上 下
73 / 88

第73話 狐のアイマスク

しおりを挟む
パチンコ屋。

 パチンコ機が醸し出す独特の騒音が店内に響いていた。それに乗るかのように場内アナウンスが客の射幸心を煽る。
 それは何処にでも有るパチンコ屋の風景だ。

 突然。店内の喧騒を打ち負かすかのような轟音が響いた。店の壁を突き破って車が入ってきたのだ。
 清潔感が溢れていた店内には、壁の瓦礫と埃が散らばっていった。

「ダイナミックな入店する奴がいるもんだな」
「うんこ漏れそうだったんじゃね?」
「いや、ここ二階だし……」

 間近で見ていた客たちが呟いていた。何人かは立ち上がったがそれだけだった。

 突入してきた車は店内の柱にぶつかって停車した。車の後部は衝撃でひしゃげており、エンジンルームからは白い煙が吹き出ていた。
 そして、後輪のタイヤが衝突した時のショックで外れてしまった。タイヤはパチンコ台の島に向かっていき、通路に積み上げられたドル箱を倒していった。

 その場に居たパチンコの客たちは、一瞬に呆気に取られてしまっていた。だが、直ぐに店内は悲鳴と怒号に包まれていく。

「え?」
「ええ!?」
「ちょっ!」
「ああーーーっ! 俺のドル箱に何をする!」

 誰かが大声で喚いていた。それでも、彼らはパチンコのハンドルを握る手を緩めない。
 リーチ(大当たりの前兆)が掛かるかも知れないからだ。緊急事態より眼の前にある台の去就の方が大事なのだろう。
 普通の人とは感覚が違うのだからしょうがない。

 そんな喧騒とは別に運転席でモゾモゾと動く影があった。

「痛たたた……」

 ディミトリだ。彼は無事だったようだ。すぐに自分の両手を握ったり開いたりして怪我の有無を確認していた。
 足の無事を確かめようとして、顔が歪んでしまった。どうやら打ち所が悪い部分があったようだ。

(ヤバイ…… 早く逃げないと……)

 ふと見るとディミトリは自分の銃の遊底が、引かれっぱなしになっているのに気がついた。弾丸を撃ち尽くしたのだ。
 予備の弾倉も使い切っている。

(コイツは何か得物を持ってないか……)

 助手席で事切れている男の身体を触ってみた。すると男の懐にベレッタを見つけた。弾倉はフルに装填されている。
 右手が銃床を握っているので取り出そうとしたのだろう。乗り込もうとした時に銃撃したのは正解だったようだ。
 ディミトリは銃を奪い取ってから、予備の弾倉を探したが持っていなかった。

(まあ良い。 これだけでも闘える……)

 そして、懐から狐のアイマスクを取り出して被った。

(くそっ、玩具のアイマスクしか無いのかよ……)

 本当は目出し帽で顔を隠したかった。だが、狐のアイマスクしか無かったのだ。
 これはケリアンが手配してくれた車のシートポケットに入っていた物だ。恐らくシンウェイの物であろう。

(無いよりマシか……)

 パチンコ店の至る所に監視カメラがあるのは承知している。それらの監視の目を誤魔化す必要が有るのだ。
 これだけの大騒ぎを起こしたのだから、警察が乗り出すのは目に見えている。いずれバレるだろうが、今はまだ警察相手にする余裕が無い。時間稼ぎが目的だ。

(時間を稼いで楽器ケースにでも隠れて外国に逃げるか……)

 ディミトリは足を少しだけ引き摺るように階段を下りていった。最早、痛みがどうのこうの言ってられない。
 急がないと駐車場ビルから、奴らがすぐにでも駆けつけて来るだろう。市民を巻き込むような所での銃撃戦は避けたかったのだ。

 店を飛び出したディミトリは道路を渡ろうとした。道路は片側二車線の道路だ。交通量もそこそこにある。
 道路をちらりと見て車が来ないことを確認して渡り始めた。

 道路を渡る目的は信号待ちで止まっているらしい車を『借りる』為だ。丁度、気の弱そうなサラリーマンが運転している車が目に止まったからだった。
 ところが、次の瞬間に反対方向から、車が突進してくるのが目の端に見えた。世間で一大ブームとなっている逆走車だ。

(え?)

