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第29話 正論者
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保安室。
外線が着信し電話が鳴った。
「はい、青山三丁目警備保障です……」
電話に出たのは沖川だ。青山三丁目警備保障とは対外的に名乗っている『会社』の名前だ。『謀略大好き公安です』と名乗る訳にはいかないからだ。だが、沖川の顔つきが直ぐに曇り出した。
「先島ですか? はい、ちょっとお待ちください……」
しかし、沖川は電話の応対をしている内に首を傾げ始めた。
「大光スーパーの警備室からよ?」
保安室の近くに有るスーパーだ。良く昼の弁当を調達するのに全員が使っていた。
焼肉弁当の大盛が先島のお気に入りだ。
「はい、替わりました。 先島です…… えっ? 娘がそちらにお邪魔してる?」
先島が怪訝な表情になった。身に覚えが無いからだ。首も捻ってしまっている。
「?」
保安室にいた室員全員が先島の会話内容にキョトンとしている。先島が家族を失ってからずっと独身なのは知っているからだ。
「ひょっとして隠し子?」
藤井と沖川がきゃあきゃあ言い合っていた。他の人もニヤニヤ笑いが止まらない。真面目を絵に描いたような先島が慌てているからだ。
「はあ…… クーカですか…… それは御迷惑をおかけしました。 すぐ迎えに上がります」
先島が電話にそう答えると、室長が口からお茶を拭いてしまった。
先島がクーカを連れて保安室にやって来た。スーパーまで迎えに行ったらしい。
保安室の扉を開けると室長を始めとする全員が整列して待っていた。
室員たちは緊張の面持ちで出迎えている。
何しろ『世界最凶の殺し屋』と呼ばれる『死神の娘』がやって来るのだ。緊張するなと言う方が無理だ。
クーカは逃げ出す事も無く大人しく先島に付いて来た。
「えー…… みんなが会いたがっていたクーカさんです」
クーカがぴょこんと頭を下げる。それに釣られて全員が頭を下げた。
そして珍しい生き物を見るかのようにジロジロと見ていた。見た目は普通の少女だ。先島の娘と言われても違和感は無い。
クーカは恥ずかしいのか先島の影に隠れようとした。
「大光スーパーで暴漢に襲われて、相手を大根・キャベツ・ゴボウで撃退したようです」
室員たちにクーカを紹介しながら、スーパーでの出来事を説明した。
「ええと…… 災難でしたね……」
他に言いようが無かった。全員が呆れたように聞いていたのだ。
(襲撃相手が生きていると言うのはビックリだな……)
実際の災難は見た目とは違いすぎる強さに翻弄された襲撃者たちであろう。
クーカの資料を読んだ限りでは、戦闘状態に突入すると敵を殲滅するまで止めないと思っていたのだ。
(それにしても野菜を使うとは…… 武器を持って来なかったのか?)
