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第 3話 駅のホーム

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府前駅ホーム。

 美良は大学から自宅へ帰宅の途についた。時刻は夕方近くになっているので大学の中に人が少なくなっているからだ。
 大学近くの駅のホームで電車を待っていた。すると、ホームに流れる電車のアナウンスに、何かの音が混ざっているのに気が付いた。

「……」

 リズミカルな小太鼓と笛の奏でる小鳥の様なさえずり。祭囃子だ。場違いなお囃子は、まるで日の暮れを追いかけるようにして、ホームの中を右に左に揺れる様に奏でていた。

「え、祭り囃子? 」

 ここは大都会の駅の中。確かに近くには古い神社があるが、今は祭りの時期では無い。
 加えて美良は片頭痛が始まりつつあった。心臓の鼓動に合わせるかのようにズキンズキンと来る痛みに耐えながら、バッグから鎮静剤と水のペットボトルを取り出した。

「え? お囃子が片頭痛の合図なの??」

 片頭痛とは不思議なもので『これから始まるよ』みたいな合図があるのだ。
 人によって異なるが、美良の場合は目の前の光景がキラキラと異様に眩しくなるのが合図だった。しかし、今回は祭囃子が合図になっているようだった。

(やっぱり、あの村に行ってから、何か変な事ばかり……)

 不測の事態に戸惑ってしまったが、ズキンズキンと来る痛みに顔をしかめ始めた。こうなると痛みが去ってくれるまで大人しくするしかない。手持ちの鎮痛剤を水で飲み込んで、ベンチに座って痛みをやり過ごそうかと考えている時に、駅のホームの端に黒い影を見つけた。

「なんだろう……」

 その黒い影は小さくてはっきりとしていないが、ぼんやりと人の形をしているのは判る。背丈は小学生の低学年くらいだ。それがフラフラとホームの端を行ったり来たりしている。

「……幽霊?」
 美良は咄嗟にそう考えた。それをジッと観察していると雅史の顔が浮かんできた。

『死後の世界なんて在りはしない。 情報が消失して終わりなのさ。 幽霊だの輪廻転生だなんて、宗教家がお布施目当てに言っているだけだ』

 恋人の雅史がそんな身も蓋も無い事を言っていたのを思い出した。しかし、今、自分の目の前に幽霊らしき者がいる。

 美良はフラフラとした足取りで駅の端まで来た。黒い影に誘われて仕舞ったのかもしれない。
 それは、何となく黒い影と手を繋ぎたいと思ったのだ。

プアァーーンッ!

 侵入してきた電車がけたたましく警笛を鳴らす。

「危ない!」

 だが、美良はホームから落ちる寸前に、駅員によって片手を掴まれ、落下せずに済んだ。

「アッ! 私は何をしようと……」

 美良は目の前を通り過ぎようとしている電車と駅員を交互に見ながら狼狽した。風圧で美良の長い髪が巻き上げられている。

「ホームから落ちる所でしたよ?」
「はい、目眩がしたものですから…… ご面倒をおかけしてすいません……」
「いえ、御怪我が無くて何よりです。 この駅では良く有ること何ですよ」

 駅員は微笑みながら会釈して美良から手を離した。

「お客様? この駅では夕暮れ時に、ホームの端を見つめてはいけませんよ」

 そう言うと駅員は客の誘導業務に戻るために歩いて行った。
 自分が危うく電車に飛び込みする寸前だった事に、美良はしばし愕然としてしまった。そして、駅員に改めてお礼を言おうとして振り返ると、ホームには誰も居なかった。もう一度、ホームの端を見ると黒い影も消えていた。

(幻覚……)

 あの村に行ってから幻想や幻聴が始まっている気がする。村との因果関係を確かめる必要性に美良は気が付いた。

(やはり、この事は早めに雅史に相談しよう……)

 美良は手元にあるスマートフォンで雅史にメールを打った。今有った事をメールに打とうとしたが止めにして、ただ『相談したい事がある』と書くのに留めた。心配性の雅史に負担をかけるのは気が引けたからだ。
 美良はメールを打ち終えた時に、ふと手を止めて思い出した事があった。

「そういえば、今日は英語の宿題を手伝うって、姫星と約束していたっけ……」

 妹の月野姫星(つきのきらら)は高校生。好奇心旺盛な姫星には、今の事は黙っている事にした。姉が駅で電車に轢かれる寸前だったなんて言うと、余計な心配かけてしまうに違いない。

 やがて普通電車がやってきて、美良の目の前に停車した。美良は電車に乗り込んで、車窓から風景を見ながら考え事を始めた。

(まず…… お風呂に入って気分を落ち着けようか…… アロマオイルが残ってるといいな……)

 鎮痛剤を取り出す時に、村で拾ってきたゴミが入っている事を思い出した。大学で捨てようと雅史に質問していたが、うっかり入れたままにしていたのだ。

(家に帰ってから捨てようか……陶器は燃えないゴミだから明日出さないといけないのよね……)

 美良は電車の中でそんな事を考えていた。電車は美良を載せて夕焼けの中を走って行く。


 しかし、電車に乗った所を最後に、美良の足取りが途絶えてしまった。



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