 ディミトリは咄嗟にボンネットの上に、身体を投げ出したが間に合わなかった。
 アクションシーンで良く見かけるように、車を飛び越えたかったらしい。残念な事に叶わなかった。そのまま刎ねられてしまったのだ。

(何で、コイツは反対車線を走ってくるんだっ!)

 車のフロントガラスが割れ、ディミトリは車の屋根の上をクルリと一回転して地面に落ちてしまった。
 車は咄嗟にブレーキを踏んだらしいが、それなりに速度は出ていたのだろう。直ぐには停車できなかった。

「コイツがいきなり飛び出して来たんじゃ!」

 老人が車の中で喚いていた。彼は訳が分からずパニック状態に成っているようだった。
 運転手からすれば人間がいきなり現れた様に見えたのだろう。自分が逆走しているのに気が付いていないらしい。

「最近の若いものはなっとらんっ! わしの若い頃は……」

 老人はまだ喚いている。
 そこに駐車場ビルから車が二台飛び出してきた。ディミトリたちを追いかけ回してた車だ。そして、ディミトリの傍に車を停車させた。

「ちっ……」

 車から男たちがバラバラと飛び出してくる。そして、銃を構えたまま慎重にディミトリに近づいてきた。
 そこでディミトリの視界は消えてしまった。余りの痛みに失神してしまったのだ。

(クソッタレが…………)

 こうしてディミトリは捕まってしまったのだった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

漫画の寝取り竿役に転生して真面目に生きようとしたのに、なぜかエッチな巨乳ヒロインがぐいぐい攻めてくるんだけど?

みずがめ
恋愛
目が覚めたら読んだことのあるエロ漫画の最低寝取り野郎になっていた。 なんでよりによってこんな悪役に転生してしまったんだ。最初はそう落ち込んだが、よく考えれば若いチートボディを手に入れて学生時代をやり直せる。 身体の持ち主が悪人なら意識を乗っ取ったことに心を痛める必要はない。俺がヒロインを寝取りさえしなければ、主人公は精神崩壊することなくハッピーエンドを迎えるだろう。 一時の快楽に身を委ねて他人の人生を狂わせるだなんて、そんな責任を負いたくはない。ここが現実である以上、NTRする気にはなれなかった。メインヒロインとは適切な距離を保っていこう。俺自身がお天道様の下で青春を送るために、そう固く決意した。 ……なのになぜ、俺はヒロインに誘惑されているんだ? ※他サイトでも掲載しています。 ※表紙や作中イラストは、AIイラストレーターのおしつじさん(https://twitter.com/your_shitsuji)に外注契約を通して作成していただきました。おしつじさんのAIイラストはすべて商用利用が認められたものを使用しており、また「小説活動に関する利用許諾」を許可していただいています。

妻がヌードモデルになる日

矢木羽研
大衆娯楽
男性画家のヌードモデルになりたい。妻にそう切り出された夫の動揺と受容を書いてみました。

勝負に勝ったので委員長におっぱいを見せてもらった

矢木羽研
青春
優等生の委員長と「勝ったほうが言うことを聞く」という賭けをしたので、「おっぱい見せて」と頼んでみたら……青春寸止めストーリー。

朝起きたら女体化してました

たいが
恋愛
主人公の早乙女駿、朝起きると体が... ⚠誤字脱字等、めちゃくちゃあります

隣の席の女の子がエッチだったのでおっぱい揉んでみたら発情されました

ねんごろ
恋愛
隣の女の子がエッチすぎて、思わず授業中に胸を揉んでしまったら…… という、とんでもないお話を書きました。 ぜひ読んでください。

若妻の穴を堪能する夫の話

かめのこたろう
現代文学
内容は題名の通りです。

処理中です...