保安室の入り口には金属探知機が供えられている。そこで反応が無かったので武器を持っていないと考えたらしい。
クーカの思惑とは別に武器を所持して無かったのを怪しんでいた。
「迎えに来てくれて有難う…… じゃあね……」
クーカは先島に礼を言うと帰ろうとした。
「いや、ちょっと待ってくれないか。 少し話があるんだ」
室長が声をかけて来た。聞きたい事が山のようにあったからだ。
「私には無いわ……」
クーカは出口に向かって行った。それを沖川が止めようと動こうとしたが先島が止めた。
「そう言わず…… みんな君の事が知りたいんだよ」
先島がクーカの背中に語った。
「私の資料ならCIAの物が一番詳しい筈よ?」
保安室の面々は世界中の諜報機関と意見の交換などをしている筈とクーカはふんでいた。それならばその資料を見れば良いのにと考えたのだ。
「いや、資料には無い物が知りたいのさ……」
クーカはキョトンとした。
「私は浮浪児で食べるのに困って傭兵を経て暗殺者になり今に至る…… それだけよ……」
クーカは簡潔に半生を語って出て行こうとした。
「それっておかしいだろう? 食い扶持に困るからって人殺しになるのか?」
宮田が言い出した。彼は持ち前の正義感の強さから水上警察時代にやらかして保安室に廻されて来たのだ。
「何が?」
クーカが立ち止まって振り返った。
「それでいいのかって話だ」
宮田は実体のない話を始めているなと先島は思い始めた。
「だから何が?」
クーカがイライラし始めているのが分かる。
「何か方法があるはずだ」
宮田は尚も言い募った。一見すると正論を言っているように聞こえるからだ。
「だから、どういう方法?」
クーカはこの手の人間が大っ嫌いだった。正論を喚いていれば何かを成し遂げた気になっている奴だ。
「……」
宮田は黙ってしまった。おかしいのは誰だって分かっている。じゃあ、何ができるのかと言うと何も出来ない。
宮田の話は正論のようで正論では無い。自分は安全な場所にいて危険な作業を人にやらせている者の持論だ。
「どうせ、何もできないし何もやらない…… だったら膝を抱えて部屋の壁でも見てなさいよ」
それはクーカの怒りに火を点けてしまった。
「正義派ぶって自分が高尚な人間であると勘違いしたいだけでしょ?」
「その時だけ良い人を演じてみせたいだけ、三歩歩けば見たことは忘れるし思い出しもしない」
「そういう人間しかいないのが世の中よ……」
「公安警察に居るのなら、今までにも嫌と言う程見て来たでしょうに……」
クーカはそこまで言うとそっぽを向いてしまった。怒っているのは誰の目にも明らかだった。
室員たちは目を伏せてしまっている。他に頼る者の無い孤児を責め立てても益は無いからだ。
(馬鹿ほど声がでかい。 SNSでも現実でもね……)
先島はマスゴミの声が無駄に大きい理由が分かったような気がした。
「じゃあね……」
クーカはズカズカと出口に向かって行く、今度は誰もクーカを止めなかった。
外線が着信し電話が鳴った。
「はい、青山三丁目警備保障です……」
電話に出たのは沖川だ。青山三丁目警備保障とは対外的に名乗っている『会社』の名前だ。『謀略大好き公安です』と名乗る訳にはいかないからだ。だが、沖川の顔つきが直ぐに曇り出した。
「先島ですか? はい、ちょっとお待ちください……」
しかし、沖川は電話の応対をしている内に首を傾げ始めた。
「大光スーパーの警備室からよ?」
保安室の近くに有るスーパーだ。良く昼の弁当を調達するのに全員が使っていた。
焼肉弁当の大盛が先島のお気に入りだ。
「はい、替わりました。 先島です…… えっ? 娘がそちらにお邪魔してる?」
先島が怪訝な表情になった。身に覚えが無いからだ。首も捻ってしまっている。
「?」
保安室にいた室員全員が先島の会話内容にキョトンとしている。先島が家族を失ってからずっと独身なのは知っているからだ。
「ひょっとして隠し子?」
藤井と沖川がきゃあきゃあ言い合っていた。他の人もニヤニヤ笑いが止まらない。真面目を絵に描いたような先島が慌てているからだ。
「はあ…… クーカですか…… それは御迷惑をおかけしました。 すぐ迎えに上がります」
先島が電話にそう答えると、室長が口からお茶を拭いてしまった。
先島がクーカを連れて保安室にやって来た。スーパーまで迎えに行ったらしい。
保安室の扉を開けると室長を始めとする全員が整列して待っていた。
室員たちは緊張の面持ちで出迎えている。
何しろ『世界最凶の殺し屋』と呼ばれる『死神の娘』がやって来るのだ。緊張するなと言う方が無理だ。
クーカは逃げ出す事も無く大人しく先島に付いて来た。
「えー…… みんなが会いたがっていたクーカさんです」
クーカがぴょこんと頭を下げる。それに釣られて全員が頭を下げた。
そして珍しい生き物を見るかのようにジロジロと見ていた。見た目は普通の少女だ。先島の娘と言われても違和感は無い。
クーカは恥ずかしいのか先島の影に隠れようとした。
「大光スーパーで暴漢に襲われて、相手を大根・キャベツ・ゴボウで撃退したようです」
室員たちにクーカを紹介しながら、スーパーでの出来事を説明した。
「ええと…… 災難でしたね……」
他に言いようが無かった。全員が呆れたように聞いていたのだ。
(襲撃相手が生きていると言うのはビックリだな……)
実際の災難は見た目とは違いすぎる強さに翻弄された襲撃者たちであろう。
クーカの資料を読んだ限りでは、戦闘状態に突入すると敵を殲滅するまで止めないと思っていたのだ。
(それにしても野菜を使うとは…… 武器を持って来なかったのか?)
