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第24話 自壊
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遠鳴警察署留置場。
留置場では夕方になると夕飯が出て来る。警官たちが配膳をしていると、金田が身体が痒いと言い出した。
「身体が痒い……」
ボリボリと腕を掻く音立てながら、格子越しに警官に薬をくれるよう頼み込んでいた。
「夕飯を食べた後に塗り薬をやるから、それまでちょっとの間ぐらい我慢してろ」
取り調べにあたる刑事たちと違って、留置場の見張り当番の警察官は親切だ。面倒見もとても良い。それでも、あれこれと注文の多い金田に、辟易していた警官はぶっきらぼうに答えたのだった。
「腕が痒い……」
さっきは足だったじゃないかと言われると、痒いところが移動してるみたいだと言い出した。
「身体の中を虫が這いまわっているみたいなんだ…… なあ、なんとかしてくれよ……」
金田は気弱になりつつあった。ボリボリと身体を掻いているらしい音が、絶え間なく聞こえていた。
「なあ、顔…… 顔が痒い…… 痒いんだ……」
警官が金田の顔を見ると真っ赤になっているのが判る。
「う゛あ゛あ゛あ゛ぁぁ……っ!?」
金田は身体を掻く音と共に呻き声を上げ始めた。
「何とかしてやんなよ」
「煩くてかなわん……」
「薬ぐらい良いだろが」
他の留置房からも声が出始める。退屈な留置場生活の中での唯一の楽しみが食事だ。それを邪魔されるのが嫌だったのであろう。
「夕食の食い物にアレルゲン物質があったのかも知れないですね……」
留置場の当番警官の一人はそう言った。ひょっとしたらアレルギー性の痒みの可能性があるなと思ったのだ。
「今、担当医を呼ぶから静かにするように」
古参の当番警官が扉の外から声をかけた。医者を呼ぶ事にしたのだ。
ほうっておいて虐待したなどと言われると、人権屋の弁護士に付け込まれてしまう。すると奴らはせっかく捕まえた犯人を釈放させてしまうのだ。当然、自分が始末書を書かされるはめになる。始末書はめんどくさいし、昇格試験の成績に響いてしまうのが嫌だった。
「う゛あ゛あ゛あ゛ぁぁ……っ!!」
金田は返事の代わりにうめき声で答えた。留置場の中からは相変わらず、”ボリッボリッ”と身体を掻いているらしい音が聞こえていた。
留置場の中で被疑者が自傷行為に走るのはよくある事だ。反省のあまりに自傷行為に走るのでは無い。そんな愁傷な奴は最初から犯罪など起こさない。
裁判を少しでも有利に運ぶ為にするのだ。裁判と言うのは裁判官がどう思うかで判断するのであり、世間がどう思うかでは無い。裁判官の同情を得て、情状酌量で刑の軽減を狙う為に自傷行為に走る。何度も警察に世話をかける人間は、そういう事には知恵が回るのものだ。
当番警官はコイツもその一人なのだろうと考え、怪我でもされたら嫌なので電話で夜間担当の医者に来てくれるように頼んだ。
当番警官と言っても騒いでいる金田だけが担当では無い。他の房に収容されている被疑者たちの面倒も見ないといけない。忙しさに忙殺されいると、金田が妙に静かになっている事に気が付いた。
(あれっ? 本当に静かになったな?)
「おい、もうすぐ医者来るからな」
不思議に思った警官は中にいる金田に声をかけた。しかし、自分の言う事を聞いて貰えなかった金田は、頭から毛布を被ってふて寝をしている。
「……」
金田からの返事が無い。さっきまであれだけアチコチが痒いと騒いでいたのにだ。
「……大丈夫か? もうちょっとの辛抱だぞ??」
「……」
やはり、返事が無い。警官が覗き込む角度を変えようかとした時に、金田が被っている毛布の横から、なにやら赤い物が流れ出ている事に気が付いた。
「おい! 大丈夫か!!」
慌てた警官は留置場の扉の施錠を外して、中に入り金田が被っている毛布をめくり上げた。
「……っ!」
そこには骨が見えるまでに掻き毟られた金田の顔があった。顔面の皮がずるりと剥け落ちてしまっている。金田が静かになったのは、余りの痒さに、顔や手足を掻き過ぎて皮膚が剥がれてしまい、そこからの失血が酷くて失神してしまっていたのだ。毛布から流れていたのは血液だった。泥棒は両手を開いたままで仰向けになっていた。その両手をみると指先には肉は無く骨が見えていた。金田は全身を麻痺したようにピクピクしたままで、呻き声一つあげずにいる。
「た、大変だっ!」
警官なので腐乱死体に接する機会が多いとは言え、先程まで動いていた生身の人間が、肉が削げるほどに掻き毟られた身体は見た事が無いものだ。警官は嘔吐したいのを我慢しながら急いで救急車を手配した。だが、駆け付けた救急隊員の懸命の努力も虚しく、金田は死亡してしまった。流れ出た血液の量が多すぎて失血死したとの事だった。
霧湧村の駐在所に勤める田中宏和が、そこまで話し終えると目の前にあった温くなった麦茶を啜った。
