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第79話 男たちの連鎖反応
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大川病院の一室。
ディミトリは退院をする為に起き上がっていた。安静にしていれば肩の骨は繋がるだろうとの診断がおりたのだ。
骨にヒビが入った程度の怪我では長期は入院させて貰えないのだ。他の重篤な患者用に退院させられる。
退院の為に荷物づくりをしているのだ。左手が効かないので右手だけでやっている。
着替えなどを鞄に入れていると、その着替えの入っていた鞄の底に銃があった。
(え? 何故?)
銃を手にとってみるとジャンの倉庫から脱出する時に使っていたトカレフだ。弾倉を抜き出して確認してみると、中に弾は残っていなかった。
(一緒に持ってきた?)
話を聞いた限りでは、身一つで病院の応急処置室に放置されていたと聞いている。それにこんな物騒な物を持っていたら、警察の方で問題視されているはずだ。
(アオイが置いて行ったのかな……)
ディミトリが入院している間にアオイはやって来て無い。
(病室に自分は来たというサイン?)
(いやいやいや…… 普通に書き置きで良いだろ……)
これが見つかると拙い立場に立たされてしまう。そういう事を思いつかない女では無いはずだとディミトリは訝しんでいた。
(そう言えばお婆ちゃんが玩具で遊ぶのも程々にしろと言っていたような気がする……)
祖母はコレを見て、孫の部屋にあったモデルガンを思い出したに違いない。
そんな事を色々考えていると病室の扉がノックされた。ディミトリは慌ててトカレフを背中に隠した。日課のようにやって来る刑事たちだと思ったのだ。
「どうぞ」
返事をすると男が一人入って来た。だが、男は毎日やって来る刑事とは違う男だった。
「やあ、若森くん…… 君に事故の事を詳しく聞かせて欲しいんだよ……」
「いつもの刑事さんたちじゃ無いんですね……」
「ああ、所属先が違うもんでね」
ディミトリは警戒しはじめた。刑事たちの眼付は鋭いが、この男からは違った雰囲気を感じ取ったのだ。
そんなディミトリの思惑を無視するかのように質問をし続けた。
「君が道路に飛び出した訳を聞きたくてね」
「ちょっと、道路を渡ろうとしただけですよ」
「そう…… 君が事故に巻き込まれるちょっと前に、パチンコ店に車が飛び込んで来てね」
「はあ……」
「運転していた男の背格好が君にソックリなんだよ」
「僕じゃ無いですよ」
「パチンコ店に飛び込んで来た車は、パチンコ店に併設された立体駐車場から飛んだらしいんだよ」
「そうですか、うんこでもしたかったんじゃないですか?」
「運転手は銃らしきもので反撃しながら運転していたんだがね」
すると刑事の男は写真を一枚見せた。それは車を後進させながら銃を撃っているディミトリだった。
もっとも、ドライブレコーダーの動画を静止画にした物のようで、はっきりとは判別は出来ないものだ。
「その車は何台かの車に追いかけられていてね。 銃で応戦しながら逃げ回っていたらしいんだよね」
「まるで、映画みたいな話ですね」
ディミトリは知らぬ存ぜぬと言い逃れを続けていくつもりだった。今更、認めても言い訳が思いつかないからだ。
「そうかね? 私には君に見えるんだが……」
「まるで、僕が一連の犯人のような扱いですね?」
「……」
男はここでちょっと黙ってディミトリを見ていた。きっと、値踏みしているのであろう。
男はため息を一つして話を続け始めた。
「私は警視庁公安部の剣崎だ」
(くそったれ…… 一番めんどくさい処に目を付けられた……)
どうりで最初に刑事たちとの違いを感じたはずだ。それは相手を威嚇する眼付だったのだ。かつてロシアの諜報機関GRUの工作員だったチャイカから受けた印象に似ている。
日本の公安警察が諜報機関という訳では無いが、最初に受けた印象は近いものを感じたのだった。
「外国の犯罪組織の連中が、武器を大量に持ち込んで、ある人物を探しているとタレコミが有ってね」
剣崎は黙っているディミトリを無視するかのように話を続けた。
「一つは中国系で日本のチャイニーズマフィアと繋がりがある……」
(ジャンの所か……)
「一つはロシア系で日本の半グレたちと繋がりがある……」
(チャイカの所だな……)