保安室の入り口には金属探知機が供えられている。そこで反応が無かったので武器を持っていないと考えたらしい。
クーカの思惑とは別に武器を所持して無かったのを怪しんでいた。
「迎えに来てくれて有難う…… じゃあね……」
クーカは先島に礼を言うと帰ろうとした。
「いや、ちょっと待ってくれないか。 少し話があるんだ」
室長が声をかけて来た。聞きたい事が山のようにあったからだ。
「私には無いわ……」
クーカは出口に向かって行った。それを沖川が止めようと動こうとしたが先島が止めた。
「そう言わず…… みんな君の事が知りたいんだよ」
先島がクーカの背中に語った。
「私の資料ならCIAの物が一番詳しい筈よ?」
保安室の面々は世界中の諜報機関と意見の交換などをしている筈とクーカはふんでいた。それならばその資料を見れば良いのにと考えたのだ。
「いや、資料には無い物が知りたいのさ……」
クーカはキョトンとした。
「私は浮浪児で食べるのに困って傭兵を経て暗殺者になり今に至る…… それだけよ……」
クーカは簡潔に半生を語って出て行こうとした。
「それっておかしいだろう? 食い扶持に困るからって人殺しになるのか?」
宮田が言い出した。彼は持ち前の正義感の強さから水上警察時代にやらかして保安室に廻されて来たのだ。
「何が?」
クーカが立ち止まって振り返った。
「それでいいのかって話だ」
宮田は実体のない話を始めているなと先島は思い始めた。
「だから何が?」
クーカがイライラし始めているのが分かる。
「何か方法があるはずだ」
宮田は尚も言い募った。一見すると正論を言っているように聞こえるからだ。
「だから、どういう方法?」
クーカはこの手の人間が大っ嫌いだった。正論を喚いていれば何かを成し遂げた気になっている奴だ。
「……」
宮田は黙ってしまった。おかしいのは誰だって分かっている。じゃあ、何ができるのかと言うと何も出来ない。
宮田の話は正論のようで正論では無い。自分は安全な場所にいて危険な作業を人にやらせている者の持論だ。
「どうせ、何もできないし何もやらない…… だったら膝を抱えて部屋の壁でも見てなさいよ」
それはクーカの怒りに火を点けてしまった。
「正義派ぶって自分が高尚な人間であると勘違いしたいだけでしょ?」
「その時だけ良い人を演じてみせたいだけ、三歩歩けば見たことは忘れるし思い出しもしない」
「そういう人間しかいないのが世の中よ……」
「公安警察に居るのなら、今までにも嫌と言う程見て来たでしょうに……」
クーカはそこまで言うとそっぽを向いてしまった。怒っているのは誰の目にも明らかだった。
室員たちは目を伏せてしまっている。他に頼る者の無い孤児を責め立てても益は無いからだ。
(馬鹿ほど声がでかい。 SNSでも現実でもね……)
先島はマスゴミの声が無駄に大きい理由が分かったような気がした。
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