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第13話 影の在処

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 保安室。

「みんな集まってくれ……」

 室長が部屋に入って来るなり室員を全員招集した。それを聞いた室員は三々五々、室長の机の前に集合した。

「もうすぐ東京でG8外務大臣会合が開催される。 ついては国際テロリストであるクーカの所在を明確にせよとのお達しだ」

 そこへ出席する欧州の政治家へのテロが心配されていた。つい最近にも欧州の有力政治家が暗殺されたのだ。
 もっとも手口がクーカに似ているだけで、彼女の犯行である裏付けは何も無かったらしい。

 そのクーカが日本国内に潜伏しているのは、自分たちの国の外相を狙っているのではないかと心配しているのだ。
 もっともな意見だった。

「我が国の威信が掛かっている。 各員は国内の過激派などの情報の収集に努めてテロを未然に防ぐようにっ!」

 参加国の治安機関側から、自分たちに捜査をやらせろとせっつかれたらしい。もちろん、日本の警察のメンツにかけてもそのような事は許すつもりは無い。

 だが、CIAからの要求は執拗だった。クーカは自分たちの資源なので勝手に手を出さないようにと繰り返して言って来たのだ。

(日本の治安機関の一つである我々がクーカの事を知るや遠慮しなくなった……)

 その割にはこちらの頼み事を聞かないでは無いかと言いたかったが室長はグッと堪えていた。
 彼らの持つ情報網は魅力的だからだ。

(恐らくはこちらへの根回し無しで勝手に暗躍してるんだろうがな……)

 『失敗したら知らなかった。成功なら成果は自分たちに寄越せ』は彼の国の傲慢さを表していた。
 室長はあの組織の怖さも知っているし、利用の仕方も心得ているのだ。

「まあ、会場周辺や宿泊施設などの調査は警備警察の役割だ。 そこで、我々はこの事件を追いかける……」

 室長が藤井に合図を送った。
 画面に閉鎖された工場で起きた未解決事件が表示されていた。

「この事件の特徴は被害に遭った男性三人が鋭利な刃物で切られている所です」

 犯行現場写真が映し出された。そこには壁にまで飛び散る血痕と主の居ない右手が一つ転がっていた。

「二人は出血多量で死亡しましたが、生存者がひとり残っています」

 死亡した二人と生存者の写真が表示される。生存者はリーダー格の男だ。

「彼は頭のイカレタ女に切られたと言ってます」

 リーダー格の男はまだ入院したままのようだった。

「頭のイカレタ女?」

 室長が藤井に話の続きを促した。

「はい、身長が百五十センチ前後で、格好は黒い外套にミニスカート。 大型ナイフを使って素早く攻撃して来たのだそうだ」

 先島は以前に見た資料映像を思い出していた。
 確かにクーカは黒い外套にミニスカートの格好してた。それに、優秀な暗殺者ならばナイフを使った格闘戦も得意で在ろう。

「残念なことに防犯カメラは作動していなかったそうです」

 先島が質問する前に言いそうな事を察した藤井が答えた。

「防犯カメラは動作しないように細工されたってのが正解だろうな……」

 藤井の答えに先島が答える。室長も頷いていた。

「それって……」

 沖川がクーカの事ではないかと言いかけた。

「そう、聞いた話ではクーカではないかと思える。 それを我々は確かめるんだ」

 室長は全員の方を向いて指示を出し始めた。室長も同期の仲間からこの事件のあらましを聞いて来たらしかった。

「ところで、彼ら三人はどうして女の子と工場に?」

 先島が尋ねた。当然の疑問だろ。若者が好んで屯するような場所とは程遠いからだ。

「彼の供述ではナンパした女の子と仲良く成ろうと思って、工場に誘って連れ込んだのだそうです」

 リーダー格の男はこの期に及んでも言い逃れをしていたらしい。女の子を縛っていたのはそういうプレイだとも言い張っていた。

「仲良く? 暴行目的で浚ったようにしか見えないんだが……」

 宮田が誰が見てもそうだろうと言いたげだった。彼はこの手の犯罪が嫌いなのだ。

「きっと、そうでしょうね…… しかし、女性からは被害届が出ていないので、傷害事件としか立件されていません」

 藤井も『暴行目的』の部分には同意していた。

「なぜだ?」

 室長が尋ねた。もっとも性犯罪の被害者が被害届を出したがらないのはよくある事だ。
 事情聴取で人生の中でもっとも嫌な事を思い出してしまう為だ。しかし、今回は暴行未遂とはいえ、相手は死ぬか入院している。届け出をしても支障はないともいえるのに出されていない。

「彼女は一切知らないと押し通しているんです……」

 所轄警察の話では自分を助けてくれた人物を庇っているのではないかとの事だ。
 何らかの容疑が掛かっている訳では無いのでそれ以上は追及できないでいた。

「彼らの被害に遭おうとしていたのは、門田実憂15歳高校生です。 現在、あきる野市に祖母と住んで居ます」

 藤井が門田の住所地図を表示して見せた。結構、山間の場所だ。

「ん? 犯行現場は東京都内の工場でしたよね?」

 先島が尋ねた。

「はい。 何か用があったのではないですか?」

 藤井が答えた。資料にはそれ以上の情報が無かったせいだ。
 しかし、先島は事件の有った場所と、居住地がかなり離れているのが気になった。

「先島は藤井と一緒に彼女に事情聴取をしに行ってくれ」

 藤井と組ませるのは相手が高校生の女の子だからだろう。
 正直、先島には有難かった。年頃の女の子は少し苦手なのだ。

「分かりました」

 先島と藤井は門田が住む奥多摩へと向かった。

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