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第65話 親の商売

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アオイのマンション。

 アオイは郊外のマンションを借りていたようだ。引っ越しを急に決めたので、不動産屋に選んでもらったらしい。
 四人はひとまず部屋の中に入った。今後のことを話し合う為だ。

「広くて明るい良い部屋だね」
「ここしか開いていなかったのよ……」
「3階建ての三階か……」

 ベランダの窓から外を見ながらディミトリが呟いた。

「ん? 部屋は良くないの?」
「空き巣が一番狙いやすい部屋なんだよ」
「そうなの?」
「ああ、適度な高さだから住人が窓の鍵を掛けない事が多いせいなのさ」
「君は何でも良く知っているのね……」
「ネットで読んだだけで、全て知っているつもりのネット弁慶さ」

 ディミトリはそう言いながら笑った。もちろん、押し込み強盗をした経験があるのは内緒だった。

「んーーー、これが使えると思う……」

 アカリが翻訳アプリを動作させてみた。携帯に向かって語りかけてアプリ側で翻訳して音声にしてくれるタイプのものだ。
 港から帰ってくる間に、運転をアオイに替わって貰ってから探していたらしい。

「こんにちわ」
『你好(ニーハオ)』

 流暢な中国語が携帯電話から返ってきた。話し合いが捗りそうな予感がしていた。

「俺の片言中国語よりはマシだな……」

 アプリの翻訳の様子を見たディミトリは、そう呟くと早速シンイェンに質問してみた。

『これなら何とかいけるかもしれない……』
『貴方の下手な中国語よりマシね』
『それ酷い……』
『冗談。 助けてくれてありがとう』
『どう致しまして……』

 シンイェンの表情が明るくなった。意思の疎通が出来るのが嬉しいのだろう。

(すげぇ…… 便利な物だな……)

 ディミトリは技術の進歩には凄いものがあると感じてしまっていた。
 所々、おかしい翻訳も有る気がするが、それでも何も出来ない寄りは遥かにマシだ。

『貴方は日本の兵隊で特殊部隊か何かなの?』
『いや、日本の中学生で帰宅部隊に所属している』
『変なの…… クスクス』

 シンイェンがケラケラと笑いだした。アオイやアカリも笑っていた。

『シンイェンは何処に住んでいるの?』
『香港』
『親の商売は?』
『マフィア』
『え?』

 ディミトリは思わず携帯を見返した。翻訳アプリが間違えているのではないかと思ったからだ。

『マフィアだよ? 日本の盗品を中国で売っていると言っていた』

 彼女自身は貿易商だと思っていたようだが、誘拐グループに仕事内容を告げられたのだそうだ。
 主に有名メーカーの携帯電話を盗み、中国国内で売りさばいているようだった。これは結構稼ぎになるのだそうだ。

『それは誘拐グループが言うことをきかせようと嘘付いたんじゃない?』

 アオイがシンイェンに言った。シンイェンにも本当の事は分からないらしい。
 シンイェンも首を傾げたままだった。

『何で誘拐されたの?』
『父親の持ってる縄張りが欲しかったみたいな事を言ってたわ』
『ほぉ……』

 マフィア同士の縄張り争いに彼女は巻き込まれて居るらしかった。
 だが、ディミトリがある事に気が付いた。

『ん? なんでロシアの連中が香港の縄張りを欲しがるんだ?』

 チャイカは元GRUだとは言え、香港などに用は無いはずだ。

『船の男たちは違うわ…… 私を誘拐した連中の一人には船で会ったでしょ?』

 ディミトリは拷問された上に殺されていた男を思い出した。
 チャイカの話ではディミトリを狙っている連中のはずだ。麻薬組織の金をかっぱらったのを知っていたからだ。

(手広く商売やってるんだな……)

 つまり、シンイェン誘拐犯とディミトリを狙っているのは同じ中華系マフィアなのだ。
 中華系マフィアがシンイェンの父親と交渉している最中に、シンイェンごと拉致されてしまったのだろう。

(誘拐犯が誘拐されてどうすんだよ……)

 ディミトリは呆れてしまった。

『ところで何で日本にいるんだ?』

 シンイェンは香港に住んで居たはずだ。ところが日本の港に停めてある船の中に居たのが解せなかったのだ。

『日本の遊園地に遊びに来ていたのよ』
『ああ、それでなのか……』

 日本に来て気が緩んだ所を拐ったのだろう。
 普通、この手の人質は大事にされる物だ。だが、彼女がぞんざいに扱われていたのを見ると、ロシア系の連中は誘拐とは無関係だったのだろう。
 帰りの道中で他にも拐われた者は居ないと言っていた。シンイェンが予定外であったのだ。

『君を親元に返したいんだが…… どうすれば良いの?』
『電話を掛けさせて頂戴』
『それは構わないが公衆電話を使ってくれ』
『どうして?』
『携帯電話は位置の特定が可能なんだよ』
『……』
『君のお父さんが警察に通報していると、俺達は面倒な立ち場になってしまうんだ』
『……』
『お兄さんもお姉さんも警察とは仲が悪いんだよ』
『……』

 シンイェンは部屋に居た三人を順番に見つめた。
 香港でもそうだが、一般市民が銃を持っていることなど無い。しかも、彼らはこの手の事に手慣れているようだ。
 彼女の拙い経験からも、普通の市民では無いことは明白だった。

『分かった』

 シンイェンは返事をした。彼らが敵では無いと理解できているだった。
 何よりも先の見えない監禁生活から開放してくれた。彼女にとっては彼らは英雄なのだ。


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