。道路上を疾走しているのは、木下が運転するSUVとパトカーだけが走っていた。目立つことこの上ない。
パトカーは何とか木下の前に出て停車させようと右に左にハンドルを操作しているが、木下もそうはさせまいと、同じようにハンドルを動かす。
『はい、前の車は直ぐに停車しなさいっ!』
パトカーの拡声器を使って警官が呼び掛けている。しかし、木下には止まる気などさらさら無い。アクセルを踏む右足に力を入れるだけだ。時折、狸がビックリした顔で二台の車が疾走する様子を見ていた。
この村から脱出するには、一旦北側に下って、バイパスを抜けなければならない。その後、山沿いに迂回して県境を目指せば良い。泥棒の下見に来たときに、逃走経路として目星を付けて置いたのだ。
「あ? 何だ?」
見ると白い霧が掛かっている。向こうの景色が見えない程だ。まるで白い布団が山に掛けてある感じでかかっていた。
「しめたっ!」
木下は自分の運良さにほくそ笑んだ。警察車両は安全運転が義務づけられている。視界不良の中では速度を落として運転しないといけないのだ。警察がモタモタしている内に引き離すことが出来ると喜んだのだ。
「ついてやがるぜ」
木下は迷わず霧の中に車を突っ込ませた。
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