ディミトリは何も反論せずに剣崎の話を聞いていた。
「全員、君が握っている情報に彼らは興味があるそうなんだがな?」
「さあ、何の話だかね……」
麻薬密売組織の資金の事であるのは分かってはいるがトボけた。どう答えても面倒事になるのは分かっているからだ。
「少なくとも君を巡って二つの組織が動いている」
「中年のおっさんにモテるんだよ。 俺は……」
「まあ、特殊な性癖を持つ人には魅力的なのかも知れないが私には分からんよ」
「そいつらが探しているのが俺だと言いたいんで?」
「他に誰がいるんだ?」
剣崎はディミトリの話など興味ないように続けた。
「東京の端っこに住んでる中学生が握ってる情報なんて、近所のゲーセンに入っている機種は何かぐらいだぜ?」
「それはどうかね……」
「俺はその辺に転がっている平凡な中学生の小僧ですよ?」
「それは君にしか分からない事かもしれないね…… 若森くん」
「あんた……」
「前に来た刑事たちとは違う匂いがするね……」
「君と同類の匂いでもするのかい?」
「……」
「君の言う平凡な中学生ってのは、ヘリコプターを操縦できるのかい?」
剣崎が写真を一枚投げて寄越す。ディミトリは受け取らずに落ちるに任せた。足元に白黒写真が落ちた。
そこにはヘリコプターを操縦する若森忠恭が写り込んでいた。
「ヘリの操縦の特殊性は理解しているつもりだ。 機体を五センチ浮かせて安定させるのに半年は掛かるんだそうだ」
「……」
「最近の中学生はヘリの操縦までするのかね?」
「保健体育で習ったのさ」
ディミトリは負けじと言い返した。
「それともディミトリ・ゴヴァノフと呼んだ方が早いかな?」
「……」
ディミトリの眼付が険しくなった。部屋中にディミトリの殺意が充満していくようだ。
「あんたも麻薬組織の金が目当てか?」
「……」
ディミトリは銃を引き抜き剣崎に向けた。もちろん殺すつもりだった。だが、引き金を引こうとした時にある事に気がついた。
オレンジ色のドットポイントが剣崎の額に灯っているのだ。だが、それは直ぐに消えた。
「クソがっ……」
ディミトリの経験上、ドットポイントが意味するのは一つだけだ。狙撃銃の存在を誇示するためだ。
ドットポイントが消えたと言う事は、今度は自分が狙われている事を意味している。
それを示唆する為に剣崎の額にポイントを出現させたのだ。
ディミトリは握っていた銃床から手を放し、肩よりも上に銃を持ち上げた。恐らく自分に照準しているであろう狙撃者に見えるようにだ。
「ふふっ、君は理解が早くて助かるよ…… まあ、百億ドルは魅力的な金額ではあるがね……」
「……」
剣崎が銃を向けられても平気だった訳だ。彼は最初から主導権を握っていたのだ。
「そんな端金なんかの事よりも、私は自分の国が戦場になるのを好まないんだよ」
「……」
そして、銃を鞄の中に仕込んだのも剣崎だろう。ディミトリで有る事を確認するためなのだ。
「銃は寄越したまえ…… 人を撃った銃をいつまでも持っているもんじゃないよ」
「クソが……」
自由になってブラブラしている銃を、剣崎はもぎ取るように奪って懐に入れた。
ディミトリは悪態を口でつくしか無かった。
「まあ、話す気に成ったら電話をするんだな」
剣崎は小さな長方形の紙をディミトリに投げて寄越した。名刺であろう。名刺はディミトリの胸に当たって床に落ちていった。
ディミトリは直ぐに名刺を拾おうとせずに剣崎を睨みつけている。怒りの余りに爆発しそうな眼付だ。
「何れ、君の手に負えなくなる……」
それだけ言うと剣崎は踵を返して部屋を出て行った。
(まんまと嵌められたか……)
彼らはディミトリが射殺した連中の死体を抑えているのだ。そして、死体から取り出したであろう弾の銃痕と合致する拳銃を手に入れた。ディミトリの指紋付きでだ。これで、剣崎はディミトリを好きなタイミングで身柄の確保が出来るようになったのだ。
ディミトリは剣崎の背中を睨み付ける事しか出来なかった。
ディミトリは退院をする為に起き上がっていた。安静にしていれば肩の骨は繋がるだろうとの診断がおりたのだ。
骨にヒビが入った程度の怪我では長期は入院させて貰えないのだ。他の重篤な患者用に退院させられる。
退院の為に荷物づくりをしているのだ。左手が効かないので右手だけでやっている。
着替えなどを鞄に入れていると、その着替えの入っていた鞄の底に銃があった。
(え? 何故?)
