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第31話 死神が愛した理由

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 保安室。

 室長が部屋に入って来た。

「全員集まってくれ、クーカに関する新しい資料を手に入れた」

 室長がCIAからクーカに関する資料を持ち帰って来た。どうやって手に入れたのかは謎だった。

「資料によると彼女の本名は榊原美優菜(さかきばらみゆな)。 年齢は16歳。 学校には通った記録はない」

 何時ぞやCIAが寄越した黒塗りの資料では無く、名前も全て表示されている資料だった。そこには家族構成も出身地も掛かれていたのだ。

「ちょっと待ってください…… 日系人では無くて日本人なんですか?」

 先島はクーカの本名を聞いた時に思わず口から出てしまっていた。そんな気はしていたが、てっきり中国人だと思い込んでいた。

「はい。 彼女が幼い頃に両親と共に中米エバジュラムに出国しています」

 藤井が話を引き継いだ。
 エバジュラム国では陸軍が派閥化しており、無政府状態に近い国だ。外務省はレベル3の渡航中止勧告を指定している。目的であれ渡航は延期するように求めるものだ。

「何故だ? あそこは独裁国家だろ?」

 加山が聞いて来た。彼は米軍と合同演習をした際にエバジュラム国の隣国に行ったことがあるらしい。そこでジャングル戦の訓練をうけたのあそうだ。

「国際農業事業団の招きで、一家は農業指導に向かったらしいです」

 団体の詳細な報告書が載せられている。彼等はエバジュラム国の民間団体だ。
 つまり国ではなく民間団体からの招きで向かったようだ。自国の食料自給をどうにかしたいと願った市民団体だと思われる。犯罪組織とのつながりは無さそうだった。
 続いて画面には空港からと思われる地図が表示されていた。

「しかし、榊原一家は空港からホテルに向かう途中で行方不明になってますね……」

 次に表示された画像には空港の防犯カメラに移された一家が映っていた。両親と小さな女の子が一緒に映っている。
 その女の子が幼い日のクーカだと推測された。

「誘拐されたのか?」

 中米や南米は治安が極端に悪い。僅かな小銭目的に誘拐事件などが頻発していた。
 しかし、狙われるのは現地に工場などを進出させている企業幹部やその家族だ。

「いいえ、大使館にも事業団にも身代金が請求された形跡はありません」

 大使館からの事故事件の報告書が画面に表示された。そこには行方不明とだけ書かれていた。

「強盗?」

 手間のかかる誘拐では無く強盗の方が多いのも事実。榊原家はパッと見には観光客と写ったはずだ。

「不明です。 ですので事件性無しとして扱われ、只の失踪事件として扱われておりました」

 現地の新聞と思われる物が表示されていた。言葉は分からないが『行方不明』と大見出しになってるのは間違いなさそうだ。

「……誘拐の際に誤って両親を殺害してしまい、めんどくさくなったんじゃないですかね?」

 久保田が推論を言って来た。ありえそうな話だ。


 次に見せられたのは被害者の一覧だ。

「ん?」

 先島が被害者のリストを見ていて気が付いた。

「被害者全員に中米のエバジュラムへの渡航歴がありますね」

 エバジュラム国か隣国かの渡航歴が載っているのだ。

「それなら全員が臓器移植を受けた可能性があるぞ……」

 室長が言い出した。

「そういうことか!」

 先島はクーカが殺した人物の一覧を見ていて気が付いた。
 持ち去られたと思われる臓器を合わせると二人分に相当するのだ。

「クソがっ!」

 たちまちの内に先島の顔が歪んでいった。

「全くもって胸くそが悪くなる連中だ……」

 リストに掲げられていた人物の写真を見ながら吐き捨てる様に怒鳴った。

「え?」

 急に怒りを露わにした先島の態度に、室内に居た全員がうろたえてしまった。
 何故なら、先島は絵に描いたように冷静沈着な男だ。そんな男が怒る所など、誰も見た事が無かったからだ。

「あっ…… そういう事なのね……」

 先に気が付いたのは藤井だ。彼女も真相に顔を歪め始めた。

「え? いったいどうしたんだ??」

 訳が分からない室長は先島たちの怒りと戸惑いが分からないでいた。

「持ち去られた臓器を合わせると概ね二人分なんですよ……」

 藤井が言った。

「ん?」

 室長も戸惑い始めた。

「恐らく彼女は……」

 先島は彼女が移植された臓器を集める理由が分かったのだ。


「クーカは自分の両親を取り戻そうとしているんだ……」


 先島が吐き捨てる様に言った。
 人間の業の深さには慣れているつもりだったが、深淵にはまだ届いていないようだ。

「……」

 全員が黙ってしまった。彼女の過酷な運命を思いやっていたのだ。

「そう言う事だったのか……」

 室長は先進国の諜報機関が躍起になっている割に口が重い訳が解った気がした。自国の重要人物が移植を受けているせいなのだろう。
 それは余りにも後ろめたい理由なので、クーカの抹殺を図り口封じを目論んでいるのだ。

