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第38話 通った跡

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 地下一階。

 全員が銃を構えたままエレベーターを見つめている。不意に開いた扉から何かが室内に放り込まれてきた。

「手榴弾っ!」

 誰かが叫んだが投げ込まれた物は、床に落ちる音と同時に炸裂した。強烈な音と閃光がホール内に充満した。

「くそっ! スタングレネードかっ!」

 警備隊長が自分の目を手で覆い隠しながら唸るように喋った。

「撃てっ!」

 だが、その掛け声よりも早く、ホール内に侵入を果たした者がいた。全員が目を離したので気が付くのが遅れたようだ。

「ぐあっ!」

 クーカは飛び込んで最初の男の首にナイフを突き立てた。そのままの体勢で隣に居た男の首を跳ね、返す刀で三人目の腹を切り裂いた。ナイフを使ったのは自分の存在を悟られるのを遅らせる為だ。

(手前の右側に三人。 左側に二人。 左奥に二人。 右側奥に三人。 大関は一番奥の台座……)

 彼女は右側の三人を始末している隙に、地下に居る人員の配置を見ていた。
 男たちはいきなりの目くらましに気が動転しているのか銃を入り口に向けたままだ。次のターゲットはこの二人。その前に左奥の二人の内モニターを監視していた男にはナイフを投げ込んでやった。ナイフは男の首に刺さったが、傍に居たもう一人は咄嗟にしゃがみ込まれてしまった。牽制はとりあえずは成功だ。

 クーカは腰から銃を取り出し、左手前の二人に銃弾を送り込んでいく。二人は横合いから来る銃弾に反応できずに、何が何だか分からない内に絶命してしまった。
 ここまで掛かった時間は一分も無い。しかし、尚も台座に向かって突進していくクーカ。

「くそっ! 小娘がっ!」

 モニターの所に居た男が立ち上がって拳銃を撃って来た。しかし、クーカには当たらない。銃弾を右に左に避けながらクーカは男に迫っていく。

「何故、当たらないんだっ!」

 男は尚も引き金を引き続ける。しかし、銃弾はクーカの身体を捉える事無く床に後を残すだけだった。弾道が見えるクーカには無意味な行為だ。

「悪鬼め……」

 男の懐に飛び込んだクーカは右手のククリナイフで男の腕を薙ぎ払らった。それから、左手の銃で男の顎下から撃ち抜いた。
 男は仁王立ちの状態からゆっくりと倒れていった。クーカはそのまま男の影から右奥の男たちを銃で撃ち倒した。

 右奥に居た男たちはアサルトライフルを構えていたが、クーカが倒した男が邪魔で撃てなかったらしい。そのまま眉間を撃ち抜かれてしまった。
 人には相手を殺す動機が必要だ。クーカの場合にはそう言うものが無い。無かったと言うのが正しいのかもしれない。

(これまでも一人で戦って来た……)

 腹を撃ち行動を不能にしてから、頭を撃って確実に敵を仕留める。その訓練を嫌と言う程やって身体に滲み込ませているので、機械的にこなしているに過ぎない。

(これからもそう…… 敵は全て殲滅する……)