銃を手にとってみるとジャンの倉庫から脱出する時に使っていたトカレフだ。弾倉を抜き出して確認してみると、中に弾は残っていなかった。
(一緒に持ってきた?)
話を聞いた限りでは、身一つで病院の応急処置室に放置されていたと聞いている。それにこんな物騒な物を持っていたら、警察の方で問題視されているはずだ。
(アオイが置いて行ったのかな……)
ディミトリが入院している間にアオイはやって来て無い。
(病室に自分は来たというサイン?)
(いやいやいや…… 普通に書き置きで良いだろ……)
これが見つかると拙い立場に立たされてしまう。そういう事を思いつかない女では無いはずだとディミトリは訝しんでいた。
(そう言えばお婆ちゃんが玩具で遊ぶのも程々にしろと言っていたような気がする……)
祖母はコレを見て、孫の部屋にあったモデルガンを思い出したに違いない。
そんな事を色々考えていると病室の扉がノックされた。ディミトリは慌ててトカレフを背中に隠した。日課のようにやって来る刑事たちだと思ったのだ。
「どうぞ」
返事をすると男が一人入って来た。だが、男は毎日やって来る刑事とは違う男だった。
「やあ、若森くん…… 君に事故の事を詳しく聞かせて欲しいんだよ……」
「いつもの刑事さんたちじゃ無いんですね……」
「ああ、所属先が違うもんでね」
ディミトリは警戒しはじめた。刑事たちの眼付は鋭いが、この男からは違った雰囲気を感じ取ったのだ。
そんなディミトリの思惑を無視するかのように質問をし続けた。
「君が道路に飛び出した訳を聞きたくてね」
「ちょっと、道路を渡ろうとしただけですよ」
「そう…… 君が事故に巻き込まれるちょっと前に、パチンコ店に車が飛び込んで来てね」
「はあ……」
「運転していた男の背格好が君にソックリなんだよ」
「僕じゃ無いですよ」
「パチンコ店に飛び込んで来た車は、パチンコ店に併設された立体駐車場から飛んだらしいんだよ」
「そうですか、うんこでもしたかったんじゃないですか?」
「運転手は銃らしきもので反撃しながら運転していたんだがね」
すると刑事の男は写真を一枚見せた。それは車を後進させながら銃を撃っているディミトリだった。
もっとも、ドライブレコーダーの動画を静止画にした物のようで、はっきりとは判別は出来ないものだ。
「その車は何台かの車に追いかけられていてね。 銃で応戦しながら逃げ回っていたらしいんだよね」
「まるで、映画みたいな話ですね」
ディミトリは知らぬ存ぜぬと言い逃れを続けていくつもりだった。今更、認めても言い訳が思いつかないからだ。
「そうかね? 私には君に見えるんだが……」
「まるで、僕が一連の犯人のような扱いですね?」
「……」
男はここでちょっと黙ってディミトリを見ていた。きっと、値踏みしているのであろう。
男はため息を一つして話を続け始めた。
「私は警視庁公安部の剣崎だ」
(くそったれ…… 一番めんどくさい処に目を付けられた……)
どうりで最初に刑事たちとの違いを感じたはずだ。それは相手を威嚇する眼付だったのだ。かつてロシアの諜報機関GRUの工作員だったチャイカから受けた印象に似ている。
日本の公安警察が諜報機関という訳では無いが、最初に受けた印象は近いものを感じたのだった。
「外国の犯罪組織の連中が、武器を大量に持ち込んで、ある人物を探しているとタレコミが有ってね」
剣崎は黙っているディミトリを無視するかのように話を続けた。
「一つは中国系で日本のチャイニーズマフィアと繋がりがある……」
(ジャンの所か……)
「一つはロシア系で日本の半グレたちと繋がりがある……」
(チャイカの所だな……)
ディミトリは何も反論せずに剣崎の話を聞いていた。
「全員、君が握っている情報に彼らは興味があるそうなんだがな?」
「さあ、何の話だかね……」