「中々、壮絶な死にざまだな……」
村長の日村は泥棒の顛末を聞き終えると田中に言った。
「はい、先日に見つかったリーの死体状況と似ており、捜査本部では皮膚性の疾患を疑っております」
今みたいな詳しい話は、警察から外部に漏れる事は無いのだが、余りにも奇妙な事が続けて起こったので、疫病を心配した警官が村長に話しをしに来たのだった。
「ふむ、疫病の可能性があると…… 言うことかね?」
日村は田中に聞き返した。
「はい」
「腰の痛みや神経痛を訴える者は多いが、身体が痒いという者は居ないねぇ…… 何しろ年寄りが多いから……」
もちろん、村で奇妙な疫病が流行っている事実は無い。
「しかし、気にはなるね。 後で広報係と保険係に言っておくよ。 ご苦労様」
似たような症状が出ていないか確かめるためだ。それを聞いた田中は礼を言って駐在所に戻って行った。
「…… 自分で自分の皮膚を剥がしたって事ですよね」
雅史は村長の話を聞きながら言った。
(尾栗の時も全身の皮膚が無かったと聞いている。 と、いうことは尾栗も自分で自分の皮膚をはがしたのだろうか?)
雅史は今日発生していた異常音との関係を疑ったが、場所が隣町の警察署では、異常音は関係無いのかもしれないと思った。場所が離れすぎている。だが、全身の皮膚を剥がして死んでいるのは事実だ。何か原因があるはずだった。
「何でもないのに痒いと思い込まされたみたいですね……」
姫星は死んだ泥棒が黒い霧みたいなものと言っていたのが気になっていた。自分も霧湧神社や毛巽寺で似たような幻覚を見ている。
「ええ、ウテマガミ様の罰が当たったと村では噂されております」
日村は目を伏せながら話した。
金田と尾栗。この二人に共通しているのは、霧湧神社の御神体を粗末に扱ったという事だ。
(ウテマガミ様っていう神様も、五穀豊穣・子宝祈願の割には情け容赦ないわね…… ちょっと可哀想……)
姫星が思った感想だった。いくら泥棒とはいえ壮絶な死にざまだったからだ。
留置場では夕方になると夕飯が出て来る。警官たちが配膳をしていると、金田が身体が痒いと言い出した。
「身体が痒い……」
ボリボリと腕を掻く音立てながら、格子越しに警官に薬をくれるよう頼み込んでいた。
「夕飯を食べた後に塗り薬をやるから、それまでちょっとの間ぐらい我慢してろ」
取り調べにあたる刑事たちと違って、留置場の見張り当番の警察官は親切だ。面倒見もとても良い。それでも、あれこれと注文の多い金田に、辟易していた警官はぶっきらぼうに答えたのだった。
「腕が痒い……」
さっきは足だったじゃないかと言われると、痒いところが移動してるみたいだと言い出した。
「身体の中を虫が這いまわっているみたいなんだ…… なあ、なんとかしてくれよ……」
金田は気弱になりつつあった。ボリボリと身体を掻いているらしい音が、絶え間なく聞こえていた。
「なあ、顔…… 顔が痒い…… 痒いんだ……」
警官が金田の顔を見ると真っ赤になっているのが判る。
「う゛あ゛あ゛あ゛ぁぁ……っ!?」
金田は身体を掻く音と共に呻き声を上げ始めた。
「何とかしてやんなよ」
「煩くてかなわん……」
「薬ぐらい良いだろが」
他の留置房からも声が出始める。退屈な留置場生活の中での唯一の楽しみが食事だ。それを邪魔されるのが嫌だったのであろう。
「夕食の食い物にアレルゲン物質があったのかも知れないですね……」
留置場の当番警官の一人はそう言った。ひょっとしたらアレルギー性の痒みの可能性があるなと思ったのだ。
「今、担当医を呼ぶから静かにするように」
古参の当番警官が扉の外から声をかけた。医者を呼ぶ事にしたのだ。
ほうっておいて虐待したなどと言われると、人権屋の弁護士に付け込まれてしまう。すると奴らはせっかく捕まえた犯人を釈放させてしまうのだ。当然、自分が始末書を書かされるはめになる。始末書はめんどくさいし、昇格試験の成績に響いてしまうのが嫌だった。
「う゛あ゛あ゛あ゛ぁぁ……っ!!」
金田は返事の代わりにうめき声で答えた。留置場の中からは相変わらず、”ボリッボリッ”と身体を掻いているらしい音が聞こえていた。
留置場の中で被疑者が自傷行為に走るのはよくある事だ。反省のあまりに自傷行為に走るのでは無い。そんな愁傷な奴は最初から犯罪など起こさない。
裁判を少しでも有利に運ぶ為にするのだ。裁判と言うのは裁判官がどう思うかで判断するのであり、世間がどう思うかでは無い。裁判官の同情を得て、情状酌量で刑の軽減を狙う為に自傷行為に走る。何度も警察に世話をかける人間は、そういう事には知恵が回るのものだ。
当番警官はコイツもその一人なのだろうと考え、怪我でもされたら嫌なので電話で夜間担当の医者に来てくれるように頼んだ。
当番警官と言っても騒いでいる金田だけが担当では無い。他の房に収容されている被疑者たちの面倒も見ないといけない。忙しさに忙殺されいると、金田が妙に静かになっている事に気が付いた。
(あれっ? 本当に静かになったな?)
