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第18話 違う種類

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 夜の公園。

 その公園は都会のビルとビルに挟まれた小さな物だった。そこに藤井は独りでベンチに座って居た。
 公園の隣を幹線道路が通っている。首都高速道路の入り口が近い道路には車がひっきりなしに通過していた。

(そんなに急いでも誰も気にしていないのに……)

 車が一台停車したのが見えた。
 車の助手席が開き一人の男が後部座席のドアを開ける為に降りていく。
 後部座席の男は席を開けて貰った例などは言わずに降りてきた。そして藤井に向かって真っすぐに歩いて来る。
 初老の男だ。その態度はこの世の中は自分を中心に回っていると勘違いしているかのように尊大だった。
 藤井は立ち上がって老人がやって来るのを待った。下手に動くと警護の者が飛んでくるからだ。

「で、先島はクーカと接触したのかね?」

 老人は挨拶抜きでいきなり言って来た。

「はい」

 藤井は目を伏せたまま答える。

「それで、クーカの目的は探り出せたのか?」
「そこまでは分かりませんが彼女を追いかけていくつもりの様です」

 クーカと接触した先島の様子を彼に伝えた。

「そうだろうな…… 優秀な猟犬は目の前の獲物に飛びつくからね」
「彼女は暗殺を請け負っているのでしょうか?」

 藤井は彼に尋ねた。

「それは知らんな。 日本に来ているという事しか知らなかったからな」
「はい」
「先島は気が付いているのか?」
「それはまだだと思います」
「彼が巧く踊ってくれれば良いのだがね……」
「それは私には分かりかねます……」

 藤井が返答に困ってしまっている。彼女が受けた任務は先島の監視だけだ。そして、その事は先島に感ずかれていると感じている。

「ああ、そこまでは期待してはおらんよ」
「はい……」

 そこまで言うと老人は再び車の方に戻っていった。
 電話で済む様な内容だ。しかし、自分の力を誇示したがる連中は多いものだ。これもそうなのだろうと藤井は思った。


 海老沢邸。

 とある日の深夜。海老沢が小用の為に起きた。年のせいか夜中に何度も起きてしまうのだ。
 ふと喉の渇きを覚えて台所に行くと、庭に面した窓に寄りかかって一人の男が佇んでいた。

「誰だっ!」

 海老沢が怒鳴り付けた。

「まあ、大きな声を出さずに…… 質問に答えてくれたら直ぐにでも退散しますから……」

 暗がりから出て来たのは先島だった。

「……」

 その時、台所に海老沢の部下が二人入って来た。不審者が侵入した思ったのだろう。

「しかし、随分と詰め番の人数が少ないですね……」

 先島が入って来た人数を見て苦笑した。普通なら五人くらい駆けつけて来るものだからだ。

(やはり、クーカはここに来たのか…… 人数が少ないという事は暴れたんだろうな……)

 海老沢が部下を手で制して止めた。相手を見極めないでいるとエライ目にあうのは経験したばかりだからだ。

「いや、俺の客人だ…… ここは良いから……」

 海老沢がそう言うと、若い組員が頭を下げて台所から出て行った。

「所轄の警察じゃないな?」

 出て行くのを見届けると海老沢が言い出した。

「ええ、手続きが色々と面倒なもんですからね……」

 先島が苦笑しながら答えた。もし、海老沢の家に事情聴取をするとなれば、同席を求められるだろう。そして、何よりクーカの情報を提供しなければならないのが困る。
 クーカが手配されるのは構わないが、それに従って上へ下への大騒ぎになるのが困るのだ。出来れば静かに日本を退去してもらうのが一番有難いとさえ考えていた。

「何故、クーカに狙われたんですか?」

 先島は単刀直入に聞いた。駆け引きは必要ないと思ったのだ。

「クーカを知っているという事はマルボウじゃないという事か?」

 海老沢は先島をジロリと睨みつけてから言った。彼の感では先島が警察関係者までは分かっていたらしい。
 この手の人たちは嗅覚が発達しているのだ。

「ええ、違う種類の警察ですよ……」

 先島が名刺を渡した。自分の『会社』の電話番号だけが書かれたものだ。

「公安か……」

 海老沢は名刺を一瞥して突き返した。一目で判ったのは過去になにかしら関係があったという事だ。
 そして、名刺を付き返すのは関わり合いになるつもりが無いという意思表示だった。

「クーカの事を知ってどうする。 例え公安であろうと一介の警官にどうこう出来る相手じゃないぞ?」

 彼女の圧倒的な強さを知っている海老沢は、公権力の強さを認めようとはしないようだ。強さの基準が人に認められることならば、自分の目で見た事が基準になってしまうのはしょうがない事だろう。

「どんな力も受け付けない。 天馬に乗り戦場を駆け抜けて死を運ぶ女さ……」

 力が全てである彼の人生において、圧倒的な強さを持つ彼女の存在は憧れですらあるのだ。

「クーカが殺すのはクズだけだ。 ほっといても警察の邪魔にはならんよ」

 海老沢が吐き捨てるように言ってそっぽを向いた。よほど、警察の事が嫌いと見える。

「俺の正義は違う所に有る。 彼女が日本の行く末にジャマになるのなら排除するだけさ」

 これは本音だ。今までも邪魔になる人物が事故に遭うのを偶然見てもいる。そう、あくまでも偶然だ。
 彼は仕事をする基準に日本が安全であるかどうかを気にしている。安全でないのなら、そうなるように誘導するだけだ。安全がただであると誤解しているのは何も知らない普通市民だけだ。

 台所から入って海老沢の書斎を弄りまわして退散する予定だった。予定外に本人が来たので多少は慌ててしまっていた。
 先島の所属する部署は、多少の無茶は目を瞑ってくれるのだ。
 先島は先導するかのように台所から続く玄関ホールに出た。

(彼女はここに来て手酷い歓迎を受けたようだな……)

 階段の所に弾痕の跡があるのを見ていた。もちろん、何の届け出も出ていない。

「……」

 漂白剤の匂いが鼻についてくるのを感じた。

(血液を洗い流したに違いないな……)

 漂白剤を使うとDNAなどが破壊されてしまう。そうなると例えルミノール反応が出ようと人間では無いと言い張る事が出来るのだ。

「俺が知っている限りでは、クーカに狙われて生きている人物はいない。 貴方が始めてだ……」

 海老沢は黙っている。話す事と沈黙の価値の差を図っているようだ。下手に証言すれば再び自分の命を狙われる公算が大きいからだ。

「何故、クーカがお前さんの命を見逃したのかを知りたいのさ……」

 先島が海老沢に近付こうとした。
 自分と相対した時も彼女は発砲しなかった。クーカが圧倒的に強いのは良くわかっているつもりだ。
 彼女が殺人を冒す価値基準が何処にあるのかを知りたいと思っているのだ。

「そんな事は彼女に聞けよ……」

 こちらを見ている海老沢が顎先で後ろを示した。


 先島が振り返るとクーカが居た。

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