「普段、あれだけ喧しいラングレーの雀どもが、詳細を話すのを渋る訳だな……」

 CIAの連絡員はクーカを見つけたら、手を出さずに連絡だけを寄越せと言ってきた。

『QUCAが持っている技術は我々が仕込んだものだ。 彼女の占有権は我々の方にあるんだよ』

 連絡員はそうしたり顔で言っていた。
 過去に実行させた作戦の数々を暴露されるのを恐れているのもある。それ以上に臓器売買に関わっている節があるのだ。

(奴らの非合法活動用の資金集めの為か……)

 勿論、室長には従うつもりなど無かった。

「しかし、復讐の為とは言え女の子が人を殺めるなんてなあ……」

 宮田がまだブチブチ言っていた。先日、クーカに言い負かされたのに懲りない人だ。

「男だろうが女だろうが引き金は気にしないよ」

 先島がそう言うと室内に居た全員が苦笑いをしていた。それぞれ色々と思う所があるらしかった。


「藤井。 CIAが行った最後の作戦の所を見せてくれ」

 先島はクーカが関与したと思われる麻薬組織壊滅作戦概要を表示させた。
 作戦対象はエバジュラム国のロス・セパスタ。当時は最大の勢力を誇っていた麻薬密売組織。
 彼らは麻薬密売・人身売買・銃器取引・臓器売買など非合法な組織犯罪集団であった。米国への麻薬配給の主力と考えられていた。

 結成したのはメキシコ人の元軍人でオシム・カルデナス・ガリェン。エバジュラム国の犯罪組織ブムーフ・カルテルの傭兵部隊として、特殊部隊の兵士を集めたことが起源だった。
 結成当時、エバジュラム国内では犯罪カルテルは壮絶な縄張り争いを繰り広げていた。身の危険を感じたブムーフ・カルテル幹部は、自身のボディガードとして退役したメキシコ兵を高給で雇い入れたのだ。

 元軍人を雇い入れたブムーフ・カルテルは勢力を伸ばしたが、途中でオシムの裏切りによって衰退してしまった。オシムが独自のカルテルを作ってしまったからだ。それがロス・セパスタだった。

「榊原一家が失踪した時期と合致しますね」

 ロス・セパスタが発足した時期と一家が失踪した時期が似ていた。そして、発足したばかりの組織と言うのは、結構荒っぽい稼ぎをやりたがるのだ。もちろん、資金集めの為だ。

「憶測ですが…… ロス・セパスタを襲撃した時に、両親の運命を知って脱走する切っ掛けになったんではないでしょうか?」

 沖川が言った。事実、クーカが作戦に従事した時に殲滅されている。資料ではロス・セパスタ幹部は拷問を受けたらしい形跡があると記入されていた。もっとも、元軍人なので昔の古傷の可能性もあるとの事だ。
 しかし、それでは自分の組織を裏切ったのは何故か不明だった。報告書にも理解不能と書かれていた。

「そうでしょうね…… その時に移植した患者のリストを手に入れて回収している……」

 訓練の記録を見ても命令には忠実で勤勉な人物と書かれていた。急に組織を裏切った理由は他には無さそうだった。

「元患者たちは腕利きの用心棒を雇って護衛させるけど、クーカは物ともしないで全てを破壊して回る……」

 世界中の諜報機関が躍起になっている訳は、自分たちの面子を潰されただけでは無いようだった。非合法な臓器移植に加担していると見られるのを嫌がっているのかもしれないな先島は考えた。

「彼女は臓器移植を受けた相手を殺しているつもりなど無いんでしょうね……」

 沖川はクーカの履歴を見ながらポツリと漏らす。見た目には可愛い女の子だからなのかもしれない。

「必要な事以外には関心が無いのだと思います」

 藤井はそれに答える。

「臓器を取り出した後に失血死をする人物が多いのはほったらかしにするからなのか……」

 対象者は自分の行為が後ろめたいので直ぐには救命に動かないらしい。結局、それが致命的な行為になって、手遅れになっている印象を受けていた。

「ええ、臓器を取り出した後に救護する義理は無いと考えているのかも……」

 慈悲の心を持つかどうかは幼児期の教育で決まると言われている。孤児となってしまった彼女にはそのチャンスが無かったのだろう。

「つまり、対象者が生き残るかどうかは運しだいだったのか……」

 多くの場合、彼らの幸運は使い果たされた後だったのだ。

 部屋に居た者全員がクーカの写真を見ていた。そこには深く引き込まれていくような暗い目をした少女が映っていた。

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