麻薬密売組織の資金の事であるのは分かってはいるがトボけた。どう答えても面倒事になるのは分かっているからだ。
「少なくとも君を巡って二つの組織が動いている」
「中年のおっさんにモテるんだよ。 俺は……」
「まあ、特殊な性癖を持つ人には魅力的なのかも知れないが私には分からんよ」
「そいつらが探しているのが俺だと言いたいんで?」
「他に誰がいるんだ?」
剣崎はディミトリの話など興味ないように続けた。
「東京の端っこに住んでる中学生が握ってる情報なんて、近所のゲーセンに入っている機種は何かぐらいだぜ?」
「それはどうかね……」
「俺はその辺に転がっている平凡な中学生の小僧ですよ?」
「それは君にしか分からない事かもしれないね…… 若森くん」
「あんた……」
「前に来た刑事たちとは違う匂いがするね……」
「君と同類の匂いでもするのかい?」
「……」
「君の言う平凡な中学生ってのは、ヘリコプターを操縦できるのかい?」
剣崎が写真を一枚投げて寄越す。ディミトリは受け取らずに落ちるに任せた。足元に白黒写真が落ちた。
そこにはヘリコプターを操縦する若森忠恭が写り込んでいた。
「ヘリの操縦の特殊性は理解しているつもりだ。 機体を五センチ浮かせて安定させるのに半年は掛かるんだそうだ」
「……」
「最近の中学生はヘリの操縦までするのかね?」
「保健体育で習ったのさ」
ディミトリは負けじと言い返した。
「それともディミトリ・ゴヴァノフと呼んだ方が早いかな?」
「……」
ディミトリの眼付が険しくなった。部屋中にディミトリの殺意が充満していくようだ。
「あんたも麻薬組織の金が目当てか?」
「……」
ディミトリは銃を引き抜き剣崎に向けた。もちろん殺すつもりだった。だが、引き金を引こうとした時にある事に気がついた。
オレンジ色のドットポイントが剣崎の額に灯っているのだ。だが、それは直ぐに消えた。
「クソがっ……」
ディミトリの経験上、ドットポイントが意味するのは一つだけだ。狙撃銃の存在を誇示するためだ。
ドットポイントが消えたと言う事は、今度は自分が狙われている事を意味している。
それを示唆する為に剣崎の額にポイントを出現させたのだ。
ディミトリは握っていた銃床から手を放し、肩よりも上に銃を持ち上げた。恐らく自分に照準しているであろう狙撃者に見えるようにだ。
「ふふっ、君は理解が早くて助かるよ…… まあ、百億ドルは魅力的な金額ではあるがね……」
「……」
剣崎が銃を向けられても平気だった訳だ。彼は最初から主導権を握っていたのだ。
「そんな端金なんかの事よりも、私は自分の国が戦場になるのを好まないんだよ」
「……」
そして、銃を鞄の中に仕込んだのも剣崎だろう。ディミトリで有る事を確認するためなのだ。
「銃は寄越したまえ…… 人を撃った銃をいつまでも持っているもんじゃないよ」
「クソが……」
自由になってブラブラしている銃を、剣崎はもぎ取るように奪って懐に入れた。
ディミトリは悪態を口でつくしか無かった。
「まあ、話す気に成ったら電話をするんだな」
剣崎は小さな長方形の紙をディミトリに投げて寄越した。名刺であろう。名刺はディミトリの胸に当たって床に落ちていった。
ディミトリは直ぐに名刺を拾おうとせずに剣崎を睨みつけている。怒りの余りに爆発しそうな眼付だ。
「何れ、君の手に負えなくなる……」
それだけ言うと剣崎は踵を返して部屋を出て行った。
(まんまと嵌められたか……)
彼らはディミトリが射殺した連中の死体を抑えているのだ。そして、死体から取り出したであろう弾の銃痕と合致する拳銃を手に入れた。ディミトリの指紋付きでだ。これで、剣崎はディミトリを好きなタイミングで身柄の確保が出来るようになったのだ。
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