 立ち込める硝煙の中をクーカは台座に向かって歩いて行く。彼女の通った跡には死体だけが残されていた。

「……やれやれ悪鬼は加減と言う物を知らないのかね?」

 ほんの数分前まで生きていた部下の骸を見ながら大関は尋ねてきた。彼は台座の前に座ったままだ。

「私は自分で出来る事をやっているだけよ?」

 クーカはニコリとせずに答えた。愛想を振りまく余裕が無さそうだった。

「何故、貴方がたは私の家族に固執するの?」

 銃を大関に向けて訊ねた。最後の始末をつける前に聞いておきたかったようだ。

「人は生まれた時から宿業を持っているのだ」
「それを浄化して御仏の道へ誘うのが私の役目だ」
「その為に選ばれたのが君らの血筋なのだよ……」

 大関はニコリともせずに滔々としゃべっている。

「そこまでよ」

 大関との会話に退屈さを感じたクーカは話を遮った。

「自分でも信じていない言葉は私に響かない……」

「私は神様なんか信じない」
「だからお祈りなんかしないで、ギリギリまで自分の力を信じる事にしてるの……」

 そう言うと銃を先に行けと言わんばかりに横に振った。

「ふっ…… 下の研究施設には誰も入れんよ……」

 大関は不敵に笑い始めた。

「?」

 クーカが小首を傾げる。

「特殊なキーが必要なのさ……」

 大関の額から汗が垂れ始めた。

「どうせ、貴方の網膜認証と指紋なんでしょ?」

 クーカが目を指差しながら聞いた。ありふれた防犯装置だからだ。

「ああ、生憎と怪我で動けなくなってしまったね……」

 大関はそう言ってニヤリと笑った。その足元には血溜まりが出来始めている。銃撃戦での流れ弾に当たったのだ。

「じゃあ、本人が生きている必要があるの?」

 彼女は大関にグッと顔を近づけて言い放った。

「現物を持っていけば良いだけなんじゃない?」

 以前にも似たような装置を突破した事があるのだ。今回も同じ方法を取るつもりらしい。

「え?」

 大関は咄嗟にクーカが言った事が理解出来なかった。自分の命に価値があるとでも勘違いしていたのであろう。

「まて、わしが死ぬと……」

 大関がそこまで言いかけたがクーカは迷わず引き金を引いた。一発の鈍い音と引き換えに大関は首を垂れてしまった。

「安全装置が働いて工場が自爆と言った所かしら……」

 それは想定内だ。クーカは腰から小型のナイフを取り出した。これからの作業にククリナイフでは大きすぎるのだ。


 仏像の台座に入り口があった。指紋と網膜の認証のようだ。クーカは大関から取り出した指と眼球を使って扉を開けた。
 そこには階段があってもう一階分下がるようだ。降りていくと机と研究設備が並ぶ空間があった。しかし、そこは放棄されたかのように無人だった。研究者たちは予め逃がされていたのであろう。

 無機質な空間が煌々と明かりで照らされている。
 その中をクーカは銃を構えたままゆっくりと進んでいく。警備員がいる可能性はあるが配置されている可能性は少ないと考えている。

「んがっ!」

 不意に足元が崩れた感覚に襲われ膝を突いた。目の前の空間がいきなり曲がりくねったかと思ったら立つことすら覚束無くなったのだ。

(感覚遮断装置っ!)

 感覚遮断装置とは極超音波で人の感覚を麻痺させたり、光の明滅で行動感覚を制限させる防犯システム。
 こういう施設では防犯用に銃は使われない。跳弾で危険な薬品や病原体サンプルなどを破損してしまう恐れがあるからだ。

(やっぱり!)

 クーカは膝を付いた格好のまま、目を瞑って音が飛来すると思われる方向に銃を構えた。音波を発生させている物を破壊してしまおうと考えたのだ。

(く……)

 続けざまに銃弾を放つ。一発・二発・三発目でやっと感覚を取り戻した。スピーカーを破壊できたのであろう。

(ふぅ……)

 まだ、耳の奥がキーンと鳴っている気がするが、彼女は安堵のため息をもらした。額から汗が流れていく。感覚遮断装置は被験者に多大なストレスを与える為だ。こればかりは訓練を何度繰り返しても慣れなかったらしい。

『……』

 クーカが静かに目をあけると鹿目が居た。正確にはモニターの中にだ。

『まったく…… あれだけの戦闘要員を集めるのは大変だったんだがね……』

 モニターの中の老人は苦笑しながらも続けた。どうやら一連の戦闘状況をどこかで見ているらしかった。

『そこはまもなく破壊されるだろう。 私の言うことに従うと誓うのなら…』

 クーカは問答無用にモニターに銃弾を送り込んだ。人の話など聞く気は最初から無い。

「ふんっ……」

 鼻先で笑うと彼女は目的の物を探した。工場を立てた時に不釣り合いな金庫を注文していたのは分かっている。

(あれね……)

 目的の金庫は研究室の奥に鎮座していた。扉に指紋認証の小窓が付いている。そこに大関の指を宛がうとあっさりと開いた。
 中には『Q細胞』と書かれた小箱と、その隣には『Kウィルス』と書かれた小箱があった。これが史上最悪の生物兵器なのであろう。両方ともチタン合金と思われる頑丈な箱に仕舞われていた。

 それを背中のウサギリュックに仕舞い込んだ。ウィルスの方は待ちかえって確実な方法で焼却してしまおうと考えたのだ。工場が自爆すると言っても破壊だけではウィルスが死滅する保証は無い。それでは自分が危険にさらされると考えたのだ。

「じゃあ、帰るとしますか……」

 彼女はピクニックの帰りのように気軽にもらした。

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