「おい、もうすぐ医者来るからな」
不思議に思った警官は中にいる金田に声をかけた。しかし、自分の言う事を聞いて貰えなかった金田は、頭から毛布を被ってふて寝をしている。
「……」
金田からの返事が無い。さっきまであれだけアチコチが痒いと騒いでいたのにだ。
「……大丈夫か? もうちょっとの辛抱だぞ??」
「……」
やはり、返事が無い。警官が覗き込む角度を変えようかとした時に、金田が被っている毛布の横から、なにやら赤い物が流れ出ている事に気が付いた。
「おい! 大丈夫か!!」
慌てた警官は留置場の扉の施錠を外して、中に入り金田が被っている毛布をめくり上げた。
「……っ!」
そこには骨が見えるまでに掻き毟られた金田の顔があった。顔面の皮がずるりと剥け落ちてしまっている。金田が静かになったのは、余りの痒さに、顔や手足を掻き過ぎて皮膚が剥がれてしまい、そこからの失血が酷くて失神してしまっていたのだ。毛布から流れていたのは血液だった。泥棒は両手を開いたままで仰向けになっていた。その両手をみると指先には肉は無く骨が見えていた。金田は全身を麻痺したようにピクピクしたままで、呻き声一つあげずにいる。
「た、大変だっ!」
警官なので腐乱死体に接する機会が多いとは言え、先程まで動いていた生身の人間が、肉が削げるほどに掻き毟られた身体は見た事が無いものだ。警官は嘔吐したいのを我慢しながら急いで救急車を手配した。だが、駆け付けた救急隊員の懸命の努力も虚しく、金田は死亡してしまった。流れ出た血液の量が多すぎて失血死したとの事だった。
霧湧村の駐在所に勤める田中宏和が、そこまで話し終えると目の前にあった温くなった麦茶を啜った。
「中々、壮絶な死にざまだな……」
村長の日村は泥棒の顛末を聞き終えると田中に言った。
「はい、先日に見つかったリーの死体状況と似ており、捜査本部では皮膚性の疾患を疑っております」
今みたいな詳しい話は、警察から外部に漏れる事は無いのだが、余りにも奇妙な事が続けて起こったので、疫病を心配した警官が村長に話しをしに来たのだった。
「ふむ、疫病の可能性があると…… 言うことかね?」
日村は田中に聞き返した。
「はい」
「腰の痛みや神経痛を訴える者は多いが、身体が痒いという者は居ないねぇ…… 何しろ年寄りが多いから……」
もちろん、村で奇妙な疫病が流行っている事実は無い。
「しかし、気にはなるね。 後で広報係と保険係に言っておくよ。 ご苦労様」
似たような症状が出ていないか確かめるためだ。それを聞いた田中は礼を言って駐在所に戻って行った。
「…… 自分で自分の皮膚を剥がしたって事ですよね」
雅史は村長の話を聞きながら言った。
(尾栗の時も全身の皮膚が無かったと聞いている。 と、いうことは尾栗も自分で自分の皮膚をはがしたのだろうか?)
雅史は今日発生していた異常音との関係を疑ったが、場所が隣町の警察署では、異常音は関係無いのかもしれないと思った。場所が離れすぎている。だが、全身の皮膚を剥がして死んでいるのは事実だ。何か原因があるはずだった。
「何でもないのに痒いと思い込まされたみたいですね……」
姫星は死んだ泥棒が黒い霧みたいなものと言っていたのが気になっていた。自分も霧湧神社や毛巽寺で似たような幻覚を見ている。
「ええ、ウテマガミ様の罰が当たったと村では噂されております」
日村は目を伏せながら話した。
金田と尾栗。この二人に共通しているのは、霧湧神社の御神体を粗末に扱ったという事だ。
(ウテマガミ様っていう神様も、五穀豊穣・子宝祈願の割には情け容赦ないわね…… ちょっと可哀想……)
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