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第77話 上書き保存

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ヘリコプターの中。

 ディミトリたちを載せたヘリコプターは川沿いに飛行を続けていた。普段、見慣れないヘリコプターが低空飛行をする様子を、川沿いの人たちは驚きの顔を向けていた。
 操縦席にディミトリ。後ろの席に博士とアオイが乗っていた。

「なぁ博士。 クッラクコアって手術はどうやるんだ?」

 ディミトリが後部座席に座っている博士に質問をした。何か話をして気を紛らわさないと痛みに負けそうだからだ。

「簡単に言えば、人の脳に他人の記憶を書き込む手術のことだ」

 博士が素っ気無く答えた。アオイが吃驚したような表情を浮かべていた。

「そんな事を出来るわけが無いだろ」

 ディミトリは笑いながら答えた。普通に考えて滑稽な話だからだ。

「じゃあ、今のお前は何なんだ?」
「……」

 そう言われるとディミトリも困ってしまった。何しろ自分は東洋の見知らぬ少年の中に居るからだ。
 魂とは何かと言われても哲学や医学の素養が無いディミトリには無理な話だ。

「世間が知っている技術では出来ないというだけの一つの話に過ぎないんじゃよ」

 そう言って博士はクックックッと笑った。
 どうやら博士は他にも色々と問題のありそうな手術をした経験がありそうだ。

(ドローンの盗聴装置の話みたいだな……)

 ロシアのGRUに居た友人の話で、ドローンを使った盗聴装置の話を聞いたことがある。
 ドローンからレーザー光線を出し、それがガラスに当たった振幅を解析する事で、部屋の中の会話を盗み聴きするヤツだ。既に実用化されていて、今は人工衛星を使っての同種の装置を開発しているのだそうだ。
 これ一つ取っても科学技術の進歩の凄まじさが伺えるようだ。

(犬に埋め込んだ盗聴装置もあったしな……)

 生物の代謝に伴うエネルギーを電源に使うタイプの盗聴装置だ。これだと長い期間動作が可能になる。
 これが対人間相手の技術なら、その進歩はもっと凄いことになっていそうだとディミトリは思った。

「科学の世界には、表に出てない技術が山のように有るもんだよ」
「クラックコアもその一つなのか?」
「もちろんだとも」

 人間の記憶というのは神経細胞のシナプスに化学変化として蓄えられている。その神経細胞を構成するニューロンの回路としてネットワーク化される。無限とも言える変化の連続を、人間は記憶と呼んでいるのだ。
 そして、記憶と記憶を結びつける行為を知覚と呼ぶのだそうだ。

 クラックコアは、まず被験者の記憶内容を三次元スキャナーで読み取って記録する。
 それを移植対象者の脳内に潜入させたマイクロナノロボットで書き込むのだ。そうする事で、人間の記憶を丸ごと他人に移植してしまう事が可能になるのだ。

 時間が恐ろしくかかるが脳を直接移植するより効果が期待できる。何より、一度失敗しても違う被験者を使って、やり直しが効く処が魅力的なのだそうだ。

 元々はロシアの富豪家が『不老長寿』を目指して考案し、中国人科学者が手法を開発したらしい。彼らの斜め上の努力は大したものだ。だが、中国やロシアで人体実験が繰り返されたが全て失敗してしまったのだ。
 その噂を伝え聞いた博士が日本で施術を行ったのだ。

 何度も失敗したのは死体相手に行ったせいだと考えた博士は、脳死状態の患者に施術することを思いついたらしい。
 そして、今回は被験者の対象に、ワカモリタダヤスが選ばれたのだそうだ。

「相手の魂を強制的に奪う。 だからクラックコアと名付けたんだそうじゃよ」

 博士はそう言って再び笑った。自分が工夫した成果が目の前でヘリコプターを操縦しているのが愉快で堪らないらしい。
 何しろ普通の中学生にヘリコプターの飛行など逆立ちしても無理だからだ。つまり、目の前に居るのは間違いなくディミトリー・ゴヴァノフ本人なのだ。そう確信しているらしい。

「乗っ取られた相手はどうなるんだ?」

 まあ、宗教的な問題は多々あるような感じがする。

「ん? 知らんよ、そんなもん……」

 博士は呆気無く答えた。本当に関心が無いのだろう。
 彼にあるのはマッドサイエンテストに特有の自己中心的な満足感だけだったのだ。

(まあ、上書きされるのだから消えてしまうのだろうな……)

 一家は全滅するわ脳は乗っ取られるわで、ワカモリタダヤスは地球上でもっともツイテナイ奴だったようだ。

(しかし、見ず知らずの小僧に上書き保存されているのか……)

 何だかパチモンのUSBメモリーに保存された、違法ソフトの気分に成ってきたのだった。

「最近、偏頭痛が酷くないかね?」
「ああ、失神してしまうぐらいに手酷いのが襲って来るよ」
「その偏頭痛は副作用的なものだな」
「……」
「他人の脳に無理やり書き込んでいるので、脳の処理が追いつかず肥大化しはじめとるんじゃ」
「すまない。 人間に優しい言葉にしてくれ……」
「脳の活動が活発になりすぎている。 なら良いか?」
「ああ……」
「やがて脳が肥大化しすぎて機能停止してしまうかも知れんな…… ふぇっふぇっふぇ……」

 博士がそう言って力無く笑い声を出した。

「そうか…… じゃあ、元に戻るには自分の身体が必要と言うことだな?」
「……」

 ディミトリは相手に書き込みが出来るのなら、元に戻すことも出来るのではないかと考えたのだ。
 それで博士に質問してみたのだが彼は俯いて黙ったままだった。

「?」
「……」

 ディミトリは振り返って博士を見た。項垂れている。明らかに様子がおかしい。

「博士?」
「……」

 アオイが博士の身体を揺さぶってみたが反応は無い。
 彼女は博士の首に指を当てて呟いた。

「死んでるみたい……」

 博士は椅子に座ったまま絶命していた。ヘリコプターが飛ぶ時にあった銃撃の弾丸が腹部に命中していたのだった。

「くそっ、肝心なことを言わずに……」

 一番聞きたかった所を言わずに博士は逝ってしまったようだ。
 ディミトリの自分探しの旅は終わりそうに無かった。


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